119人が本棚に入れています
本棚に追加
/454ページ
今ほどの機会はない。
オルタンスはそう思う。
「ラウール様のお戻りはいつになる予定ですか?」
当然のことながら、社長の動静など秘書室長の自分と本来の社長秘書であるラヴェル・ジュリアンが把握しておかなければならない重要事項だ。しかし社長補佐の職に就いてからは、オリヴィエが秘書業務を行うことが多かった。それでも普段は秘書室へももれなく情報は共有されているので、大きな問題とはしてこなかった。
だが、今回のラウールの不在については、事情が特殊だった。
八月にメールソーの屋敷で起きた事案がその理由だったからだ。
ラウールにはジュリアンを従わせているが、彼も予定を把握できていないだろう。
オルタンスからの質問に、中身を飲み干したカップを置いてオリヴィエは笑った。
「ここ最近のラルの顔色は見ていられるものではなかったですからね。だから、あちらに二、三日足止めをお願いしました。今週いっぱいは不在になるでしょう」
「週明けからお出になるということでよろしいのですね?」
「はい。そう予定していただければ」
「しかし……オリヴィエ様。ラウール様が貴方の思惑通りになされるでしょうか?」
オルタンスからの問いかけに、オリヴィエは再度笑った。
「ですのであちらの方に依頼をしました。僕の意見ではなく、あの方の提案でしたら彼は断れないでしょう?」
回りくどいことを、とは思う。しかし、誰よりもラウールのことを考えるオリヴィエの、主のための行動に間違いはない。
……誰よりもラウールを想うからこそ、最大の過ちを犯しているのだけれども。
すう、と息を吸い込み。
「オリヴィエ様」と改まって呼びかける。
オルタンスの態度に気づいたオリヴィエは、微笑したまま首を傾げた。
彼はいつもそうだ。他人に対して、このもの柔らかな態度を崩さない。
果たして彼に、言葉は伝わるのだろうか。
「ラウール様がお戻りになりましたら、きちんとお話をなさってください」
「話?」
「いつまでもその中途半端な立場でいらっしゃいますと、私達の業務にも差し支えます。ジュリーにも社長秘書としての業務を身につかせ、将来的には私の後を担ってもらいたいと考えております」
「……ああ、それは。僕が出過ぎたことをしていましたね」
申し訳なさそうに、だが柔らかな笑みは崩さないままにオリヴィエは答えた。
最初のコメントを投稿しよう!