のちに、伝説の屋台の店主となる男の話

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 やられたらやり返す。 勇者に攻め込まれ、命からがら城から逃げ出した魔王はそう誓った。  復讐は慎重に。  勇者の動向をこっそりと探る。  実際、魔王は勇者に倒されたと見せかけて、秘密の扉から逃げ出したのだが、世間では魔王は倒されたという認識らしい。 国を挙げてお祭り騒ぎだ。 「むむむ。こいつらときたら」  市場で買った、魔王の丸焼きなるものを食べながら魔王はうなる。何の肉なのか知らないが、かなり美味しい串焼きだっ た。 「やっぱり勇者様はすげぇな!」 「魔王を倒してくれたなんて!」  国の人々が口々に言い合っている。  私は生きているというのに、愚かな民たちだ。そりゃあ、多少は侵略行為とかしたりもしたけど、人を殺したりはしてないのに。まあ、年貢は厳しかったかもしれないけど。  魔王はそんなことをつらつらと思う。  勇者ご一行は今、城でもてなされているらしい。国王直々に接待されるとか、うらやまけしからん。私はここでよく分からない肉を喰っているというのに。しかし、それにしても......、 「店主、これうまいな。お代わり」 「あいよ! 魔王の丸焼き追加で!」  そんなこんなで、なんとなく市場に馴染んだり、ある時は下働きのおばちゃんに変身して直接城に潜り込んだりしていた。 勇者に復讐するために、コツコツと。  そんな中でわかったことがある。  それは、国王陛下が勇者たちを討伐しようとしていることだ。 「勇者は調子にのっているな」 「まったく、そのとおりですね!」  そんな国王陛下と大臣の話が聞こえてきたのだ。  どうやら、勇者の力が魔王を倒せるぐらい強大になったこと、民からもアツい信頼を得ていることなどから、国王の人気を勇者に奪われたと感じているらしい。勇者など関係なく、昔から国王は民から嫌われていたが。  勇者が国王に倒されるなど、あってはならない。なぜなら、 「お前を倒すのはこの私だよ、勇者!」  魔王は目的の達成のためには、努力を惜しまない、意外と勤勉なタイプであった。  自身の手で勇者を倒すために、邪魔な国王を排除することにした。  掃除のおばちゃんのふりをして城に入り込み、魔法の道具を王の部屋にセットする。 「帰らずの森に勇者を派遣するのです。そこで、国王軍でやつらをボコボコにする。あの森はヤバイことで有名ですから、勇者が帰ってこなくても我々が疑われることはありません」 「さすが大臣、賢い!」 「念には念をいれて、魔獣を放つのもよいかもしれません」  そんな大臣との会話を、魔法の力で収集。それを大きな音にして、国中に聞こえるようにしたのだ。 「え、これ、王様の声?」 「相手は大臣?」 「もしかして、勇者を倒そうとしている?」  王様への不信感は急速に拡大。気づいたら王座を引きずり下ろされ、その地位には勇者がなることになった。 「私がこうして国王になれたのも、あの前王と大臣の会話を明らかにしてくれた人のおかげです。勇敢な民よ、どうぞ名乗り でてください。私は、あなたにお礼がいいたい」  新王はそんな風に声明を出した。 「くっくっく、哀れな王よ」  それを聞き、魔王は笑った。 「我の力とも知らず、のうのうと王位について、お礼をしたいなどと笑えてくる。惨めな男よのう」  正直、魔王は満足していた。  勇者を力技でねじ伏せることはできていないが、精神的には かなり屈服させることができた。勇者が今こうしているのは、 魔王のおかげなのだ。なのに、あいつは気づいていない。  それに最近、毎日が楽しい。死んだと思っている人間が楽しく過ごしているなんて、みじめで、哀れで、面白いじゃないか。  市場に長い事いたせいで、魔王の丸焼き屋台のおじちゃんから串焼きのコツを教えられ、のれん分けまでされた魔王は、改めてそう思った。  自分は、勇者に勝っている。  別の街で魔王の丸焼きを売るために屋台をひきながら、魔王は道を進んで行く。  そうして、魔王を見たものは、もういなかった。
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