彷徨

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   ヘッドホンを外した途端。  僕の目の前には、蝶が溢れて飛んでるように見えだ。  白く、薄く。  紅く、濃く。  蒼、黄、黒。  大きさも形も様々な色とりどりの蝶は、揺らめいて、飛ぶ。  ひらひら  ひらひら  ひらひら  歩道の脇にある花壇の縁に座り込んだ僕の前を行き交う人々が、かすんでしまうほどに。  この蝶々は、みんなが『音』と言っているものだ。  本来なら『耳』で聞くはずの『音』は、確かに。  補聴器であるヘッドホンを使っている時は、耳がその意味を伝えてくれるのだけれども。  機械の力を使うのを諦めた途端。  世界は静寂の海に沈み、無数の蝶が目の前で踊りだす。  そう。  僕は耳が聞こえない。  その代わり『音』が『蝶』の形になって見えるんだ。  例えば、道を歩くキレイなお姉ぇさんの足音。  補聴器を使えば『カツン』と聞こえるその音は、ヘッドホンを外した途端。  アスファルトを蹴るハイヒールから、白銀の小さな蝶がぱっと現れ飛び散って、余韻が消えるように薄くなる。  車のクラクションは、大きくて強い紅い蝶。  音がすっかり鳴り終わるまで、僕の目の前に居座って、視界の全部を塞いでしまうんだ。
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