君はジェットコースター

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田村がこの会社に入って5度目の春。 営業部門から経理部へ配置転換になって2度目の決算を終えた。 経理にとっては、本決算を迎えた3月から決算処理を終える5月初旬あたりまで、花見なんて楽しめないほどの激務だ。 ようやく年次決算も締めて、経理スタッフが日常に戻りつつあるというのに。 その知らせはやってきた。 「みんな、こころして聞いてくれるか」 週一回の朝礼で、難しい顔をした厚木の低い言葉に集まっていた経理メンバーがざわついた。 いつも朝から親父ギャグを連発して周りをムリやり笑わせる厚木部長が…!と田村は驚く。 「3年に一度の、税務調査が入る…」 「ええええ!!」 「マジかよ…この決算明けに!?」 厚木の言葉に、周りのスタッフが落胆しているのを田村は見渡す。 税務調査とは会計処理が適切になされてるか、税務署から調査官がこちらに出向き資料をもとに調査するわけだが… (何でこんなにみんな慌てるんだ?) 慌てふためくような裏帳簿でもつけてるのかと思ったが、バカ正直を形にしたような厚木を筆頭にこの経理メンバーはそんな事をしそうにない。 ポカンとしていると先輩である池田が話しかけてきた。 「お前は初めての税務調査だったな。じゃあ今は分かんと思うが…とにかく面倒なんだよ!色々資料探さないといけないし」 へー、としか田村は言いようがない。 オフィスを眺めながら綺麗に整理整頓されてるし(御局様の小泉女史のお陰だ)イマドキ、データなんてパソコンで見ればいいじゃないかとボンヤリ思っていた。 (大袈裟だなぁ) 「まあ兎に角、みんな悪いんだが対応をたのむ」 厚木はそう言って話題を変えた。 *** 「おはようございます」 厚木を筆頭にスタッフが慄く、調査官がやってきた。調査官は3人。会議室に通される前に、席で田村は様子を見ていた。 背の高い、眼鏡をかけた痩せ型の男。 同じくらいの身長で黒髪を後ろで結わえた女。 そして2人に挟まれた背の低い、こちらも眼鏡の男。 (捕らえられた宇宙人みたいだ) 田村が3人の様子を見てぶぶっと笑う。 「田村っ」 隣の席の石橋が椅子を蹴る。 「いやだってアレ…」 気持ちは分かるけどよぅ、と石橋も苦笑いだ。 厚木が会議室に入る時、田村も呼ばれた。 税務調査が初めてのスタッフがいるときは、厚木は必ず調査官との名刺交換と挨拶をさせるらしい。 「お忙しいところをどうもどうも。経理の部長をやっとります、厚木です。こちらはスタッフの田村」 厚木が誘導して名刺交換をすすめた。 背の高いメガネが矢部、黒髪の女は八木というらしい。二人はソツなく名刺交換をするが… 「あ、すみません!名刺切らしてまして」 背の低い宇宙人…いや男はカバンの中を探しながら厚木と田村に申し訳なさそうにお辞儀する。 「あー、気にせんでください!えっと…」 「すみません!僕、今井といいます。よろしくお願いします」 まだペコペコしながら今井はカバンを閉じた。 (こいつデッチなんだろうなー。名刺交換する必要もないか) 今井の様子に、田村は苦笑いする。さしずめリーダーは背の高い方のメガネの奴か。 「では早速…」 田村には初の、厚木たちにはお馴染みの税務調査が始まった。   *** それから数日間。 田村は資料室と会議室の往復を日に何度もしていた。調査官は色んな資料を重箱の隅をつつくかのように調べていた。税務官たちが調べたい資料を探して、作業している会議室に持っていくのが田村の役目だ。 それだけではなく、資料で引っかかった業務を担当している部署の管理職を「事情聴取」するために会議室へ呼び出しするという役目でもあった。 「勘弁してくれよー!今週忙しいんだよ!」 「数時間も取られるんだろ、あームリムリ!」 管理職は行くのが面倒なのか、あきらか様に嫌そうな顔を向ける。それでも田村は頼み込んで会議室に何とか連れて行った。 (あああ、もうめんどくせぇー!) 調査官にはペコペコする癖に、文句は全部こっちに言ってくる。 資料探しと管理職の呼び出しに時間がかかり、自分の仕事は進まない。田村のイライラは溜まっていく。その様子を隣で石橋が笑いながらしながら見ていた。 「お前がくるまではオレがしてたんだよなー。面倒だろ」 「…そう思うなら手伝ってくださいよ!」 オレも忙しくてさー、と石橋はそそくさと執務室から出ていく。自分の机を見てため息をつく。今日も残業決定だ。 (ふー…) 今日もあと30分すれば調査官たちが帰る時間だ。 これから漸く、自分の仕事に没頭できるな…と思いながら田村はトイレに入る。 (今からだと20時あがりか…)
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