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樹が詰め寄ると、謙信はその問いに淡々と答えた。
「景勝は、政治家としての手腕はまだまだだが
人からの信頼を勝ち取る才に長けていたゆえ養子にした。
政治をする上で、周囲を味方につけられる才は、重要な局面で役立つからね。
それと菊姫との縁談は、武田家の強力な縁者を上杉家に引き込みたかったからだ」
それを聞いた樹は、わなわなと肩を震わせた。
「…っ、そんな…そんな理由で…
菊姫も景虎殿も振り回されてたってことですか…?
菊姫の気持ちや景虎殿の気持ちはどうなるんですか?
謙信殿の方こそ、他人の気持ちに疎いんじゃないですか…?!」
すると謙信は、ふぅと息を吐き出し、文机に肘を置いて樹と向き合った。
「…『そんな理由で』?
これは立派な理由だろう?
景虎では不十分だった資質を景勝は兼ねていた。
だから私は互いに競わせることで、景虎と景勝どちらも自身に不足する資質を伸ばして欲しいと考えた。
いずれ片方を後継に指名することになるのは分かっていたが、
もう一人も片腕としてこれからも上杉の為に尽くして欲しいと考えているゆえ、無碍にするつもりはない。
縁談も、今の上杉が味方に引き入れたいと思う大名の娘をと考えたから。
ーーーこの説明では、お主は納得できないだろうか?」
「…全然納得できません」
樹は未だ震える声を押し殺しながら、首を横に振った。
「俺が口出しする余地がないことは分かっていますけど、
発案者であるあなたにはどうしても文句を言わせて欲しいです。
こんなんじゃ…菊姫と景虎殿がかわいそうだ…」
「…武家に生まれた人間は、皆自分が資質や出自で値踏みされることが定めなんだ。
お主にも、私にだって、その定めは変えられない」
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