第36話:夏がやってくる

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 園村とふたり、コンビニへ。  自転車をこげば、五分とかからない……けど、園村は自転車を持っていないので、押して歩くことに。  ふだん、二人で駄菓子を買いにくることも多い。店員さんも顔なじみになってきて、レジで会計をするおれ達に、親しげに話しかけてくる。 「今日はおつかいなの?」  いつもと違って大量に買い物をしているので、店員さんは首をかしげた。 「はい! お好み焼きパーティーです」  園村が嬉しそうに話すので、「そうなの。いいわねぇ、楽しんでね」と、店員さんがほのぼのと笑った。  吉倉リクエストのピザポテト、スナック菓子、チョコ菓子、飲み物……欲張って色々買いすぎた。まあ、あまったとしても、後日みんなで食べることにはなるだろう。  店員さんが商品をレジ袋に入れ、こちらに差し出してくる。受け取ろうとする園村を制し、おれが持った。  ……重い。でも必死で無表情をつくり、店員さんに頭を下げて店を出る。 「あらあら」  店員さんの生温かい視線を感じたが、気にしないでおこう……。 「静彦くん、だいじょうぶ?」  レジ袋を、なんとか自転車の荷台に置く。園村が心配そうに駆け寄ってきた。 「べつに、これくらい平気」  素っ気なく答えながら、自転車のスタンドを起こす。「帰ろう」と声をかけて、歩きだす。  おれの後ろをついてくる園村から、ふふーっと笑い声が聞こえた。 「静彦くん、かっこいい」 「……はっ?」  突拍子もない一言に、びっくりして振り返る。  それがいけなかった。目の前に迫っていた電柱に気づかず、頭をごちんとぶつけた。 「ぐ……っ」  痛い。頭を抱えたり、倒れそうになった自転車を支えたりと忙しいおれに、園村があわてた。自転車を支えるのを手伝ってくれる。 「ご、ごめんね……!」 「いや……別に、怒ってるわけじゃないからっ」  だめだ。今、絶対顔が真っ赤だ。周りに誰もいなくてよかった……。  園村を見ると、おれに痛い思いをさせたのが申し訳ないのか、まだしょんぼりとしている。別に、気にすることはないのに。おれとしてはむしろ、嬉しかったんだから。  ……うん。ちゃんと言おう。 「かっこいいって言われるのは嬉しいから、へこまなくていいよ」  そこで、すうっと息を吸う。  呼吸をするように自然に、その名前を呼んだ。 「芙美花」  思ったよりすんなりと、三文字が声になる。  園村が……いや。芙美花が、ぱちぱちと瞬きをする。そして、ぱあっと表情を明るくした。 「い、いま」  きらきらと目を輝かせて、一歩おれに近づく。 「芙美花って……っ?」 「……ん」  うなずくと、わーっと声を上げて、ぐるぐる回りはじめた。すごくはしゃいでいる。そしておれは、今さら恥ずかしくなってきた。 「……早く帰るぞっ、みんな待ってるんだから!」  自転車を押す手にぐっと力を込め、早足になった。  はずんだ足取りで、芙美花が隣に並ぶ。きっとしばらくのあいだ、ニコニコしているに違いない。  ……あ、と気づく。  家に帰って“芙美花”って呼んだら、みんなに茶化されるだろうな。  死ぬほど恥ずかしい。でも、そこはもう開き直ってしまおう。きっと呼んでいるうちに慣れるだろうし……何より今は、達成感で満たされているんだから。  ふたりで並んで、家路を目指す。  背中にあたる日差しが、カラッとしていて暑い。青々とした空をかいま見て、おれは実感していた。  もうすぐ、夏が来るんだ。    ひととせ 第一章・完
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