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翌朝。 「お母さん、いってきまぁーすっ!」とこのみの明るい元気な声が住宅街に木霊するように響き渡った。 今日は源とローレル、そして新しい家族になったこのみの三人で家を出た。 「あー、親子のよう…」とこのみの右手を引いているローレルが言った。 このみの左手を引いている源が、「ありきたりなこと言わないでよ」と苦情を申し立てた。 ローレルは表情を変えて、「できれば手伝って欲しい」と言って真剣な顔を源に向けた。 「今はちょっと厳しいよ。  だけど、恩をあだでは返せないから、  松崎さんに相談するよ」 源の言葉にローレルは、「もちろんっ!」と陽気に答えた。 「お父さんは賢い私にメロメロだもんっ!」と胸を張って自慢げに言った。 「憎たらしいだけなんじゃないの?」と源が軽口を叩くと、「あー、初めは思われてたわ…」と少し肩を落として言った。 「頭がいいのもほどほどだよ」 「源だってそうじゃない…  …いえ、私とは違うわ…」 ローレルは言って反省を始めた。 「私は、その能力をひけらかしずぎ」 「ふーん…」と源は言ってローレルを見た。 「夫婦げんか?」とこのみが明るい声で言った。 「違うよ」と源は言いつつ、優しい笑みをこのみに向けた。 このみは源に笑みを向け返した。 「あー、幸せ…」とローレルはこのみに笑みを向けた。 「年下には思えない。  妹じゃなくて姉…」 源がぼそりと言うと、「好きなように思ってくれていいわ」とローレルはごく自然に言った。 「ボクのほうが意識しすぎ…」 源の言葉に、「それが弱点だったのにぃーっ!!」とローレルは地団太を踏んで悔しがった。 「あははははっ!」とこのみは陽気に笑った。 このみはふたりの話しを全く理解していないのだが、今のこの暖かい雰囲気を大いに楽しんでよろこんでいるようだ。 「城下、松崎町…」 源は児童公園のフェンスに取り付けられている真新しい町名プレートを見てつぶやいた。 「たったこれだけで、アスカさんの徳が上がったそうよ」 「はあ、なるほど…」 源は言ってすぐに、ローレルとこのみを抱きしめて空高く舞い上がった。 「うわぁーっ! お兄ちゃん、すごいすごいっ!!」とこのみは大いに喜んだ。 「一体…」とローレルは冷静に今のこの状況を考え、源を見ている。 源はただただ眼下をつぶさに見渡しているだけだ。 そしてグルメパラダイスを中心にして大きく旋回した。 「よっしっ完成」 源が言葉を発したと同時に、ゆっくりと地上に降りて行った。 「源ちゃん、いきなりだねっ!」と今朝のレストランの門番の衛が子供の声で叫んで、困惑した笑みを源に向けている。 「ちょっと知りたいことがあったから。  あ、おはようございます」 源があいさつをすると、衛も、そしてこのみもローレルもそれに習った。 源たちが大使館に入ると、「早かったな」と松崎が源に笑みを向けて言った。 「はあ…  どれほど途惑うのかって思っていましたけど、  昨日のボクとほとんど変っていません」 「さすがにできのいいわが子だよ」と松崎は穏やかな声で言った。 「いえ、それは松崎さんに守られていたからだと知りました」 源の言葉に、松崎は少し照れた笑みを源に向けた。 ローレルは自分の星に戻った。 このみはひとりで地下に降りて、天使たちとともに天照島に渡って行った。 二人を見送った源は松崎に顔を向けて、「あのー、すっごく言いづらいことなんですが…」と言うと、「理由は全くわからないけど、今日一日は自由にしていいぞ」と松崎は笑みを浮かべて言った。 「はい、ありがとうございますっ!  あー、よかったぁー…」 源の言葉に伊藤がいきなり、「なんだとぉー!!」と叫んで怪物に変身した。 「俺の弟子の番だっ!!」とさらに叫んだ。 「伊藤さん…  とんでもないです…」 源の言葉に、「大人げないです…」と松崎が追い打ちをかけ困惑顔で言った。 伊藤はさすがに多少は反省したのか変身を解いて人間に戻り、「悪かったなっ!」と腕組みをして憤慨していた。 「もしアスカが知ったら、伊藤さんは処刑されますっ!」と松崎は大声で言ってから笑った。 「…それほどのことか…」と伊藤は言ってぼう然とした顔をした。 リーダーの五月たちも、今のやり取りの意味が全くわかっていないようで、戸惑いの表情を松崎か源に向けている。 「城下松崎町の町名看板。  そして空を飛ぶこと」 松崎が言うと、源は笑みを浮かべてうなづいている。 「全然わかんないけど…  あ、なるほどぉー…」 赤木は言って感慨深くうなづいている。 みんなは赤木に大注目した。 「赤木は詮索してはいけないことに納得したはずだ」 松崎が言うと、「あはは、そうだよ」と赤木が陽気に言うと、誰もが深く考えないことにしたようだ。 「では早速、出かけてきます」と源は言って、なんとレストランの厨房に向かって歩いていった。 「全くわからん…」と伊藤が源を見送りながら言うと、松崎は苦笑いを浮かべていた。 「次はどこにいくんだろうなぁー…」と松崎は言ってにやりと笑った。 源は人伝いに様々な人と面会してあいさつだけをした。 よって、その人々の想いから、もうほぼ完成しているビジョンを見据えた。 しかしまだはっきりとはしていない。 あともう一歩で、自分の目で見たような光景が再現できるはずなのだ。 「…ただいま戻りましたぁー…」と源は少々疲れた声を出して大使館の席についた。 「お疲れ様」と松崎は言って源に頭を下げた。 「もう少しなんですけど…」と源は言って松崎に頭を下げた。 すると店内でわずかながらに歓声が起こった。 源がすぐさま部屋の外を見ると、巨大なスズメが駐車場に降り立っていた。 「…あー…」と源はつぶやいた。 巨大なスズメは変身を解いて友梨香に戻った。 友梨香は三人の少女とともに、大使館に入ってきた。 少女たちは友梨香が変身していたスズメの背中にでも乗って空の散歩を満喫していたのだろう。 「…あー…」と源はまた言って、友梨香を凝視している。 「…あー、そうだ、きっと、もってるはずだ…」と源は夢遊病者のように言って、大使館に入って来た友梨香の肩を両手でつかんだ。 「ああ、源ちゃん、積極的ぃー…」と言って友梨香は喜んだが、松崎は苦笑いを浮かべていた。 「いや、まだ薄い… まだだ…」と源は言って、ついには友梨香を抱きしめた。 そして、「そうだっ! これだっ! これで完成だっ!!」と源は叫んでからよろこびの笑みを浮かべて、「…あ、あれ?」と言って夢から醒めたような顔をして友梨香を凝視した。 「あ、思わず抱きついちゃった…  ごめんね…」 源は言ってから、すぐに友梨香から離れた。 友梨香も源と同じような顔をしている。 「あ、う、ううん、役に立ったようだからいいのぉー…」と友梨香はホホを真っ赤にして言った。 「うっそだぁ―――っ!!!」と少女たちは半分嫉妬、半分クレームっぽく叫んだが、友梨香はみんなにおどけた顔を向けてピースサインで返していた。 『信じられない…』といった顔をした美恵が大使館の外にいる。 「…どういうことかしら?」とそのとなりにいるアスカが怪訝そうに言った。 「あ、あのぉー、アスカさんでもわからないんですかぁー?」 美恵は何とかこの言葉を搾り出した。 「もちろん恋愛感情は全くなくて、  源君は何かを知りたかっただけなの」 アスカの言葉に、美恵は一瞬にして立ち直った。 「すべてはね、私のよろこぶことらしいんだけど…  誰にもできないって思うの。  たとえお兄ちゃんでも、  できるとしてもすっごく時間がかかることだから…」 「それほどに、すごいこと…」と美恵は言って、ふたつの重大な何かがあることを知ることになった。 「タイムスリップすることとなんら変んないはずなの」 アスカの言葉に、美恵は絶句した。 昼食を終えた源は、黒い部屋に入って創作活動を始めたのだが、一時中断して企画書を書き始めた。 そして、「うーん…」とうなってから、「あ、よっしっ!」と気合を入れて記入を再開した。 そして素早く立ち上がって、企画用紙を松崎に提出した。 松崎は仕事の手を止めることなく企画書を読み、「本来ならば何をここに置くのかを聞かないと許可は出ないが、許可する」と松崎は源に笑みを向けて判を突いて、企画書は消えた。 今頃はアスカの手元にあるはずだ。 「あー、よかったぁー…」と源は言ってから松崎に頭を下げて、創作活動を再開した。 源の造っているものは横長で、横が五メートル、縦が三メートルほどあるジオラマ用の陳列台だ。 カバーはUVカット処理を施されているので、屋外で陳列するものだ。 それが二台ある。 ひとりで完成させるとなると、とんでもない時間が必要になるはずだ。 本来ならばここにいる人たちにも手伝ってもらえばいいのだが、源は平等を貫くためにあえてひとりで造っているのだ。 この事実をきちんと理解できているのは、松崎とアスカだけだ。 しかし源の手は早い。 たった三時間で一台目の作業は完了した。 「申し訳ありませんっ!  食事に行ってきますっ!」 源は叫んでから、完成した陳列台を消した。 「うっ! もう使えるのかっ?!」と伊藤は叫んだ。 源は笑顔で外に出て行った。 「のぞいてやろうと思ったのに…」と伊藤は言って悔しがっている。 「覚醒が早すぎるほどだけど、  人間当事とちっとも変わっていないことが不思議です」 松崎が言うと、赤木は笑顔でうなづいた。 「半分以上は覚醒していたようなものだよ」 赤木が陽気に言うと、松崎は笑顔でうなづいた。 源は手早く食事を終えて立ち上がって外を見ると、今造ったばかりの企画書の作業が始まっていた。 県道の脇の植え込みを撤去して、長さ十メートルほどの平坦な地面ができている。 そのとなりには、二階建ての透明な建物が立っている。 「あはは、早いなぁー…」と源が外を見ながらいうと、「秘密主義も拓生譲りか?」と石坂が源を少しにらんで言った。 「いえ、平等を貫いているだけです。  それに、できればアスカさんに知られたくないんです。  今はまだ、具体的なことは気づいていないようですので」 源の言葉に、「…知ったら知られるな…」と五月は苦笑いを浮かべて言った。 すると石坂は白い光を放ち始めた。 そして源の目の前には、かなり腕力がありそうな女性の天使がいた。 「…あー、すっごく怖い人だった…」と源は言って天使に頭を下げた。 「いや、俺が思い至らなかっただけだ。  許して欲しい」 天使姿の石坂は源に深々と頭を下げた。 「あ、ボクも…」と源は言って、男天使にその身を変えた。 「なっ?!」とここにいる10名ほどの仲間達は絶句して固まった。 かろうじて動けるのは石坂だけだ。 「とんでもなかったなっ!!」と石坂は大いに笑って変身を解いた。 それに倣うように、源も人間に戻った。 源と石坂は、仲間たちを正気に戻した。 「姿は女だが、全く俺のままで天使になれる。  これが俺の、今まで生きてきた積み重ねだ」 「はい、とても雄雄しく、頼もしく思いました」と源は笑顔で言って、少し頭を下げてから、地下に続く階段を下りた。 源はラボに戻って、早速今回の本題のジオラマを造り始めた。 ―― こっちの方がかなり簡単… ―― と源は思いながら、あっという間に完成させた。 最後に名盤と説明書きの看板を造り終えて、異空間ポケットに仕舞い込んだ。 優秀な神、天使、悪魔、勇者は異空間ポケットというストックボックスを扱うことができる。 源は覚醒する前にその事実を知っていた。 さらには、魂の中にある混沌の球を使うことで、さまざまなものを創り出すことが可能だ。 今回の二台のジオラマの材料は、源が混沌の球を使って創り出したものだ。 「展示スペースの確認をしてきます」 源の言葉に、松崎たち三人はすぐに立ち上がった。 四人で外に出ると、源の設計した展示スペースは完成していた。 今は、透明な家の内装工事が始まっていた。 「監視塔?」と伊藤がつぶやいて家を見ている。 「…交番…」と赤木が言って、入り口にぶら下がっている赤い球を指差して言った。 「これは納得だっ!!」と松崎が大声で叫んで大声で笑い始めた。 「日本警察署の真似です」と源が言うと、「ああ、いいな」と松崎は笑みを浮かべて言った。 「確実に悪さをするやつがいるからな。  できれば悪事を働かないように警官が監視する。  もっとも、監視カメラがすべてを見ているから、  悪さをしてもすぐに捕まえられるけどな」 松崎の言葉に、源は笑顔でうなづいた。 源は展示スペースに紅白の幕を張った。 かなりの仰々しさに、松崎たちも道行く人々も期待感をもって見守っている。 するとアスカが小走りでやってきた。 「源君っ! 見ていいの?!」とアスカが叫ぶと、「あ、はい、まずはアスカさんだけ入って来てくださいっ! ご説明する必要がありますからっ!」 源が叫ぶと、アスカは幕を素早くめくって中に入った。 そして、「ああ、これはっ!!」とアスカが叫ぶと、柔らかい風が辺りを包み込んだ。 「…ああ、素晴らしい…」 アスカは泣いているようだ。 しばらく沈黙があって、「…ショウメイ…」というアスカの小さな声が聞こえた。 「あ、はい…」とだけ源の声が聞こえた。 「なかなかじらすよな」と松崎が苦笑いを浮かべて言うと、「幕、引き裂いてやろうかぁー…」と伊藤がかなり乱暴なことを言った。 「うんっ! きちんと理解したわっ!!」とアスカの明るい声がして、アスカと源が幕を素早くめくって出てきた。 「あー、ガウン、創り直しだな…」と松崎が言った。 「お兄ちゃんゴメンね…」とアスカは申し訳なさそうな顔をして松崎に頭を下げた。 「いや、さらに徳も器も上がったということだ」と松崎は言って、かなり重厚なダイヤモンドガウンを出して、アスカに結界を張った。 アスカはすぐに着替えて、ほっとした笑みを浮かべた。 「半分ほど割れた」と松崎は言って、アスカが着ていたダイヤモンドガウンをみんなに見せた。 「これ以上になると、アスカが宇宙の覇者」と松崎は苦笑いを浮かべて言った。 「そんな称号はいらないの。  私は、源君が造ってくれたもの、  本当に心からうれしく思っているの。  ただただそれだけで、私はもう満足なの」 アスカは落ち着いた声で言った。 「さあ、除幕式をするわっ!!」 アスカの言葉に、この場にいる全員が拍手をした。 源が幕を一瞬にして取り除くと、「あー、これはすごい…」とまずは松崎がつぶやいた。 右側には、現在の城下松崎町の詳細な模型だ。 そして左側は、今から約500年前の松崎城を中心とした城下町の模型だ。 「ああ、それで、証明、か…」と松崎が言うと、「山梨家の蔵にあるって」とアスカが明るい声で言った。 「もちろん平面図で、どこに何があるかわかるだけ。  このジオラマは、まさにタイムスリップしないと見られない光景…」 アスカはまたマジマジとジオラマの観察を始めた。 「松崎城、継野総合問屋、山梨塾、山東組、両替商万有…  なるほどな。  この五つの家が、この町を守ってきたんだなぁー…」 松崎は感慨深げに言った。 「私たちのルーツがここに…」とアスカは少し涙ぐみながら言った。 「最終的には、  友梨香ちゃんの先祖の記憶で繊細に明らかになったんです。  道行く人々も見覚えがある方ばかりのはずです」 源の言葉に、「えっ?」と言って、閲覧者たちは保護パネルに顔を近づけた。 「天守閣に苦楽さんがいるなっ!」と松崎は言って大声で笑った。 「小さ過ぎて見えん…」と伊藤が言った。 「はは、これはさらに楽しいなぁー…」と赤木は感慨深げに言った。 源はこっそりと現場を抜け出して、レストランに戻ってフロア係に食事を注文した。 源は食事を終えたのだが、みんなはまだジオラマを見入っている。 源は少し急ぎ足でなんでも屋に向かって歩いた。 源は扉を開けて、「こんにちはっ!」とあいさつをすると、「見て来るわっ!」と花蓮が笑みを浮かべて走って外に出て行った。 きっと、来店客にでもイベントの件を聞いたんだろうと思って、源は辺りを見回した。 客がいなかったので、清掃と整理整頓を始めた。 ―― あー、なんか、やり遂げたって感じ… ―― と源は思ってひとりほくそ笑んだ。 そしてそのご褒美とばかりにエスプレッソを入れた。 コーヒーのいい香りが店内を覆い尽くすように感じた。 源は椅子に座って、エスプレッソを口に含んだ。 すると店の扉が開いて、「あ、源君、コピーしてきたから」と山梨塾の山梨爽源が源に古文書のコピーを手渡した。 「ありがとうございますっ!」と源は爽源に頭を下げた。 「申し訳ない、私にも一杯」 爽源は申し訳なさそうに言うと、「はい、ただいま」と源は言ってすぐに立ち上がって、爽源のためにエスプレッソを入れた。 厳衛はカップを口にして、「あー、眼が覚める」と感慨深く言った。 「あ、もう完成しましたので」 「さすが早いね」と爽源は平然として言って、エスプレッソをのどに流し込んで、「ごちそうさま」と言ってすぐに外に出て行った。 爽源と入れ替わりに、数名の若者と数名の青年が店に入ってきた。 そして口々に、「…すげえよな…」などと話しを始めた。 源はみんながよろこんでくれている声を生で聞いて、うれしい思いがこみ上げてきた。 「だけどあのタッチは、松崎さんや赤木さんじゃないよな?」 一人の少年が言うと、「ああ、そうだよな、おかしいな…」と別の少年が言った。 「ああ、その件だけどね」と青年が口を挟んだ。 「タクナリラボに新入社員が入ったそうなんだ」 「ほんとですか、生島さん」と少年が青年に聞いた。 「ああ、どんな子かは知らないけど、  この町に住んでいるそうだぞ」 「えっ! すっげっ!  だれなんだろ…」 「おいおい、これっ!!」 また別の源の顔見知りの少年がショーウインドウを指差して言った。 「これと同じだっ!  このタッチだっ!」 などと言いながら、五人の男性はショーウインドウに釘付けになった。 「…非売品…」とひとりがぼそりと言うと、全員がうなだれた。 そして源の顔見知りの少年が足早に源に近づいてきた。 「うっ! 万有様のお坊ちゃまっ!!」 源はお坊ちゃまと言われて、苦笑いを浮かべた。 「それ、そろそろやめてくれないかなぁー…」と、顔見知りの北野少年に言った。 「面倒だから話すよ。  オタクのボクが造った」 源が言うと、「はあ、すごいって思ってたらやっぱりすごかったんだぁー…」と北野は感慨深く言った。 「じゃあ、君が、タクナリラボに就職…」と青年が聞いていたので、「はあ、就職戦争に巻き込まれなくて済みました」と言うと、青年は肩を落とした。 「来年、大学に行くってほんとなの?」と北野が聞くと、「行かないよ、きっと、大学も行かないと思う」と源が答えると、「あー、まー、そうだよなぁー…」と言って、別の少年がうなだれて言った。 「万有様… 頭取のっ?!」と一人の青年が叫んだ。 「はあ、父です…」と源は言って青年に頭を下げた。 「銀行になちゃったもんなぁー…  親子そろってすごいなぁー…」 また別の青年が言って肩を落とした。 負の感情が大いに流れ始めたので何とかしようと思い、源は少し考えた。 「実演販売の時間がやってまいりましたっ!!」 源が陽気に叫ぶと、「マジッ?! マジッ?!」と五人の男性は一斉に源に近づいてきた。 「料金はいただきますがレンタルですので」と源が言うと、客たちは微妙な顔をした。 「それでも欲しいっ!!」と北野が言うと、ほかの四人も北野に賛同した。 「ではまずは北野君」と源は言って立ち上がってから、北野の頭をむんずとつかんだ。 「会員証、剥奪されちゃうよ」と源が言うと、「うっわっ! それはまずいっ!!」と北野は言って、心を改めたようだ。 「やっぱり、メカニカルヒーローズが一番人気だね」 源の言葉に、みんなは深くうなづいた。 「じゃ、北野君はもう手に入らない、ゼロ号竜神でいいんだよね?」 源が言うと、「…マジで…」とつぶやくように言った。 「レンタルだから、こっちの都合で返してもらう場合もあるから」 「ううん、それでもいい」と北野は言って源に少し頭を下げた。 「フルアクションでいいんだよね?」 「はいっ! お願いしますっ!」と北野は源に拝むようなポーズをして言った。 源は素早く道具と材料を混沌から創り出して、一瞬のうちに竜神を造り上げて、ケースと箱も創ってフィギュアを梱包した。 「えっ?」と五人はいつの間にか現れた竜神のフィギュアにぼう然としていた。 「レンタルなので、転売すると罪に問われます」と源が言うと、みんなは深くうなづいた。 「無期限1000円で」と源は言って、レジに商品登録をした。 そして北野に箱を手渡した。 北野は、「千円…」とつぶやいてカネを源に支払ってから、マジマジと箱を眺めている。 シースルーになっているので、箱を開けなくてもフィギュアの鑑賞はできる。 数分後、源は五人を放心状態にさせて、「ありがとうございましたっ!」と言ってみんなを送り出した。 ―― ま、忙しくなるだろうなぁー… ―― と源は思って覚悟を決めた。 しかし客はいい人ばかりだし、それほどのおしゃべりはいないし、話しを聞いてもすぐに飛び込んでくる人もいないはずなのだ。 それがいい人の条件でもある。 源は今の一部始終をアスカに直接報告した。 『いいテストケースね。  だけど、覚悟したってことね?』 「はい、覚悟を決めましたけど、  ここにボクがいないと造れません」 『あら、どうしましょ?』とアスカは言って笑った。 「本当に手に入れたいっていう想いが強い人にだけ  造ることにしています。  今日の五名のお客様がいい例になったと思っています」 『それでいいわ。  予約票でも備えてあれば、なんとでもなるかもね。  面接をして、気に入った人だけに創る。  だけど、それは本望じゃないのよね?』 「あ、はい。  ですが、ただただ欲しいでは、  造る側としても制作意欲が沸きません。  それをきちんと了承してもらいますので」 『はい、それで十分よ。  花蓮ちゃんには私から伝えておくわ』 源はアスカに礼を言ってから電話を切った。 源はすぐに予約票を混沌から創り出して、小さなテーブルの上に置いた。 すると、猛然たる勢いで扉が開いて、息を切らせた花蓮が店に入ってきた。 「忙しくしちゃうのね」と花蓮が言うと、「はい、決めてしまいました」と源は言って少し頭を下げた。 「花蓮さんも造ってください」 「できるのならやるわよぉー…」と言って、源をにらみつけた。 「感動したわ…」と花蓮は潤んだ瞳で源に言った。 「はい、ありがとうございます」と源が頭を下げると、花蓮が抱きつこうとしたので、一瞬のうちに花蓮の背後に回った。 「消えたっ!!」と花蓮は言ったが、すぐに振り返ったので、源は花蓮の背後とつくように回り込んだ。 「はい、降参」と花蓮はあっさりと言った。 「警戒は解きません」 「嫌われたくないもん…」 花蓮の言葉に、源は警戒を解いた。 すると、「こんにちはっ!」と言って、友梨香率いる美少女軍団が現れた。 「いらっしゃいませ」と源が笑みを浮かべて言うと、「…ざんねぇーん…」と友梨香は言ってうなだれた。 源が友梨香に抱きついた件だろと思い浮かべた。 「あはは、ごめんねっ!」と源が明るく言うと、「ううん、いいの、得したから」と友梨香は明るく言った。 「どうしても欲しいものをレンタルで提供するようにしたから。  欲しいもの、だから、生物はなしだよ」 源の言葉に、美少女たちと花蓮はうなだれた。 源は花蓮を含めて五人の頭をむんずとつかんだ。 「おもちゃ系で欲しいものがある人は、美佐ちゃんだけ」 源の言葉に、「えー、すっごぉーい…」と美佐は言ってぼう然とした顔を源に向けている。 「差別はんたぁーいっ!」と友梨香が言ったが、花蓮が説教をするように懇々と説明をした。 「だけど、かなりリアルだなぁー…」と源は腕組みをして考え込んだ。 「着せ替えると、壊れる可能性が高い…」 源はつぶやきながらも、様々な可能性を考えて、混沌から様々なものを創りだした。 そして人形も創り出して、かなり薄いストキングを履かせた。 「冬は寒そうだから…」と美佐は言って源に笑みを向けた。 「美佐ちゃんは優しいなぁー…」と源が言うと、美佐はホホを真っ赤にして照れている。 「やっぱり本物と同じで、ほぼ使い捨てだね」 源は様々な可能性を駆使したが、ほんの数回で形が変わってしまうのだ。 「それもリアルよね」と花蓮が笑みを浮かべて言った。 「じゃ、今のところはこれで」と源は言って、十枚ワンセットのカラフルなストッキングを創りだして袋につめた。 「店長、価格を」 「300円、じゃあ、安いわねぇー…  500円、かなぁー…」 「じゃ、今回はお試しなので試供品ということで」と源は言って、美佐に袋を手渡した。 「あー、ありがとうぉー…」と美佐は言って、大切そうに袋を受け取って、かわいらしいポシェットに入れた。 「猫に変身」と源が言うと、美佐は赤みがかった大きな猫に変身した。 「ボクへの報酬はこれで十分だっ!」 源は大きな猫を猫っかわいがりにした。 「私から言わせれば安いわよ…」と花蓮は唇を尖らせて言った。 「三毛猫でいい?」と友梨香は源に聞いて来た。 「あ、その視線もあったね」と源が言うと、友梨香は抱きしめられたことを思い出したのか、ホホを朱に染めた。 「でも、欲しいものってないんだよね?」と源が言うと、それはそうだと思ったようで、友梨香は店内の散策を始めた。 すると今度は、千代引きいるお子様軍団が現れた。 今日の引率は源が始めて会った長身の女性二人だ。 ―― でっかぁー… ひとりは天使、ひとりは人間で軍人 ―― 源は覚醒してから、その正体を簡単に見極めることができるようになった。 「武君から聞いていたわ」と、源よりも少し背の高い女性が言ってきた。 「あ、まさか、あなたが青木愛実さんですか?」 「はい、そうです」と愛実は言って頭を下げた。 「赤木の兄ちゃんの命の恩人だと聞いています」 「必要だったからね」と愛実はそっけなく答えた。 だがその目は、全くそっけなくなかった。 「恋人候補はもうふたりもいます」 「拓生君のようでイヤだわ」と愛実は言ってそっぽを向いた。 「それは助かりました」と源が言うと、愛実は火の出るような勢いで源をにらみつけた。 「石坂さんの半分ほどですね」 源の言葉に、愛実はわなわなと震え始めた。 「今日、石坂さんと存在感実力合戦をして引き分けました」 「…それほど…」と愛実は言ってうなだれた。 「おもしろい」と愛実よりも背が高い女性が言った。 身のこなしは石坂に近いと源は判断した。 「タクロウという称号をやろう」と女性はわけのわからないことを源に言った。 「おまえ、余計なことを言ってんじゃあねえっ!」 ―― 姿は見えないが声は聞こえた ―― と思い、源が辺りを見回すと、犬のような足を確認した。 「申し訳ありありませんっ!!」と言って、女性はかかとを鳴らして直立した。 「源、悪かったな」と言って、ダルメシアンのような犬が現れて、中東系の男性に変身した。 「俺は千代と同じだ」 「あー、なるほど、そうでしたか。  千代ちゃんは人間がいやで犬にしてもらったと聞いています」 「千代は愛実がやったんだ。  二千年前にな。  俺は拓生に強制的に犬に変えられた。  俺はかなりの悪だったからな。  ああ、俺はタクローという」 「万有源です」 源は言って、少し頭を下げた。 「このでかい女は大山銀子、別名シルビア」 源は感慨深くうなづいた。 「タクローさんが指揮官なんですね」 源の言葉に、タクローは小さくうなづいた。 「拓生のヤツが隠しておくはずだ」とタクローは言ってからきびすを返して、子供たちの監視を始めた。 「タクローさんがそんなに怖いんですか?」 源の言葉にシルビアは、「それほどでもねえ」と冷や汗を拭いながら言った。 「どうして覚醒しないんです?」 源が聞くと、シルビアは驚愕の顔を源に向けた。 「俺は今のままがいいからだ」 その回答はシンプルだった。 源は納得の笑みを浮かべた。 シルビアは源の回答をその表情から察したようできびすを返して、「さわぐんじゃあねえ」と子供たちに注意している。 ―― ボクの道は閉ざされた… ―― とこの時源は始めて今までの自分の生き方を否定し後悔した。 源も花蓮と同じく無秩序な星に何度も転生した。 このような平和な星に転生して覚醒したのは初めてなのだ。 よってシルビアが言ったように、『今のままの俺がいい』という言葉に、源は賛同した。 だが、今まで積み上げてきた源の天使としての生き様は無に帰すことになる。 ―― いや、これはボクの欲だっ! ―― と源が強い念を発したとき、天使が消えてしまったように感じた。 「えっ?!」と花蓮と愛実、そして千代が驚愕の顔をして源を見て、千代はすぐさま源に駈け寄ってきた。 「お兄ちゃんっ! どーしてっ! どーしてっ!」と千代は今にも泣き出しそうな顔をして源に抱きついた。 「あ、天使、消えちゃったのかな?」と源が言うと、千代はついに泣き出してしまった。 源は意識して天使に変身しようとしたが、そこには何もなかった。 だがそれ以外のことは今まで通りだ。 混沌の球も、異空間ポケットも使えることをすぐに確認した。 「うーん…  ボクの知っている知識で言うと、  死神のような神のような中途半端な感じ…」 するとカノンが血相を変えて源に近寄って来て、「どーやったのっ?!」と必死の形相で聞いていた。 源はカノンを見てにっこりと笑って、「自分で見つけなきゃダメだ」と少し冷たい言葉を投げかけた。 「…うっ! 神に、近い…」とカノンは言ってうなだれた。 「そんなことができるのかっ!!」とシルビアが言って源に駆け寄ってきた。 「できちゃったようです」と源が答えると、シルビアは腕組みをして、「うーん…」と深く考え込んだ。 「おまえじゃあ無理だと思うぞ」とタクローが言うと、「できる人ってほとんどいないもんっ!!」と千代はタクローに顔を向けて言い放ち、また源の胸に顔をうずめた。 「あはは、やっぱりすごいんだ」といつも千代のそばにいる幼児の男の子が言った。 「おっ! ビリビリ来るっ!!」と源は言いながらも、男の子の頭をなでた。 「あー、やっぱり、君って普通じゃないねぇー…」 源の言葉に男の子は、「…源兄ちゃんの方がよっぽどすごいよぉー…」と男の子は言って唇を尖らせた。 「そうなのっ?!」と千代が男の子に顔を向けて言うと、「うん、千代ちゃんの言った通り、ほとんどいないほどだよ」と笑みを浮かべて言った。 「神様ときっといい友達になれるはずだよ」と男の子は胸を張って言った。 「えー、パパとお友達…」と千代が言ったので、男の子の言った神様は松崎拓生のことだと源はすぐに察した。 「神様の本当の友達ってふたりしかいないよね?」 男の子が言うと、「そう、みたい…」と千代は言ってからうなだれた。 本当の友達とは、能力も何もかも松崎と同等だということになる。 そのようなとんでもない人がまだふたりもいることに、源は苦笑いを浮かべた。 源は現実に戻り、「あ、君の名前を教えて欲しいんだ」と男の子に顔を向けて言うと、「…ビルド…」と少し照れくさそうに答えた。 「うわぁー、強そうな名前だなぁー…」と源は笑みを向けてビルドに言った。 ビルドは満更でもないようで、「あはは…」と照れた笑みを浮かべた。 「普通じゃないほど強いのよっ!」と千代は泣き顔を笑みに変えて言った。 「あのー、夕ご飯のあとに遊んで欲しいんだけど…」とビルドが照れくさそうにおねだりをしてきた。 「あー、ゴメン…  約束はできないんだ。  食事のあと仕事に行くから」 「あー、そうだった…」とビルドは言って深くうなだれた。 「いつも何時ごろ寝るの?」 「え?」と言ってビルドは顔を上げた。 「9時とか、10時ごろ…」 「約束はできないけど、何とかして時間を作るから」 源の言葉にビルドは源に飛びつくようにしてよろこんだが、花蓮は源に白い眼を向けている。 ―― そんな暇があったらデートしろ ―― などと思っているようだ。 「なんだか、すごいことが起きちゃったようね…」と黒人女性が源に笑みを向けて言った。 「あ、エイミーさん、こんにちは。  あ、いらっしゃいませ」 源は言って頭を下げた。 源はエイミーのことはよく知っている。 源と同じで、塾では特別授業を受けていたのでよく顔を合わせていたのだ。 身長はそれほど高くなく160センチほどなのだが、源と同い年なのでまだまだ成長期の真っ只中だ。 さらには肌が黒いだけで、顔立ちは西洋人にしか見えない。 よってエイミーのチャームポイントはすっきりと筋が通ったような鼻だ。 そして、スレンダーな体に似合わず豊満な胸を持っているので、源はいつも目のやり場に困っていた。 「まさか、エイミーまで…」といつの間にか源の隣にいた花蓮がエイミーを少しにらんで言った。 「程は知ってるわ」とエイミーは花蓮に挑戦するようにはっきりと声に出して言った。 源に接する声とは正反対だったので、―― エイミーさんも怖い人… ―― とレッテルを貼った。 「人によるもん…」とエイミーは源の思考を読まずに、雰囲気だけを察して言った。 まさに源と同種の行動に、源はさらにエイミーに好感を持った。 「デート、して欲しいなぁー…  なぁーんて…」 エイミーの言葉と身をねじる幼児のようなかわいらしいしぐさに、源はどぎまぎとしてしまった。 「あー、あのぁー、かなり先になるんだけど…」と源が申し訳なさそうに言うと、「こうなることはわかっていたから」とエイミーは当然のように言って、三週間後にデートをすることに決まった。 エイミーは今は神に近い力を持っているが、まだ駆け出しのようで、能力的には誰よりも劣っている。 しかし、それはお荷物がついているせいなので、その問題が解決すれば、どれほど能力が上がるのか、松崎すらも把握できない。 「人殺しはずっと人殺しよ」とエイミーは胸を張って言った。 源は少々以外に思った。 「それはどうだろうか」と源が反論ののろしを上げようとすると、エイミーは少し驚いてすぐに、「余計なこと言っちゃったっ!」と言っておどけた。 「今の話、最後まで聞きたいんだ。  一体どういった理由でそう思っているのか。  エイミーさんは国の神に近いはずだ。  そのような思いはないはずだと、ボクは思っていた。  だから、今の言葉がただただ花蓮さんへの攻撃だったとしたら、  ボクはエイミーさんがきちんと見えていなかったんだって思う」 源が堂々と言うと、「あ、ああー… ご、ごめんなさい…」とエイミーは言って頭を下げた。 「謝る必要なんてないんだ。  ボクはエイミーさんが放った言葉の説明を聞きたいんだ」 源の言葉を重く感じたエイミーは、「…攻撃、でした…」と言ってうなだれた。 「見損なったし、ボクの見る目のなさにもあきれちゃったよ」 源の言葉に、エイミーは急いでこの場を立ち去るように素早くきびすを返して外に出て行った。 「妥協を知らない拓生」とタクローがニヤリと笑って言った。 「味方が仲間を攻撃することほど、悲しいことはありません。  花蓮さんが仲間ではないというのなら話しは別ですけど。  だけど、花蓮さんは  アスカさんにも松崎さんにも気にかけてもらっています。  皆さんは花蓮さんをそれほど快く思っていないようだと  判断しました」 「その通りよっ!  いつ裏切るのかわかったものじゃないわっ!!」 愛実が厳しい言葉で花蓮をにらみつけて行った。 「花蓮さんは、もうしないとボクに言ってくれました。  ボクはその言葉を信じています。  さらに、きちんと星の常識の違いを理解できていると判断したから、  松崎さんもアスカさんも、  花蓮さんをここに呼んだんだとボクは思っているんです。  もしそうでないのなら、花蓮さんがここにいるはずがないんです」 源が語ると、「その通りだもんっ!!」と千代が愛実をにらんで叫んだ。 「ボクもそれは感じたんだ。  花蓮を呼んだことで、  神様とアスカ様が少し孤立したと思ってる。  信頼を失ったと思ってもいいくらいにね。  やっぱり、この星は平和だから。  真の不幸を体験していない人ばかりだから」 ビルドが語ると、愛実はぶるぶると震えて、憤慨した姿で出て行った。 「愛実さんって、普通の人?」と源が言うと、「あ、はい、だから気にしなくていいです」とビルドはごく自然に言った。 「でも、クリスさんも天照様も、  松崎さんに反抗しているようなものだけど」 源の言葉に、「あ、それは花蓮を気にいらないだけなので」とビルドはまた自然に言った。 「気に入らない、ということは…」と源が言ってにっこりと笑ってビルドを見た。 「あはは、その通りです」とビルドは言って、源に満面の笑みを向けた。 「はっきりといえっ!!」とシルビアが叫んだ。 「あ、はい、ライバル視しているんですよ」 「ああ、なるほどな…」とシルビアは小さくうなづいた。 「しっかし、愛実もまだまだだったんだなぁー…  千代にも劣るとは…」 シルビアが苦笑いを浮かべながら言うと、「おまえの方こそまだまだだろうがぁー… 好き嫌いで話しをしてんじゃあねえぞぉー」とタクローが食いつく勢いで言った。 「ふんっ!」とシルビアが鼻で笑うと、「シルビアさんは花蓮さんを気に入っているんですか?」と源が聞いた。 「基本的に、悪魔は大好きだぁー…」とシルビアは人間なのだが、まるで悪魔のような声を発して言った。 「仲間がふたりになった」と源が花蓮に笑みを向けて言うと、花蓮は泣き声を上げずに涙を流した。 「私もだもんっ!」と千代がいい、「あ、ボクもですっ!」とビルドが言った。 「ほら、どんどん増えてきたよ」と源が言うと、花蓮は子供のように声を上げて泣き出し始めた。 「気の弱い悪魔だ」 「ほっといてっ!!」と花蓮は涙声で答えた。 源の見知らぬ男性と、女の子の幼児がいきなり姿を現して、「あ、私もです」と源に頭を下げながら言った。 「え?」と源は言って、温厚そうな男性を見つめた。 だがすぐに幼児に視線を移すと、「悦子さん?」と源は口にした。 「あはは、お母さんなのっ!」と女の子は陽気に言った。 「ん?」と源は怪訝そうな顔をした。 「じゃあ、レスターさんは悦子さんの浮気相手…」と源が言うと、男性は愉快そうに笑って姿を幼児にした。 「はあ?」と源はぼう然として言って、幼児になってしまった男性を見た。 「ボクは佐藤俊介といいます。  エッちゃんとは全然無関係だからっ!」 俊介少年は何事もなかったように、源に笑みを向けた。 「私、青空っ!  千代ちゃんとはお友達なのっ!!」 青空は源に笑みを向けて、俊介少年の手を解いて千代に抱きついた。 「いきなりのことで混乱してしまいました。  普通の方ではないことはよくわかりましたけど」 「あはは、ついつい来ちゃったっ!」と俊介少年は陽気に言った。 そして青空とともに、非売品のショーウインドウをマジマジと見始めた。 「めんどくせえやつだけど、能力は拓生以上だ」 タクローの言葉に、源は苦笑いを浮かべた。 全くそのように見えないところがすごいのだが、源は視線を切り替えるように、心のフィルターを少し開いた。 「あー、なるほどなるほど…  全開にすると、ボクは意識を失うところでした」 「なんでえ、フィルターって…」とタクローが興味を示して言うと、「畏れをブロックする幕のようなものです」と源は答えた。 「それ、一見便利に思えるけど、逆にあぶねえだろ」 タクローの言葉に源は、「ここには敵はいないはずなので」と答えると、「あ、そりゃそうだっ!」とタクローは言って大声で笑った。 「ま、うめえことやんな」とタクローは笑みを浮かべて言ってから、源の肩を軽く叩いた。 かなり殺伐とした雰囲気になったのだが、園児たちや天使たちおおかげで何とか持ち直した。 だが、「私も、お父さんを信じていなかったって思う…」と友梨香が源を上目使いで見て言った。 源はなにも言わずに花蓮を見た。 花蓮は今は立ち直っていて、笑顔で接客をしている。 仕事が終わり店を閉めてすぐに、源は家に帰って食事をした。 今日は源とこのみだけだったので、「あら、作りすぎちゃったわ…」と源の母は言って困った顔をした。 すると、「ただいまぁーっ!」というローレルの声がした。 源の母は勢いよく立ち上がって、廊下に顔を出して、「おかえり」と言った。 ローレルがキッチンに入って来てすぐに、「なんだか暗雲が立ち込めてたけど…」と興味津々の顔をして源に聞いて来た。 「松崎さんの氾濫分子が大勢出たんだよ」 源の言葉に、「誰がそれに触れるかって思ったら源になっちゃったんだ」とローレルは言って少し笑った。 「賢き者は、危うい場所には立ち入らない?」と源がローレルを少しにらんで言うと、「それは大いにあるわ、ごめんなさい…」とローレルは言って頭を下げた。 「それに私、今は部外者のようなものだから…」 ローレルの言葉に、「ああ、そうだったね」と源は言ってから、「一体どんな手伝いなの?」と聞いた。 「天使の癒やしが」とローレルが言った途端、「天使、なくなってるじゃないっ!!」とローレルはご飯粒を飛ばしながら源に向かって叫んだ。 「うん、そうだね。  この星では約に立たないから切った」 源の言葉に、「できる人って、ふたりしか知らないわよ…」とローレルは信じられないと言った顔をして源を見つめている。 「今は神のようなものらしい」 源の言葉に、「ああ、人間に戻ったわけじゃないんだ」とローレルは明るい声で言った。 源はローレルに仕事の内容を聞いた。 力を持っている男性がひとりいるのだが、一旦出て行くと仕事が終るまで帰ってこないので、そのつなぎの人が欲しいようだ。 戦力としてはローレルと、魔王と呼ばれる鬼がいるので申し分ないのだが、もし不意に攻め込まれると太刀打ちできないかもしれない可能性も出てくるので、その用心としての見張りでいいとローレルは言った。 まさか、そのような世界があるとは思っていなかった源は、天使を解いたことを少々悔やんでしまった。 「出たり消えたりできないかな…」 「それはいないわね」とローレルは胸を張って言った。 「扉をくぐれば別の星、か…」 源が言うと、「まんが?」とこのみが小首を傾げて聞いて来た。 「そうだね、漫画に出てきそうだよね」と源は笑みを浮かべて答えた。 「…ああ、幸せ…」とローレルが言うと、「じゃあ、ここに来ない方がいいんじゃ…」と源が言うと、「私たちが寝てる時」と言われて源は納得した。 「早速松崎さんに聞くよ」と源は言って松崎に念話の信号を送った。 「早いわね…」とローレルは言って苦笑いを浮かべた。 どれほど能力が高くても、源は昨日天使として覚醒したばかりだ。 昨日の今日で神の力が使える者は誰ひとりとしてしていなかったとローレルは聞いている。 ローレル自身も、覚醒の度合いとしてはようやく山の中腹までたどりついたといった状況なのだ。 「礼儀正しい念話で驚いた」 松崎は本心から言った。 「少し前の前世の師匠が几帳面な人で。  それに、確かにそうだと思って、  ボクはずっとエコー付きの信号を送るようにしているんです。  そうすれば、相手が忙しい時は察することができるので」 「俺もそうしたいが、一体どうやってるんだ?」 「あ、その件よりもですね…」 源は念話した事情を詳しく松崎に説明した。 「なぜ俺に言ってこないんだろうな」 松崎は怒ってはいないが、少し怪訝そうな声で言った。 「ローレル、どうして松崎さんに直接言わないんだ?」 源の言葉に、「周りの人が…」とローレルはバツが悪そうな顔をして言った。 「ローレルのプライドが許さないそうです」 「違うもんっ!!」とローレルは怒って叫んだが、源の言ったことは的を得ていた。 松崎は愉快そうに笑った。 「ライバルとしては必要なんだが、  足の引っ張り合いのような関係は好ましくないなぁー…」 「はあ、その件でも昼に…」 源は昼にあった顛末を包み隠さず松崎に話した。 「すまん、俺の監督不行き届きだ。  俺としては言葉足らずではなかったと思うんだ。  人が増えると、こうなってしまうのかなぁー…」 「理由なく気にいらないっていう条件って、  何かあるのでしょうか?」 松崎は源にその可能性があることをすべて語った。 源としては半分ほどは納得したようだ。 その半分は、前世までのトラウマなどが関わっているので、どうにかうまく橋渡しをする人材が必要なのではないかと感じた。 「ですが、愛実さんとエイミーさんには  きちんと確認した方がいいと思います。  それに、花蓮さんも」 「平等で結構」 松崎は言って少し笑った。 「アスカが確認に行った。  やはり能力が上昇するたびに、  隠すのもうまくなるからな。  それが一番困ることなんだ」 源は何も言えなかった。 「天使、消したんだって?」 松崎はまた少し笑いながら言った。 「あ、はい。  まさか消えるとは思っていなかったんです。  その理由が、平等を貫くことは欲だと思っただけなんです」 松崎はしばらく沈黙して、「それが究極だ」と堂々とした声で言った。 「何かを目標とした時には、必ずと言っていいほど欲が出る。  ある日気づくと欲だらけ、といったことも少なくないんだ。  だったら平等をやめればいいだけだ。  源の場合は、ほかにも理由があったんだよな?」 「あ、はい。  今までの積み重ねが、この星では通用しないと思ったからです。  花蓮さんと同じで、  ボクは転生するたびに無秩序な星でばかりで修行をしていたので。  平和なこの地球で始めて覚醒して、  このままではボクが壊れるのではないかと思ったんです」 「それは大いにあるんだよ。  まず、平和な場所で平和を知る必要があるんだ。  それをふまえてから無秩序に飛び込む。  そうすれば、どうすれば平和になるのか、  その道が見えるんだ。  無秩序だと、何が正しいのかよくわからなくなる。  だからこそ、源は迷ったんだろうな」 源は今回は納得して、松崎に礼を言って念話を切った。 「源がすごいのはそういう理由だったのね…」 ローレルは少しうなだれて言った。 「だからこれから、ボクには道しるべが必要なんだ。  ボクひとりでもできるんだろうけど、  できれば仲間がいた方がいいなぁー…」 源の言葉に、「私はついていくわ」とローレルは胸を張って言った。 「うん、ありがとう」と源が笑みを浮かべて言うと、「来て、くれるの?」とローレルに聞かれて、「あ、返事を聞かなかった」と源が言うと、ローレルは大声で笑った。 再び松崎に聞くと、松崎から指示を出すことに決まった。 よって源が行くとは限らない。 もっとも、天使ではなくなった源がどこまでできるのか、源にも松崎にもわからないからだ。 「ビルド君と遊んだら、わかるのかなぁー…」 源がつぶやくように言うと、「遊ぶって…」とローレルはぼう然とした顔をして言った。 「ふーん、やっぱりかなり怖い子なんだなぁー…  あ、楽しみにしてるから説明しなくていいよ」 「…ほんと、とんでもないわね…」とローレルは言って苦笑いを浮かべた。 源たちは食事を済ませて、朝と同じように三人で家を出た。 遊ぶと聞いてこのみもついて聞くと言って聞かなかったからだ。 もちろん仕事が終ってからだと説明したが、その間はいつも通りに天使たちと遊んでいると言われると返す言葉はなかった。 源は松崎にまたエイリアン・ウォーリアの組立作業を指示された。 今回は小さい方のものなので、体にはそれほど負担がかからない。 源はラボの黒い部屋に入って、赤木と伊藤にあいさつをしてから作業に取り掛かった。 「いろいろあったようだね」と赤木が聞くと、源は組立作業をしながらすべてを語った。 もちろん、源の考えなどは何も言わずに、事実だけを話した。 話しを聞き終えた赤木はひどくうなだれた。 「なんだか、ボクは都合のいいように生かされてただけだったんだね」 赤木の言葉は源にはよく理解できた。 相手がいくら神のような存在であっても、都合のいいように使われていたことは気持ちのいいものではない。 「赤木の兄ちゃん…」と源が言う、赤木は一気にとんでもないバケモノに変身した。 「愛実のやろう、八つ裂きにしてやるっ!!」と赤木は言って立ち上がったので、伊藤と源が慌てて止めた。 「人格まで変っちゃうんだぁー…」と源は少し嘆いた。 「修行ができてなくて申し訳ないな」と赤木は四つある目を見開いて源を見た。 ―― 眼力、二倍だぁー… ―― と源は言って、苦笑いを浮かべた。 「赤木の兄ちゃんは禁句なっ!」と言った伊藤も苦笑いを浮かべていた。 「松崎がタケちゃんと言うと変身するし、  今回のような過ぎたわがままでも変身して手がつけられなくなるんだ」 伊藤の言葉に、「あー、ある意味神様なんだなぁー…」と源が言うと、赤木はすぐさま元に戻った。 「あー、すっきりしたぁー…」と赤木が言うと、「周りの迷惑も考えてくれ」と伊藤はクレームを申し立てた。 「ストレス解消は必要だよ」と赤木が明るく言うと、源は大声で笑った。 「あ、いいねっ!  きっとね、松っちゃんもよろこんでいると思うんだ。  今回の件は全部、源ちゃんが解決してくれるってね」 赤木の言葉に伊藤は、「それが最善かもな」と言ってにやりと笑った。 「腕が四本…」と源が言うと、「足も四本なんだ」と赤木が明るく言った。 「はぁー、今のところ、伊藤さんと同じほど怖いです…」 源は肩を落として言った。 「なんだ?  エリカのほうが怖いだろ…  思いっきり絡まれてたじゃないか」 伊藤の言葉に、「もう今は何ともないと思います」と源は胸を張って言った。 「はあ、さすがだね。  松っちゃんの自慢の子だけあるよ。  だけどエリカちゃんにはまだあるよ」 赤木が言うと、「あ、それは問題ありません」と源は確信したように言った。 「…一体、どんな隠し玉があるんだ?」と伊藤はかなり小さな声で聞いて来た。 源も小さな声で答えた。 「…天使を解いても、そんなことができるのか…」と伊藤はぼう然として言った。 「この仕事が終ったら、大いに成長するって思うよ」 赤木は意味ありげに言って、源に笑みを向けた。 仕事を終えると、昨日と同じように、現実の時間は30分しか進んでいない。 まずは赤木たちと天照島のスーパー銭湯に行ってから二回目の夕食を摂った。 食事を終えると、申し訳なさそうな顔をした花蓮が大使館に入って来た。 「あ、店長」と源が言うと、「ここでは名前で呼んで」と花蓮は源をにらんで言った。 五月も石坂も苦笑いを浮かべている。 「ふーん、花蓮ちゃん、かなり変ったよね」と赤木が明るく言うと、「えっ? あ、うん…」と言って花蓮は赤木から視線を外した。 「敵でもライバルでもありません。  赤木さんは味方です。  もう一度堂々と」 源の言葉に花蓮はすぐに顔を上げて、「源に愛されてるからっ!」と明るく言うと、みんなは笑うどころかあっけに取られた顔をした。 もちろん源もみんなと同じ表情をしていた。 「そんなこと言った覚えはないんだけど…」と源が言うと、「そう思っておきたいのっ!!」と花蓮はかなり意地を張って言った。 「ストーカー…」 「違うもんっ!!」 源と花蓮のやり取りに、赤木と伊藤だけは笑っていた。 「確かに、ぜんぜん違う…」と五月がつぶやくように言った。 「ああ、大いに変ったな。  やはり、恋する気持ちが花蓮を変えたようだ。  これも、拓生の仕向けたことだろう」 石坂が言うと、源は少し理解できたように感じた。 「赤木さん、今度はボクが利用されたようです」 「あー、ここは怒るところかもしれないなぁー…」と赤木は言ったが、穏やかな笑みを浮かべていた。 「…利用?  ああ、愛実がそんなこと言ってたわ」 花蓮の言葉に、また赤木はバケモノに変身したので、「愛実も禁止っ!!」と伊藤は言って赤木を動けないように押さえつけた。 源も赤木を何とか落ち着かせた。 「あー、愛実は恩人だけど敵だ」と赤木は明るく言った。 「やっぱり、そうよねぇー…」と地下から上がってきたアスカが疲れ切った顔をして言って、『どすん』と音を立てて椅子に座った。 「うーん…」と源はうなってから、「ジオラマの件ですけど」と源が言うと、「うんっ! なになにっ!!」とアスカは元気に言って源を穴があくほど見つめた。 源はバッグから、山梨爽源にコピーしてもらった古文書を出してアスカに渡した。 「証拠の品のコピーです」 「うわぁー、ありがとぉー」とアスカは明るくかわいい声で言って、鼻歌交じりに古文書を読み始めた。 「機嫌、一気に治った…」と五月は言って、源に笑みを向けると、源は照れくさそうにして頭をかいた。 「私、今、一大決心をしましたっ!」とアスカは言って、源を見た。 源はかなり嫌な予感がしたので、「もう動かしました?」とだけ言った。 「あーん、明日の朝にみんなを驚かせようと思ってぇー…」とアスカは身をねじりながら言った。 「今度は軟体動物になった…」と五月は言って苦笑いを浮かべた。 「決心は一時お預けでお願いしたいんです」 「うん、それでいいのぉー…」とアスカは言って、源を上目使いで見た。 「…アスカを操り始めた…」と石坂は小さな声で言ってにやりと笑った。 「ではボクはビルド君と遊んできますので」 源の言葉に、「えええええっ?!」と五月たちは驚きの声を上げた。 「ああ、それで。  みんなそわそわしてたわよ」 アスカの言葉に、「みんな?」と源は苦笑いを浮かべて言った。 ―― 怖くなってきた… ―― と源は思ったが、何とか立ち上がってから、「行ってきますっ!」とひとつ気合を入れて、地下に続く階段を降りて行った。 源を見つけた千代たちはすぐに立ち上がって源に寄り添った。 「あ、天照島に行くんだけど、来るの?」 源の言葉に、「うんっ! 行くのっ!」と言って千代は源の右手を握った。 「このみ」と源が言って左手を差し出すと、このみは笑みを浮かべて源の左手を握った。 「ほかのみんなは、ボクに抱きついていいよっ!」 源の言葉を聞いてすぐに、天使たちは源に飛びついて行った。 「あー、みんな軽いんだ」と源は言ってから、天照島に続く黒い扉をくぐった。 今はもう外は暗いのだが、火山から吹き出ている溶岩が辺りを明るく照らしている。 最もそれだけでは暗いので、所々に街灯がある。 建物の周りはかなり明るくなっていて、スーパー銭湯の建物の回りはまるで昼のようだ。 そして夜なのだが爽やかな風が巻き起こったと同時に、源は何かに取り憑かれたと感じた。 しかし、悪いものではないし、それが何なのか源は知っていたので、しばらく様子を見ることにした。 そして、困った時には使ってみることに決めた。 「うわっ! みんな来たんだっ!!」とビルドが叫んで、源に向かって走ってきた。 「うっ! なんかすごい人っ!」とビルドと同じ背丈の幼児の女の子が言った。 「私、肩の上に乗っちゃうっ!!」と、小人の女の子が宙に浮いて源の肩の上に座った。 「みんな早いよぉー…」と言って、ほぼ少年の男子が言って源に向かって走ってきた。 最後の男の子を見て源は、―― この子だけは違う… ―― と漠然と思った。 「あ、エンジェルちゃん、いつの間に…」と源は小さな女の子に撒きつくようにして眠っているエンジェルを見て言った。 そして右目だけ開けて源を見て、「楽しそうだったから」とつまらなさそうに言ったので、源は少し笑った。 「何して遊ぼうか」と源が問いかけると、「あ、はいはいっ!」と小さな女の子が手を上げてすぐに、源の耳元でつぶやいた。 「ドラゴンライダー?」と源が言うと、この島にいた四人の子供たちは一斉にしびれたようになってうずくまった。 「すごいすごいっ!!」と千代だけが喜んで手を叩いている。 「えー… これって、なんの遊び?」と源が聞くと、何とか立ち上がってきたビルドが、「ボクたちの修行ですぅー…」と言って苦笑いを浮かべた。 「いやいや、苦しそうだけど大丈夫なの?」と源は心配そうな顔をしてビルドを見た。 「あ、少し休めば大丈夫ですけど、  ステラちゃんだけは遊べないと思います」 ビルドは言って、その足元でしびれまくっている幼児を見て言った。 「えー… 何かの発作?」と源は言って、ステラという子をゆっくりと抱き上げた。 すると、「あー、もう死んでもいい…」とステラが言うと、「縁起でもないことを言わないで欲しい…」と源は少し怒ったように言った。 もちろん、源の死んだ妹を思い出して言ったのだ。 「あ… 本当にごめんなさい…  もう決して言いませんから、許してください…」 ステラは力なく言ったが、その体に力が蘇っているように源は感じた。 「あー、すっごく成長した」とビルドは言ってから、源に笑みを向けた。 「はあ、こんなことで…」と源は言って、ビルドと、今立ち上がってきた男の子を抱きしめた。 「ああっ! おおおおおおっ!!」と男の子が叫んで、一瞬のうちに緑色の動物のようなものに変身した。 「あー、フォレスト君、さらに成長したよぉー…」 ビルドはうらやましそうに言った。 「ドラゴンライダーごっこっ!!」とビルドがフォレストと呼んだ獣のようなものが飛び跳ねながら言った。 この獣は首が長いのが第一の特徴だ。 頭はまさに獣で、大きな口に無数の牙が見える。 そして頭には太い角が五本あり、その周りには小さな角が無数に生えている。 さらに翼を持っていて、その中央部分に手首から上がついている。 腕と翼が一体化しているようだ。 胸は雄雄しく、腰は細い。 そして長い尻尾がムチのようにうなりを上げて左右に振られている。 フォレストはその名の通り、緑色をしている。 その体表は肌ではなく鱗で覆われていた。 「竜…」と源がつぶやくと、「あはは、そうっ!」とビルドは言って、フォレストの半分ほどの赤い竜に変身した。 「あっ! これはすごいっ!」と源は言って、一瞬だけ体を硬直させた。 だが、ほとんど問題ないと思って、すぐに力を抜いた。 源の体は昼と同じように、びりびりと途轍もないものを感じていたが、許容範囲だ。 「うわぁー、自信喪失ぅー…」とビルドは言ってうなだれた。 そしてステラという女の子も、小さな女の子も、竜に変身した。 「これは何というか…」と源は言って苦笑いを浮かべた。 源が辺りを見回していると、ひとりの天使が地面に寝転んで白目をむいている。 「あ、カノンちゃん」と源は言ってすぐにカノンを抱き上げた。 「マジ、死ぬぅー…」とカノンは本当に死にそうだったが、「あ、修行だからいいのっ!」と千代が明るく言った。 ―― 千代ちゃん、ほんと怖い… ―― と源は重ねて思った。 「あ、今度はこっちっ!」とビルドは言って翼を広げてひと扇ぎして素早く飛んだ。 その先には、少々仰々しい金色の幕がかかっているものがある。 「あ、めくって欲しいんだっ!」とビルドがいうと、源はその言葉通りに幕をゆっくりと下ろした。 「おー、これは…」と源は言って絶句した。 目の前には、大きな岩にめり込んでいる剣と盾がある。 「おとぎ話?」 「あはは、そんなところだよ」とビルドは明るく笑った。 「抜けば強くなるっ!」と源は言って、かなり体を硬直させて、剣の柄を両手で逆手に握った。 そして力を入れたが、「ん?」と言って、『スラスラスラー』といった音とともに剣は簡単に抜けた。 「あ、あれ?」と源は言って辺りを見渡すと、竜たちはどこにもいなかった。 「ドラゴンスレーヤーなのっ!」と千代がもろ手を上げて笑みを浮かべて言った。 「ああ、だから逃げちゃったんだ」と源は言ってすぐに剣を岩に戻した。 「ボクは楽しいんだけど、竜たちは楽しくないよね?」 源の言葉に、千代は笑みを浮かべて首を横に振った。 「まあ、こういったことも修行なんだろうけど…」 今度は盾を握って、ほとんど力を入れずに抜いた。 「ああ、盾はさすがに重いね」 などと言っているが、片手で楽々と持っている。 「あ、みんな離れて」といつの間にか源の目の前にビルドがいて、10メートルほど宙に浮いていた。 「盾で受け止めて欲しいっ!」とビルドが言うと、「え? 何を?」と源が言った途端、『ゴオオオオオッ!!』という轟音とともに、ビルドは口から炎を履いた。 源はすぐさま盾を炎に向けた。 「おっ! 盾がでかくなったっ!!」 源は言って、炎が治まるのを待った。 「あー、最高の、ドラゴンバスター…」 ビルドは言って、人間の姿に戻って、源の目の前で片ひざをついた。 「どうか、いつでも使ってやってください」 ビルドの言葉に、「あ、じゃあ、ローレルのいる星に行くときについて来て欲しいんだ」と源が言うと、「はい、かしこまりました」とビルドは言って顔を上げて源に笑みを向けた。 「これって、ボクが楽しいだけなんだけど…」 「あ、では」とビルドが言って、また竜に変身した。 「どうか、乗ってやってください」とビルドは言って、首を地面につけた。 源は盾を岩に戻してから、ビルドの肩辺りに座った。 するとビルドは体を5メートルほどにして、力強く羽ばたいた。 「これが、ボクたちの遊びです。  できる人は、神様とエリカ様しかいなかったのです」 「はー、竜も大変なんだねぇー…」と源は感慨深く言った。 結局源はまた楽しんだ。 しかし、面白いことが頭に浮かんだので、ビルドが満足するまで空を飛んでから、ビルドから降りた。 ビルドは体長一メートルほどに戻った。 源はひょいとビルドを抱え上げてから、ドラゴンスレーヤーを抜いた。 「おおっ! おおっ!!」とビルドは恐怖の声を上げたが、「あれ?」と言ってから源を見た。 「ボクは君の味方だからね」 源の言葉に、「ああ、はい、そうです」とビルドは感慨深げに言って涙を流した。 「神様はここまでは…」とビルドは言った。 「簡単だったけど、自信はなかったんだよ」と源は言ってから、ドラゴンスレーヤーを岩に戻した。 「それに、武器を装備しないと、悪い竜と戦えないからね」 「はい、そうでしたぁー…」とビルドは言ってうなだれた。 源はほかの竜たちとも大いにコミュニケーションを取った。 ティンカは小人だったのだが、今はビルドの半分ほどの身長まで成長した。 「ああ、源様、ありがとう…」とティンカは言って涙を流した。 「喜んでもらえて何よりだよ」 竜たちは一斉に源に向かって頭を垂れた。 楽しい時間を過ごした源と天使たちは黒い扉をくぐろうとしたが、バツの悪そうな顔をした愛実とエイミーが近づいていることに気づいて足を止めた。 「…ドラゴンバスターだったなんて…」と愛実が目を見開いて言った。 「たまたまですよ」と源がうと、愛実は首を横に振った。 「心を入れ替えますので、許してください」と愛実は言って源に頭を下げた。 「謝る相手が違うと思う」 源の言葉に、愛実は目を見開いた。 「ボクは愛実さんに何かをされたわけじゃない。  謝られる理由はないよ。  エイミーさんも」 源の言葉に、愛実もエイミーも深くうなだれた。 「じゃ、おやすみなさい」と源は言って、黒い扉をくぐった。 「すごい天使のはずが、一番弱かった…」 源は言って、眠りこけているカノンをやわらかいマットレスの上に寝かせた。 「心がけの違いなのぉー…」と千代は言って祈りを捧げた。 「悪魔の心が反応したわけだ。  軽い気持ちで修行をしているからだね。  カノンちゃんはいろんなものを見下しているんだろう」 「いい修行になったわ」とエンジェルが言って、源の肩を軽く蹴って、身軽に階段を登って行った。 源は千代たちにおやすみを言って、眠そうなこのみを抱いて一階に上がった。 「とんでもなかったな」と松崎が言って、源に笑みを向けた。 「いえ、本当に楽しかったんです」 そして松崎が立ち上がると、源は怪訝そうな顔をした。 「縮みました?」と源が言うと、「逆だよ」と松崎は苦笑いを浮かべて言った。 「あー、部屋を出る時、頭に気をつけないと」 源の言葉に、みんなは一斉に笑った。 源がみんなにおやすみを言うと、みんなはかなり残念そうな顔をして、あいさつを返してきた。 このみが眠ってしまったので、引き止めることはしなかったのだろう。 「あ、花蓮さん」と源は言ってこのみを抱かせた。 源は小さくなったように見える上着を脱いで、このみを包んだ。 源は、「ありがとう」と言って、またこのみを抱きしめてから部屋を出て行った。 花蓮は急ぎ足で源に追いついてきた。 「うう、コンパスがぜんぜん違う」と花蓮は小走り気味に源に追いついてきた。 「このみが風邪を引くからね。  急いで帰るよ」 源は言って、一瞬のうちに花蓮の視界から消えた。 「…なんて、こと…」と花蓮はつぶやいて、涙をこぼした。 翌朝も源はこのみとローレルとともに家を出た。 「高すぎるわよぉー…」とローレルは源を見上げて言った。 「ベッドまで創っちゃったよ」と源は少し笑いながら言った。 何もかも小さくて使えないものばかりになったので、源は混沌から服などを創りだして着ている。 「お母さんが驚いていないことが不思議…」 ローレルは嘆くように言った。 「それはいいんだけどね。  アスカさんに惚れられてしまったことが大問題」 源の言葉に、ローレルは深くうなづいた。 「大好きなお兄ちゃんを超えた人が現れた。  好きになって当然だと思う」 「何とか言わせないように努力したけど、  今日は告白されるだろうね」 源の言葉に、ローレルは小さくうなづいた。 「今すぐに恋人を作りたいところだけど、いないからなぁー…」 源はうなだれるようにして言った。 「わたしがなっちゃうっ!」とこのみが満面の笑みを浮かべて言った。 「あはは、ありがとう。  でもこのみはまだまだ小さいからなぁー…」 「おっきくなれるよっ!」とこのみは言って、源と同じほどの幼児に成長した。 成長というよりもただただ大きくなっただけだ。 「はー、気功術、使えるんだぁー、すっげえなぁー…」 源の言葉に、「あー…」と巨大なこのみは言って、元の姿に戻ってうなだれた。 「大人じゃないからダメ…」とこのみは言った。 「はあ、今の話の意味、きちんと理解できていたんだね。  もし本当にこのみが女性になっていたら、  文句なく恋人にしたかもしれない。  このみは、誰よりも自然だ」 源の言葉に、このみもローレルもうなだれた。 透明の交番の周りに人だかりができている。 春休みなので、ほとんどが小学生だ。 アスカが一番よろこぶ楽しいイベントを始めたようだ。 源はジオラマを創っただけではなく、町にいる人々を忠実に動かせるように細工を施していた。 そう、これは、友梨香の動物の眼が捉えた人間たちを再現した動きなのだ。 よって、仲がよかった人たちは道端で話しを始め、腹が減れば飲食店に入り、誰がどこで働いていて、子供たちがどこで遊んでいるのか、まさに、過去に戻ったと思わせるほどに忠実なものだ。 アスカはジオラマの前に立って満面の笑みで説明している。 住人からの信頼は厚いので、疑う者は誰もいない。 だがそれはこの町に住む者と、グルメパラダイスの会員だけにしか通用しないことでもある。 このイベントを聞き入れていたようで、会員証を持たない者も続々と現れたのだが、半数以上の者は路上駐車、路上駐輪で警察官に注意を受け、すごすごと帰っていく。 会員証をもたない者でも、騒ぎを起こす者ばかりではない。 ただマナーが少々悪いだけなのだ。 しかしそのような者は、警備担当の松崎衛か、マキシマム・ジョーがにらみを効かせる。 よって全くと言っていいほど、今のところ騒ぎは起こっていない。 「今は人が多いから、夕方にでも見に行こうか」 源の言葉に、「うん、すっごい人だもんね」とこのみは残念がることなく、源に笑みを向けた。 ローレルとこのみを見送って、源はラボに行った。 源がエイリアン・ウォーリアを組み立てていると松崎が、「昼から二時間だけ、ローレルの手伝いに行って欲しい」と苦笑いを浮かべて言った。 「あ、はい」と源が答えると、「顔見せのようなものだ」と松崎は言った。 「あのー、ビルド君たちもついてくるようですけど…」 「ああ、全然構わないよ。  大いに働かせてやって欲しい」 松崎の言葉に、源は小さく頭を下げた。 昼食を終えて源は、まだくぐったことのない黒い扉をビルドとともにくぐった。 「おー、別の星…」と源が言うと、「飛んで行った方が早いから」とビルドは言って竜に変身した。 源とビルドは上空から巨大な城を見下ろした。 「でっか」と源が言うと、ビルドは愉快そうに笑った。 塔がある広場に、数名の人間を確認した。 ビルドは急降下して広場に降りた。 「あ、こんにちは」と源が言うと、「うわぁー、竜に乗れる人だぁー…」と男子一名、女子二名が同時に言った。 「源、いらっしゃい」とローレルは少し気取って言った。 「他人行儀の口ぶり…」 「あら、これが本来の私」とやはり気取って言葉を放っている。 「魔王様は?」 「畑仕事」とローレルが答えたので、「へー…」と源は感心するように声を上げた。 「で、手伝ってくれている男性はここにはいない」 源の言葉に、「今は星の裏ね」とローレルはため息交じりに言った。 源は早速、魔王に面会した。 「ドラゴンバスター様が来てくださるとは…」と、体高5メートルほどの鬼が源に頭を下げた。 「あ、なりたてですから」と源が言うと、魔王は笑みを浮かべて首を横に振った。 「あなたは何もないはずなのに、  とても強いことはよくわかります。  本当の恐ろしい方です」 「暴力は嫌いなので、それほどお役には立てません。  ですが、いざとなれば、  無意識に体が動くことがよくあります。  できればそうならないことを願っておきます」 源の言葉に、魔王は笑みを浮かべて何度もうなづいた。 デザートなどを突つきながら話しをしているとあっという間に約束の時間になった。 ローレルたちは残念そうな顔をしたが、源を引きとめることはなかった。 源はビルドに乗り、「城が小さくなるまで上空に上がってくれなかな?」と言うと、「はいっ!」とビルドは答えて急上昇した。 城はみるみる小さくなっていく。 「おっと、ストップッ!!」と源は言って、南の方角に目を向けた 「あの船…  魔王の城に攻め込むつもりか?」 「えー…」とビルドは言ってつぶさに観察した。 そして、「武装はしていますが、難民のようです」とビルドは答えた。 「残業しよう」と源は言ってすぐに、松崎に念話を入れた。 源はもう引き上げていいようなので、黒い扉のある家に戻ってきた。 すると五月を先頭にしてエイリアン・ウォーリアを装備した四名が現れた。 「帰っちゃうの?」と五月がさも残念そうに眉を下げて言った。 「はあ、帰ってこいとの命令なので」 「わかった、おつかれさん」と五月は言って、五人は大空高く飛びあがった。 「今日は素直に帰ろう」 源の言葉に、「はい、その方がいいと思います」とビルドは言って、人間の姿に変身した。 源はその足でなんでも屋に出勤した。 突然の別件の仕事だったので、花蓮としては面白くなかったようで機嫌が悪い。 「いちいち怒ってると疲れるでしょ」 「ストレス解消」と花蓮は源をにらみつけて言った。 「ボクが興味を示したら、今日は出勤してなかったかもしれません」 源の言葉を聞いて花蓮は、「また明日も?」と泣き出しそうな顔をして聞いた。 「命令がないのでわかりません」 源は答えてから、店内の見回りを始めた。 するとまた今日も、子供たちの元気な声が聞こえた。 店内に入ってきた千代たちは元気なのだが、クリスと天照大神は元気がない。 「アスカ様に叱られた」 源の言葉に、クリスと天照大神が小さく頭を下げた。 「とんでもなく成長されました…」 クリスはうなだれて瞳を閉じたまま言った。 「ボクの身も危険なんですよねぇー…」 「お察しします…」と天照大神が言った。 「お断りする言葉が浮かびません。  それに怖いし」 源の言葉に、クリスも天照大神も背筋を振るわせた。 静かに扉が開き、源と同等の長身の男性が店に入ってきた。 ―― でかい人だぁー… ―― と源は自分のことを棚において考えた。 「おめえもじゃねえかぁー…」と男性は源に向けて悪態をついてきた。 ―― あ、これは… ―― と源はようやく気づいた。 「ランス様、はじめまして。  万有源です」 源が頭を下げると、「ランス・セイントだ」と言ってから少し頭を下げて、「…拓生に内緒で来た…」と妙に小さな声で言った。 「はあ…  その理由が思い浮かびません」 「スカウト」 ランスの言葉に、「友情が壊れると思います」と源はすぐさま答えた。 「さすがだ」とランスはニヤリと笑って言ってから、「よう、花蓮」と言って花蓮に近づいて行った。 するとまた扉が開いて、ランスや源とは対照的に小さな女性が姿を見せた。 「いらっしゃいませ」と源はエリカに笑みを浮かべて言った。 「うわぁー、ほんとだぁー…」とエリカは源を見てぼう然としている。 「どちらにしてもサポートはできません」 源の言葉に、「そのようね…」とエリカはため息混じりに言った。 「悪魔だって聞いてたのにぃー…」とエリカは悔しそうに言った。 「そのような記憶はボクにはありません。  となると、松崎さんはウソをついたことになります。  もしくは人違い」 「あー…」とエリカは言って外に出て行った。 妙な雲行きになってきたと源は思って内心冷や汗が出た。 松崎がウソをつくはすがないということ。 そして源の魂を産んだ母の松崎が間違えるはずがないということ。 源は、自分の魂を見据えて、その先頭にある情報を全神経を集中して読もうとした。 ―― 木像番号八番? ―― 源はここで、源の魂は松崎の産んだものではないと確信した。 松崎は木像番号二番なのだ。 「木像番号八番って誰?」と源がつぶやくと、「…セイラ・センタルア・ランダさんです…」と小さな声が返ってきた。 この声には聞き覚えがある。 「はあ… 君はボクなんだね」 「あ、はい、そうです」と言って、源の影からひょっこりと子供の顔が出てきた。 「影何号君?」 「253号です」と影は言って、その姿をさらして、源の正面に立った。 「じゃ、君は今日から、イカロス・キッドだ」 源が笑みを浮かべて言うと、「はいっ! ありがとうございます、源様ぁ―――っ!!」とイカロス・キッドと名づけられたヒューマノイドは大いに喜んだ。 「あー、知ってたけど、本当にすごいんだぁー…  ロボットとは思えないよぉー…」 源が感慨深く言うと、「あのぉー、ですけど、どういうことでしょうか?」とイカロスは眉を下げて源に聞いて来た。 「おっ! やっぱりボクと一緒で、探究心旺盛だねっ!」 源は笑みを浮かべて、イカロスの頭をなでた。 「ボクは松崎さんの子でもあるはずなんだ」 源は言ってから、じっくりと映像付きの魂の記録を探ってすぐにみつけた。 「ボクはセイラさんに産んでもらって、  その八代あとに松崎さんを母として生まれた。  だけど、悪魔じゃないんだけど…  あ…」 源はじっくりと魂の中を探った。 そして驚きの事実が発覚した。 「見た目は天使なのに、その能力は悪魔…」 源は苦笑いを浮かべた。 「あー、でしたら、魔法とかは使っていないんですよね?」 イカロスが聞くと、「うん、すぐに死んじゃうからね」と源は即答した。 「だから当事のボクは、  ちょっとやんちゃな姿の天使として育って200年を生きた。  その間に、気功術だけはマスターしたようだ。  この当事の松崎さんはもうすでに気功術マスターだった。  不憫なボクのために、一生懸命に育ててくれた」 源は感慨深く言った。 そして源は、悪魔、天使に転生することは許されないことだとここで悟った。 「ボクは、神として転生する必要があったはずなのに、  なぜだか天使にこだわった。  きっと、ボク自身もボクを不憫に思ったのかなぁー…」 源は言ってから、その詳細を探った。 その答えはその死後、魂だけになった時の記録によって、天使の心根を知りたいと強く願っていたことが切欠だったようだ。 「自由奔放な悪魔よりも、自分よりも人を愛する天使の心根を好んだ。  ボクの姉妹たちも母も天使だったから」 源の言葉に、「あー、すっごくよくわかりましたぁー…」とイカロスは言って、源に頭を下げてから源の影に溶け込んだ。 源はさらに魂を探ろうとした。 「源君…」という声で源はわれに返った。 「あ、ごめんなさい。  仕事をサボってしまいました」 「ううん、何をやっているのかはわかったから。  はっきりするまで、奥で探ってくれていいわよ」 花蓮の言葉に、源は頭を下げてレジ裏にある休憩スペースに入った。 源はまた魂を探った。 今度は、源の能力とも言える球の存在を探った。 黒い球はかなり小さく見えないほどだ。 その反面、白い球はかなり大きく輝いているように見えた。 これは白魔法とは別に、神通力も帯びていると源は察した。 さらには、太陽のような黄色く赤い球。 それとは別の赤い球。 緑色の球。 言いようのない気味の悪い球。 この六つが確認できた。 「バックが、竜の鱗?」と源は怪訝そうな声を発した。 源は意識を遠ざけるようにしてその全体を見て驚いた。 竜の鱗のように見えたものはまさにその通りで、竜が丸くなって眠っていたのだ。 「…これは知らない…」と源がつぶやくと、なんと竜の眼が開いたのだ。 「えー…」と源が嘆くように言うと、「俺はおまえ」と竜は今度は口を開いて言った。 「でも、ボクは君の考えていることがわからない」 「同じ考えを持っているから、わからなくて当然」 源は竜の言葉がきちんと理解できたようだ。 「竜なのに、ドラゴンバスター?」 源の言葉に竜は、「楽しかった…」と感慨深げに言った。 「松崎拓生に聞け。  そして竜に変身してもらえ。  これは俺の直感で、おまえもそれを感じていたはずだ」 「あ、うん、きっとそうだろうって思っていたよ」 「自然に生きろ。  おまえももうわかっているはずだ」 竜は言って瞳を閉じた。 源は我に返った。 ―― 無意識だったけど、混沌の球って気味が悪かったんだぁー… ―― 源はゆっくりと立ち上がって店に出た。 するとランスが興味津々の目をして源を見た。 「花蓮はおまえの記憶にあるはずだ」とランスはいきなり言った。 「あー、なるほどそれでお見合い…」と源がつぶやくとランスは大声で笑った。 「それが大失敗。  俺も、拓生もな」 ランスはバツが悪そうな顔を源に向けて、少し頭を下げた。 「はい、自然にと言われて、ボクもそう思ってしまいました」 「言われた?  誰に?  おっと、忘れてくれ」 ランスはさらに源に申し訳なさそうな眼を向けて頭を下げた。 ランスは、―― 好奇心は毒 ―― などと考えているようだ。 「お互いに時間ができたら、またスカウトするよ」 ランスは源の肩に手を置いて笑みを浮かべた。 「ボク、わがままになってしまいそうで、ちょっと不安です」 源の言葉に、ランスは大きくうなづいた。 「そうならないようにすることが修行だ」 ランスの言葉に、「はい、心に刻み込みました」と源は笑みを浮かべて言った。 「…あー、もったいねえ…」とランスはつぶやいてから花蓮に顔を向けた。 源はすぐに店内の整理を始めた。 天使たちは店内を走り回って楽しんでいる。 源は柔らかい紙製のモップで、アンティークなどのほこりを取っている。 ―― この時計… ―― と源は思い、全く同じに見えるふたつの時計を見た。 目録には、『スワニー・グレンドルフ社』という、スイスのメーカーが記されている。 そして備考欄に、『一号機木ネジ、三号機リベット』と記されている。 ―― 分解できない時計はありえない… ―― と源は思い、左側に置いてある三号機を凝視した。 すると、妙なものが見えたような気がした。 さらに目録には、『一号機動作良好、三号機故障』と記されている。 源は少し興味を持って、さらに三号機を見据えて、それがどういうことなのか理解できた。 ―― だけど、何の意味が… ―― と源は思って、できれば三号機を分解したいと考えた。 そうすればその謎が解けるはずなのだ。 源は薄手の白い手袋をして、一号機と三号機を交互に持ち上げた。 ―― 三号機の方がかなり重い… ―― と源は感じた。 この件は目録になかったことなのであえて確認したのだ。 「不思議よねぇー…」と花蓮が穏やかな声で源の背後から言ってきた。 「あ、はい。  三号機の中には二号機が入っていると感じました」 源の言葉には破壊力があったようで、花蓮は驚きの顔を源に向けた。 「それで、二号機はどこにもなかったんだぁー…」と花蓮は感慨深く言った。 「ですが、リベット打ちなので分解できない、  と思わせるように見せかけています」 源の言葉に、花蓮は少し口を開いてぼう然とした顔をした。 「…開けて、欲しくない…」 花蓮の言葉に、源は笑みを浮かべてうなづいた。 「子供か、恋人に送るため。  スワニーさんは想いを込めたのでしょうが、  それが陽の目を見ることはなかった。  ボクには見る権利はありませんから、  このままにしておきたいと思います」 花蓮はただただぼう然としているだけだ。 「あー、少しだけすっきりしたけど、  製作者の気持ちを汲んで動かせてあげたい」 花蓮の言葉に、「はい、わかりました」と源は言ってから、時計を開ける方法の確認を始めた。 時計の装飾は美しく、小動物や花などが透かし彫りにされて着色されている。 そして源は、一号機と三号機をマジマジと交互に観察した。 「開け方が判明しました」 源は少し汗を流して言った。 「ローレットのチェーン錠のような仕組みです」 「あ、自転車とかに使う、番号の書いてあるくるくる回るやつ」 花蓮の言葉に、源は笑顔でうなづいた。 「透視して探ったので、その場所は簡単にわかりました」 源は小鳥を右に40度、バラのような花を左に30度、教会のような建物を180度回転させた。 すると、『カチ』と小さな音がした。 源がゆっくりと時計を持ち上げると、底板部分が時計内部とともにテーブルに残った。 「あー、すごいすごい…」と花蓮は小さな声で喜びの声を上げた。 そこには小さな時計とゼンマイの取っ手、さらには手紙のようなものが入っていた。 源は手紙を開くことなく、「恋人へのものでした」と言うと、花蓮は涙を流し始めた。 ―― 悪魔にしてはよく泣く人だ ―― と源は漠然と思いながらも、花蓮に笑みを向けた。 「ああ… とってもうれしい…」と花蓮は流れる涙を気にすることなく、小さな時計を見入っている。 「今日、陳列を変えようって思ってたの。  でも、明日まで、このままで…」 源は三号機をきっちりと片付けてカバーをかけ、一号機から三号機までを並べた。 「あー、まだあった」 源は言って、スケッチブックを出して、時計の絵を描き始めた。 それぞれの時計のデザインがわずかながらにずれているのだ。 そして、トレーシングペーパーに書き写して、三枚のスケッチを重ね、天井に向けて透かして見た。 「…まだ見ぬわが子へ…」と花蓮がつぶやいてすぐにワンワンと泣き始めた。 この顛末は悲劇でしかなかった。 だが、それをすべて知ったことで、大いなる感動を得ることになり、死者へのはなむけともなったはずなのだ。 花蓮の泣き声を聞きつけて、千代たちが集まってきた。 千代と天使たちはすぐに、時計に向けて手を組んで祈りを捧げ始めた。 花蓮が泣きやんでしばらくしてから、「あ、そうそう」と数枚ある予約用紙を源に渡した。 「はい、全部造ります」と源は用紙を見ることなく笑顔で言って、あっという間にすべてを造り終えた。 「ぜんっぜんわかんなかった…」と花蓮は眼をぱちくりして言った。 その後、閉店間際に数名の客が訪れた。 ほとんどが予約をしてた客で、大いに喜んでレンタル代金を支払って帰って行った。 「このお客さんは明日かな?」 源は言って、地元高校のミニチュアの制服数点が入っている袋と予約票を引き出しに片付けた。 そして、「ん?」と源は言って、予約票に書かれている名前をマジマジと見た。 そして、「うーん…」とうなった。 「問題はないのよね?」と花蓮が心配そうな顔をして言うと、「あ、はい、それは全くありません」と源は堂々と言った。 「古崎美由紀さん…  きっと、智ちゃんのお母さんです」 源の言葉に、「ちょっとしたドラマがありそうね…」と花蓮は笑みを浮かべて言った。 そして、「みんな、緑竜の若清水のおかげで年齢が判断できないからわかんないっ!」と言ってかなりの勢いで笑った。 店を片付けてから源は、「おかしいですね」と怪訝そうな顔をして言った。 「えっ? なになに?」と花蓮は少し心配そうな顔をして源に顔を向けた。 「昨日今日と美恵さんに会っていません」 源の言葉に、「そう言えばそうだけどね…」と花蓮は肩を落として言った。 源は花蓮の雰囲気を察して、―― 言うべきじゃなかった ―― と思い、苦笑いを浮かべた。 花蓮と別れた源は家に帰り着いて美恵の件を母親に聞くと、焔家で不幸があったと話した。 母方の曾祖母が亡くなったそうで、九十九才の大往生だったという。 病気や事故などではないので、天使の美恵に精神的ダメージはそれほどないはずだと源は思ってほっと胸をなでおろした。 問題は明日のデートだ。 もちろん源としては行くべきではないと思っているし、行ったとしても美恵も源も心から楽しめないはずだ。 源は美恵に念話を送った。 『あー、連絡したかったんだけどね…』と美恵は申し訳なさそうな声で言った。 まず源は美恵にお悔やみを言ってから、明日のデートのことを切り出した。 そして源はすぐに中止を示唆すると、美恵は多少は残念がったが、さすがに無理はしないことにしてすんなりと中止は決まった。 振り替えはまた後日ということになり、源は念話を切った。 源がやりたいことはあるので、明日は休みだがラボに出ることに決めた。 だがその予定も少々危ういと感じたので、源の杞憂を払拭するために、アスカに頼みごとをしようと思い、その手順の算段をした。 夕食を済ませて源は一人でグルメパラダイスに行った。 アスカは丁度休憩していた。 源は翌日の予定として、「ミリアム星のディック様にお会いしたいです」と言った。 源の言葉に、アスカはとんでもない驚きの表情のまま固まった。 すべてを察している松崎たちは源たちに背中を向けて小さな声で笑っている。 「あ、でも明日は美恵ちゃん」 アスカがここまで言って家族に不幸があったことを思い出したようで、また固まった。 そして、「どーしてディック様に…」とアスカは源の顔を見ないでつぶやくと、「昨日フォレスト君と遊んでいる時に、とんでもない方が見えたんですよ」と源は少し陽気に答えた。 「はい、ディック様ですぅー…」とアスカは肩を落として言った。 もちろんこの話は源の作り話でもなんでもない。 「きっとアスカさんと懇意にされていると思いました。  同じダイヤモンドガウンを召されておられますので」 源の言葉はさらにアスカの心をえぐったようで、「行きますぅー…」となんとか声にした。 そして午後からは源の趣味のためにラボを使いたいとアスカと松崎に話した。 仕事ではないので、源の希望は簡単に了承された。 さすがに休みもなしに連日働かせることは許されないはずだ。 「俺の弟子入り…」と伊藤が少々怒った顔をしてうと、源はモバイルパソコンを開いて、明日作製する趣味のロボットのプログラムについて話し始めた。 「教えること、何もねえじゃあねえかっ!」 伊藤は源にではなく松崎に怒りをあらわにした。 「優秀なんだから仕方ないです」と松崎が少し投げやりに言うと、伊藤は無理やりインターネットなどに関する講習を始めた。 ほんの数分だったのだが、生徒がいいので伊藤は満足の笑みを浮かべていた。 かなり落ち込んでいたアスカが、「どっこらしょ…」とおばあさんのように言って立ち上がって、大使館の扉を開けた。 その先に、アスカとは対照的な若い婦人が笑みを浮かべて松崎を見ている。 「竹先先生」と松崎が笑顔で言うと、「えっ?」と源はつぶやいて婦人を見た。 「…竹先、美智子先生…」と源はつぶやくようにその高尚な名前をつぶやいた。 漫画界ではカリスマ的存在の竹先美智子も、タクナリ市国の国民でもある。 その美智子の後ろに若い男性がいる。 「今日はね、イカロス・キッドのお話を聞きに来たのっ!」 美智子が若々しい顔を弾ませながら言うと、「あ、ボクがしゃべっちゃった」と赤木が言って源に少し頭を下げた。 「あ、いえ、別に構いません」 「わずか15才でタクナリラボに入社した超天才っ!!」と美智子は悪乗りして、天井にもろ手を上げて叫んだ。 同行者のメカニカルヒーローズの作画担当の最上メカニックを紹介した美智子は、「さっさと証拠の品を出しなさいっ!!」と少し笑いながら源に顔を向けて言うと、源はその模型を混沌で創り出し、テーブルの上に置いた。 「こっ!  ここここ…  これはぁ―――っ!!!」 最上はかなり演技ぽく叫んだが、いつもこんな感じだ。 「リナ・クーターのモデルになった機体だよ」と赤木が簡単に説明した。 最上はその言葉に大いにうなづいた。 リナ・クーターという機体は、メカニカルヒーローズに登場するメインキャラクターが所持する機体だ。 その特徴は背中にある白い翼で、誰もが好む逸品となっている。 「…シリンダーアーム…」と最上はつぶやき、右腕が三本ある肩の部分をゆっくりと回し始めた。 「…今のロボットアニメでも十分に使えるキャラだぁー…」 最上は感慨深く言いながらも、イカロス・キッドにポーズなどを取らせていた。 「さらに秘密があるんです」と源がにこりと笑って、イカロス・キッドに銃を構えるポーズをとらせると、三本ある手の先端が、『ピシッ』という小さな音とともに飛び出して光り始めた。 「うっ!!  うおおおっ!!  こ、これはぁ―――っ!!!」 最上は最高の高揚感に包まれた。 「イカロス・キッドの最終兵器、  コロナバーニングビーム砲です。  実際は三本のビームが一本になって、  巨大なビームを発生させます。  あ、アニメにするとこうです」 源は言って、影のイカロスの頭に触れると、イカロスはその動画を宙に浮かべた。 「うおっ! すっげっ!! うおっ! うおおおおおっ!!!」と最上は超興奮したあと、意識を失った。 「失神しましたね…」 「放っておいて構いません」と美智子は言って、興味深そうな顔をして、源の造ったイカロス・キッドにポーズをつけ始めた。 「連載漫画の敵陣地の近くにある遺跡の話しが出ましたよね?」 源の問いかけに、意識を取り戻した最上は、「使おうかどうか迷って…」と言ってから、驚きの表情を源に向け、「そこに過去編として登場させるっ!!」と気合を入れて叫んだ。 そして、「スピンオフとして月刊誌に載せてもらいますっ!!」と最上が言うと、「連絡、入れちゃうわよ」と美智子が言って携帯電話を出した。 「はいっ! 帰ってすぐに描き始めますっ!」 最上はまた高揚感を上げて言い放った。 「楽しみにしています」と源が言うと、最上が源を上目使いで見てきた。 「先生、ストーリなどを…」 源は原作の先生になってしまったようだ。 源は困った顔をしたが、「覚えてるよね?」と赤木が笑みを浮かべて言った。 「あ、うん、忘れられないんだよねぇー…」と源は感慨深く言って、そのストーリーを語り始めた。 話しを聞き終えた最上は、「ハッピーエンドじゃないからこそ、メカニカルヒーローズか光る…」と肩を落として言った。 「希望のあるバッドエンドじゃないっ!」という美智子の力強い言葉に、「あ、はいっ! 気合を入れ直して取り組みますっ!」と言って、最上は深く頭を下げた。 「…あのぉー、先生…  ヒールの件ですけどぉー…」 最上はまた申し訳なさそうな顔をして源を見て言った。 源はスケッチブックを取り出して、敵の悪役のメカを描いた。 のぞき見ている松崎が、大声で笑い始めた。 そして伊藤もちらりと覗き込んで、「赤木じゃないかぁーっ!!」と叫んでから大声で笑った。 赤木ももう確認していたようで苦笑いを浮かべていた。 「…うう… 先生は絵もお上手で…  作画、変更とか…」 最上は身の危険を感じたようだ。 「あら? ほんと。  素晴らしいわぁー…」 美智子は源のスケッチを見て感嘆の声を上げた。 「あ、このスケッチにサインしてくださいません?」 美智子が言うと、「あ、はい」と源は答えて、隅の方に楷書で、『万有源』と書いた。 「…うう、字もうまい…」と最上は言ってついにうなだれてしまった。 「字の先生は松崎さんですから」 源の言葉に、松崎は照れくさそうな顔をした。 松崎が15才の頃、山科塾で硬質習字の免許皆伝者として、数名の生徒を教えていたことがある。 源もその生徒の一人だったのだ。 「しかもお父様は、銀行の頭取だったのですね?」 美智子が感心して言うと、「あ、はい、そうなんです」と源は恥ずかしそうにして答えた。 「あ、そうだ…  外の、大昔のジオラマにも…  両替商万有って…」 最上が言うと、「ご先祖様のようです」と源は笑みを浮かべて言った。 「スケッチですけど、このフィギュアとあわせておいくらかしら?」 美智子の言葉に、源はさすがに気が引けたようで、料金は取らずに進呈した。 「別に構いませんわ。  原作者としてお載せますので。  お礼は印税としてお支払いしますから」 美智子が笑みを浮かべて言うと、源はさらに恐縮したようだ。 しかし美智子は、登場するロボットや背景、建物など数点を源に描かせて、最上とともに悠々とした足取りで帰って行った。 「…また、もうかっちゃった…」と大使館に戻っていたアスカがぼう然として言った。 「就職してもらって助かった」 松崎の言葉に、源は頭をかいて照れていた。 翌朝、源、アスカ、フォレストとともに、この地球とは違う別の地球に移動した。 その場所は地上ではなくドームに包まれた海上に浮かぶ浮島だったことに、源は驚いた。 「万有源君」と皇源次郎が笑みを浮かべて言った。 「あ、はい、どうか、よろしくお願いします」 源は源次郎に丁寧に頭を下げた。 源次郎も松崎と同様に古い神の一族だ。 どちらかと言えば武闘派タイプだが、術もふんだんに持っている万能タイプの戦士でもある。 源次郎はこの地球がある宇宙を守る善の正義の戦士として、世界の騎士団という軍隊を持っている。 あいさつもそこそこに、源たちは目的地であるミリアム星に移動した。 するとダイヤモンドガウンを着た、金色に光り輝くとんでもない美青年が源たちを出迎えた。 「はー、とってもすごい方だぁー…」という源の言葉に、アスカはぼう然とした。 源の言葉に偽りはない。 源がすごいとぼう然とするほどなので、アスカは今までの考えを無に帰す必要があると考えた。 ディック王と源は自己紹介を交わした。 するとディックが、「はあ、なるほど…」と言ってうなだれた。 ディックも源の実力を感じて気落ちしてしまったようだ。 「ディック様、元気になる方法があるのです」 源は言ってから、少年の姿のフォレストの背中をやさしく押した。 フォレストはすぐさま緑竜に変身した。 「さあディック様。  フォレスト君に乗ってあげてください。  そしてさらに雄雄しくなってください」 源の言葉に、ディックはぼう然として立ち尽くした。 「い、いえ… 私は、ドラゴンライダーではない…」 ディックは消え入るような声で言った。 「そうではありません。  植物の神として、植物の竜に乗るのです。  そうすれば、ディック様もフォレスト君も  さらに雄雄しくなるはずなのです」 源の自信満々の言葉に後押しされるように、ディックはフォレストの肩に乗った。 『ンギャァアアアオウッ!!』とフォレストは金属質の剛吼を上げた。 金色に輝くディックの肉体はフォレストと同化した。 そして、フォレストまでが金色に輝き始めた。 フォレストは力強く羽ばたいて、大空を舞った。 今は緑竜ではなく金龍、いや、太陽の竜と化している。 「…ああ、ディック様、素晴らしい…」とアスカは神らしい柔らかな笑みを、空高く飛んでいるディックに向けた。 程なくして、フォレストは地上に降りてきた。 ディックがフォレストから降りると、フォレストは元の緑竜に戻った。 「ついさっきまでと、ぜんぜん違う…  ぜんぜん違います、万有様…」 ディックは源に笑みを浮かべて言った。 アスカは、ディックに素晴らしい笑みを向けている。 邪魔者は消えようと、源とフォレストは天照島に戻った。 戻る先はビルドの体を使った。 源は気功術を使って、出会ったことのある魂であれば飛ぶことができる。 ビルドは笑みを浮かべて二人を歓迎した。 源は少しの時間だけ竜たちの修行に付き合ってから、大使館に戻った。 「あれ?」と昼食中の松崎が源を見て言った。 「アスカ様は置いてきました」 源の言葉に松崎は笑みを浮かべてうなづいた。 「元の鞘に戻って何よりだ」と松崎は感慨深そうに言った。 「フォレスト君の肉体が教えてくれたんです。  ディック様を背に乗せると、  ディック様もフォレスト君も成長すると」 源の言葉に、松崎は大きくうなづいた。 「フォレスト君は太陽の竜となりました」 源の言葉に、松崎はひとつうなづいて、「ランスまでもが強くなる」と笑みを浮かべて言った。 源は驚くことなく笑みを浮かべた。 「はい。  実は昨日会ったんです。  松崎さんには内緒だと言って」 源の言葉に、松崎は苦笑いを浮かべた。 「困らせてしまったようだね」と松崎は言って源に頭を下げた。 「いえ、心はひとつなので、困ることは何もありません」 源の言葉に、「俺が第一の母でいたかった…」と松崎は言って、大きくくうなだれた。 「いえ、九世代ほど修行を積んだおかげで、  ボクはさらに強くなったんだと思いました。  もし、セイラさんではなく、松崎さんが一番だったとしたら、  今のボクはここにはいないと思います」 「黙ってて悪かったね」と松崎は頭を下げた。 「いえ、これも修行だと思っています」 源は堂々と胸を張って言った。 「エリカにかみつかれた」 松崎の言葉に源は少しだけ笑った。 「姿は天使で、内面は悪魔。  きっと内面が勝つだろうと、松崎さんは思われたようですね。  ですがボクはボクの意思で天使を取ったようです」 松崎は小さく何度もうなづいた。 今の話に出たランスと、そして魅力的な肉体を持ったセイラ・センタルア・ランダが地下から大使館に上がってきた。 セイラいきなりは、「私の子よ」と松崎に鋭い切れ長の目を向けて言った。 セイラの人間としての年齢は29才なのだが、どう見てもハタチより上には見えない。 一番美しい状態を術などにより維持しているようだ。 スレンダーな体に、出るところは出ている魅力的な肉体を持っている。 ストレートの少し長い髪が、女性らしさをさらに演出している。 「源の意思に任せる」と松崎は胸を張って言った。 源は笑みを浮かべてランスを見ている。 ランスは源に笑みを向けて、小さくうなづいた。 「あんたたち、なにやってんのよ」とセイラが源をにらみつけて言うと、「ボクの母は強いはずですから」と源は堂々と言った。 セイラは、「な…」とだけ言い、ぼう然とした顔をした。 「ボクよりも弱い人が、母であるはずがありません」 源が豪語すると、セイラはわなわなと震えた。 「ドラゴンバスターだぜ、源は」 ランスの言葉にセイラは、「え…」とつぶやいたまま固まった。 「竜どころか、ちんけな神も簡単に一刀両断だ。  それほどの力が源にはあるんだ。  もちろん、拓生もだ。  その力がおめえにもあるんだったら、おめえの肩を持つぜ」 ランスの言葉に、セイラは体の震えを止めて、「悪かったわ…」と言ってその姿を消した。 「はぁー、助かったぁー…」と源は言って胸をなでおろした。 しかし源は、セイラに大いに興味を持っていた。 その一部始終はもう調べてあった。 そして実際に会ったことで、助けてあげたいと思ったようだ。 しかし源はさらに強くなろうと思っている。 今はこれでいいと、自分自身に言い聞かせた。 「セイラは後回し?」とランスが源に聞くと、「はい、ですが…」と源は言ってホホを朱に染めた。 「おいおい…」とランスと松崎が同時に言って、苦笑いを浮かべた。 「色香に迷った…  わけじゃあねえな」 ランスがニヤリと笑って言った。 「花蓮さんと、同等かなぁー…」と源はつぶやくように言った。 「ある意味その通りだがな、修行の度合いは花蓮が上だ」 ランスの言葉に、「泣くこと、ですよね?」と源が答えると、ランスも松崎も大きくうなづいた。 「全く悪魔らしくねえ。  あんなに弱い悪魔がいるわけがねえ。  まるで人間そのものだ。  だからこそおかしい。  花蓮は心の底から悲しんだりよろこんだり感動したりして泣くことを、  神のライフワークにしてるんだ」 ランスの言葉に、「となると、花蓮さんもセイラさんも、ボクでは手が届かなくなりそうですねぇー…」と源は言って少し落ち込んだ。 「ある意味そうだ」とランスは堂々と言った。 「だが、拓生と同じほど修行を積んだ源の実力はまだ誰にもわからねえ。  俺にも、拓生にもな。  なにしろ、真っ白だからなっ!!」 ランスは叫ぶように言って大声で笑った。 「はい、無理をしない程度に、  しっかりと修行を積んでいきます」 源は言って、ランスに頭を下げた。 「源、くれ」とランスが松崎に顔を向けて言うと、「源に聞けと言ったぞ」と松崎は苦笑いを浮かべた。 ふたりのやり取りに源は少し笑った。 「あ、そうだ。  もうおひとりおられるんですよね?」 源が松崎に笑みを向けて言うと、「ああ、セイル兄さんだよな」とランスが言った。 「ある意味、全然怖くない。  だが超猛者。  源に似てるかもな」 松崎は言って、源に笑みを向けた。 「できればお会いしたいんですけど…」 「ああ、待ってろ」とランスが言って念話を始めた。 するとほんの数秒後に、少し背の低い男性がランスから飛び出してきて姿を見せた。 「あ、有名人っ!」と人懐っこい笑みを浮かべて、源に指をさしてセイルが言った。 源はすぐに立ち上がって、「万有源ですっ!」と自己紹介をして頭を下げた。 「あ、ボクはセイル・ランダ、よろしくねっ!」とセイルは明るく言った。 そして、「グレラスにぶつけちゃう?」とセイルは松崎に顔を向けて言った。 「それも面白いんだ。  だけどそれは少々先だよ」 松崎は柔らかい言葉でセイルに言った。 「セイラ、また落ち込んだよぉー…  このままじゃあ、ちっとも修行に身が入らないって思う」 セイルは少しうなだれて言った。 「ま、切欠は源にあるんだけどな。  だけど源も忙しいから後回し」 ランスが言うとセイルは、「あ、それだったらそれでっ!」と明るく答えた。 ―― なかなか破天荒な人なんだぁー… ―― と源は感慨深く思い、セイルに好感を持った。 「源君は思い切りもいいようだし、  ボクとはいい友達になれそうでよかったよ」 セイルの言葉に、「はい、本当にうれしいですっ!」と源は笑みを浮かべて言った。 「拓生ぃー…」とセイルは少し甘えるように松崎に言った。 「源に直接聞いてよ」と松崎が答えると、「忙しいんだよね?」とセイルは源に申し訳なさそうな顔を向けて言った。 「はあ、今は少々…  ですが、一段落ついたと判断した時に、  お邪魔しようと思っています。  セイラさんも気になりますから」 セイルは少し驚いた顔をして、「大物だよぉー…」とセイルは松崎に顔を向けて言った。 「それなりにね」と松崎は答えた。 「セイラに興味を持つ人なんて誰もいないって思ってた…  しかも、これほどの猛者が興味を示したんだ。  ボクも考え直す必要があるなぁー…」 セイルは言ってから腕組みをして考え込み始めた。 「あ、悪いんだけど、  源君の今の気持ちを利用させてもらいたいんだけどいい?」 セイルが気さくに言うと、「あ、はい、それでセイラさんが立ち直れるのなら」と源は少しホホを朱に染めて言った。 「興味津々…  もっとも、セイラの12才の頃は、  今の源君と同じほど立派だったからね。  その気持ちを取り戻す切欠になればいいって思うんだっ!」 ―― やっぱりすごい人だったんだ… ―― と源は感慨深く思った。 「セイルの言った通りで、  セイラはランスに肩を並べることができる唯一だ。  その可能性を、家族と、周りと、自分自身が潰した。  もつれた糸を解くのではなく、新しい糸を張る必要がある。  その道に導く可能性を持っているのは、  今のところ源しかいないと思う」 松崎の言葉に、源は神妙な顔をしてうなづいた。 「じゃ、早速行ってくるよ。  源君、またねっ!」 セイルは気さくに言って、すぐにその姿を消した。 「セイラはここにまた来るけど、セイル兄さんに引き戻される。  少々騒がしいかもしれないけど、相手にしなくていいからな。  それも、セイラの修行だ」 ランスの言葉に、源は苦笑いを浮かべてうなづいた。 食事を終えた源は、ひとりラボにやってきて、早速黒い部屋に入った。 そして用意した原材料を混沌に入れ込んで、その質や特性などをすべて網羅して部品として混沌から創り出した。 ―― 工作機械いらずでいい ―― などと源は思い、黙々と部品を創り出す。 イカロス・キッドはまさにメカの塊だ。 よって部品点数は、メカニカルヒーローズメタルバージョンと比べてかなり多い。 プラモデルに例えると、車とオートバイほどの差がある。 部品を組み立て順にテーブルの上に置く。 部品が少々小さいので、これを間違えると組み直しになるのだが、もうすべて頭の中に入れている。 試しに混沌からすべてを組み込んだものを創り出したのだが、イメージ通りのものにならなかった。 やはりすべてを正確に覚えることは不可能なので、ゆっくりと時間をかけて正確に組み立てることにしたのだ。 本来ならば、部品の加工にかなりの時間を費やすのだが、それをショートカットしただけで、二時間ほどでメカの部分は組み上がった。 ―― あー、すっげえぇー… ―― と源は感慨深く思って、カウルの部品を混沌から創り出していく。 残るは電子部品だが、今回は薄い基盤に直接半導体を貼り付ける工法を取った。 そうすることで、接触不良を起こすこともなく、さらに小型化することも可能だ。 全部品を作り終えて、源は黒い部屋から出た。 現在のところまでで、製作時間は3時間。 今回はトイレ休憩だけにして、また黒い部屋に戻った。 最終的に組みあがるまで、一時間を要した。 イカロス・キッドをパソコンに無線接続して動作チェックをした。 すべてが完璧に機能していることを源は大いに喜んだ。 だが今回は空を飛ぶ機能は搭載していない。 できればこれも実現したかったのだが、さすがに小さいのでどこかに無理が出る。 ―― そこまでは贅沢 ―― と今は思っておくことにした。 最後にコントローラーだが、これは部品数も少ないので10分ほどで組み終わった。 コントローラーはヘッドギアとゲームパットを進化させたようなものを設計した。 操作性を重視したコントローラーは、源にとってうれしい出来栄えとなった。 源は早速コントローラを使って、イカロス・キッドを動かした。 ―― あー、ゲームそのものだ… ―― と源は感慨深く思った。 イカロスの動きはスムーズで、源にとって渾身の一作となった。 激しい動きの時に出る、『カシンッカシンッ』という小さな音がまさに心地よい。 源は笑みを浮かべて片づけを終えて、食事を摂るために大使館に戻った。 松崎たちはここで書き物の仕事をしていた。 本来の仕事ではないのだが、これも松崎たちのタクナリ市国国民としての仕事だ。 源は外に出て、フロアチーフに食事を注文した。 源が振り返ると、松崎はイカロス・キッドをマジマジと見ていた。 「簡単にできてしまいました」と源が頭をかきながら言うと、「15万円」と拓生は早速値段をつけた。 「はい、ありがとうございますっ!」と源は気分よく言って、松崎に頭を下げた。 「眼が八つあるバケモノも造って欲しいね」と松崎が少し笑いながら言うと、「あ、設計図はもう頭の中にあるので、食事のあとに創ろうと思っています」と答えた。 「セットで二十九万八千円で」 「買ってくれますか?」 「高いから微妙…」と言って松崎は源に操作方法のレクチャーを受けた。 起動させると、「おいおい…」と松崎は言った。 「十万上乗せ」と松崎は苦笑いを浮かべて言った。 「ゲーム感覚で楽しめる。  しかも、バーチャル対戦モードはなかなかのもんだ」 ヘッドギアには目の前にあるイカロス・キッドと、CGの敵が現れる。 見ている者はイカロスが動いているだけにしか見えないのだが、操作している者は戦っている映像が見えるのだ。 「イカロス」と源が言うと、影のイカロスが現れて、現在のヘッドギア内の映像を宙に映し出した。 「へー… すごいなぁー…」と書き物をしていたはずの五月たちが映像に釘付けになった。 「レンタルと、店頭に置く遊具としてなら、小銭は儲かる。  アスカと相談してからだな」 松崎の言葉に、源は納得の笑みを浮かべた。 笑みを浮かべた赤木と、申し訳なさそうな顔をしている愛実が大使館にやってきた。 「えっ! もうできちゃったんだっ!」と赤木は子供のように叫んで、イカロス・キッドを見入っている。 そして宙に浮かんだ映像を見て、「100万円で売って」と源に笑みを向けて言った。 「80万円ほど儲かりました」と源が言うと、「20万は安過ぎるよぉー…」と赤木にしては珍しくクレームっぽく言った。 「しかもこれ、どこに電子基盤が入ってるの?  設計図と変ってるよね?」 赤木の言葉に、源はすべての修正点を説明した。 「半導体まで創っちゃたんだぁー…」と赤木はぼう然として言った。 そして、「最新の特殊技術だから、150万でも安いよ」と胸を張って言った。 「ちょっと、武君…」と愛実が困った顔をして言った。 「ボクは今忙しいんだっ!」と赤木が言い放つと、源は少し笑った。 「ちょっと、松っちゃん、代わってっ!」と赤木は子供のように言った。 「わかったわかった…」と松崎は言って、ヘッドギアとコントローラーを外した。 赤木は子供のように喜んで、椅子に座って装備をして電源を入れ、「うわぁー、すっげっ! すっげっ!」と中学生のようにひとりで騒いでよろこんでいる。 「…赤木がさらに怖くなった…」と松崎は苦笑いを浮かべて言った。 「お師匠様に喜んでもらえて何よりです」 源の言葉に、松崎は赤木を見てくすくすと笑った。 「付き合いは長いが、こんな赤木は始めて見た」 「はい、ボクもそうです」 「源君…」と愛実が言って、申し訳なさそうな顔をして源を見ている。 「はい、なんでしょう?」 「不愉快になることをしてごめんなさい」と言って愛実は頭を下げた。 「今はなんとも答えられません。  簡単に許すとは口が裂けても言えません。  この先様子を見てからお答えすることにしていますから」 源の言葉に、愛実は一瞬だが顔をしかめた。 「反省していない、ポーズだけ」 松崎が言うと、愛実はうなだれた。 「天使にあるまじきことだ。  愛実は田舎に帰った方がいい。  アスカにも説教され、赤木にも相談してそれか」 松崎は言ってから、何かの術を放った。 「えっ? えっ?」と愛実は言って信じられないと言った顔をして松崎を見ている。 「もうここにはいられないはずだ」 松崎が言うと、遠くから警告音が聞こえた。 すぐさま警備員が大使館にやって来た。 その中には巨体のマキシマム・ジョーもいる。 そのマキシマムが、「ここに入られては困ります」と穏やかに愛実に言った。 愛実は覚悟を決めたようにゆっくりときびすを返して、肩を落として外に出て行った。 「これでいいんだ」とイカロス・キッドで遊んでいる赤木が言ったが。 ―― やっぱり、普通じゃない人… ―― と源は赤木を見つめて感慨深く思った。 赤木はこの先も知りたかったようで、今はゲームをやめて恨めしそうな顔をしてイカロス・キッドを見ている。 「最終的には戦わせます」 源が言うと、イカロスがその映像を宙に浮かべた。 「はは、怖いな赤木」と松崎が言うと、「ボクもそう思うよ」と赤木は言って背筋を振るわせた。 「さて、販売戦略だが…」と松崎は言って少し黙り込んだ。 するとアスカが松崎から飛び出してきた。 そのホホは朱に染まっていた。 どうやらディック王と素晴らしい時間を過ごしたのだろう。 「ジーマ君に乗って、星を一周してきたのぉー…」とアスカは照れくさそうに言った。 「ジーマって…  あの石巨人?」 松崎が聞くと、アスカは小さくうなづいた。 ジーマは少々いわく付きのディック王の僕だ。 ミリアム星はなぜだか侵略を受けることが多いので、ジーマの出番も多い。 しかしミリアム王とジーマが協力して、防衛できない敵はいない。 「はぁー、そんな人もいるんですねぇー…」と源が感慨深く言うと、「言いたくないんだけどね、源君が怖かったって言って出てこなかったの…」とアスカは申し訳なさそうな顔をして言った。 「嫌われているわけではなさそうなのでそれでいいです」 源の言葉に、アスカは笑みを浮かべた。 そしてアスカはいきなりイカロス・キッド関連の営業戦略を語り始めた。 源はすぐさま、スケッチブックに描いたコントローラー付きのゲーム機を創り上げた。 「もう完成したも同然」と松崎は言って少し笑った。 ゲーム機内に、イカロス・キッドを立たせて置いて完成した。 コンティニューモードを付加しているので、グルメパラダイスの会員証を使って記憶させることになっている。 そしてこの会員証にバーチャルマネーを使用して、プレイ金額分を引くことに決まった。 今日から三日間は無料で三回まで、このレストランでプレイできる。 その間に、なんでも屋とは別の場所に店を構える予定となっている。 よって源は、イカロス・キッドを数台創る必要があるのだが、その作業は簡略化されることになった。 「チェック、OKだよ」と赤木が笑顔で言った。 結果的には、源の混沌からイカロス・キッドを完成品として創り出したのだ。 さらには松崎も、源と同じ方法を使って同じものを創り出した。 「もう三台もできた」と赤木は言ってから、源の創ったコントローラーを装備して遊び始めた。 「今日は休みだからいいかぁー…」と松崎はあきらめるように言った。 レジ横の広いスペースに、宣伝用ポスターともにゲーム機を置いた。 もうすでに、面白そうなものを嗅ぎつけていた子供たちが笑顔で並んでいる。 このゲームは少々特殊なので、連続使用はできなくなっているので、客の交代にメリハリをつけることができる。 長く操作しても、一人五分で終ってしまう。 あとは最低でも十分間待たないとゲームはできない。 大勢並ばれたとしても、三台もあれば簡単にひと通り遊んでもらうことは可能だ。 源は子供たちの真剣な顔、よろこんでいる顔を見て大使館に戻った。 「どーして連続で遊べなんだよっ!」と赤木がわがままを言い始めた。 「人間とイカロスの健康維持のためじゃないですかぁー…」 源の言葉に、さすがに大人げないとでも思ったようで、赤木はうなだれた。 松崎はもっともだと言わんばかりにうなづいている。 「あ、外のゲーム機だったらすぐにでも…」 「いえ、セーブデータを展開した時に、  今と同じ状態になりますから無理です」 「…うう、ずっと遊んでいたいぃー…」 もうすでに赤木は子供だった。 「大人のわがままは欲…」 源の言葉に、「あ、ごめんねぇー…」と赤木はすぐに謝った。 「明日からマナフォニック社に出社することになっていたかもね」 松崎が言うと、赤木は苦笑いを浮かべて頭をかいていた。 「だけど、遊ばせることを拒むようなプロムラミングだよな」 松崎の言葉に赤木は、「その通りだよぉー…」と言って源をちらりと見た。 「遊ぶことが目的じゃなくて、気分転換用です」 源の言葉に、松崎は笑顔で大きくうなづいた。 「みんながそれを理解できたのなら、販売してもいいな」 松崎の言葉に、源は笑顔でうなづいた。 「あー、仕事場に持ち込んでいい?」と赤木は言ったが、松崎は苦笑いを浮かべただけだ。 「いい?」 赤木はしつこかった。 「まるで美奈のようでかわいいですっ!」 源が笑いながら言うと、松崎は大いに笑った。 見たことのある男性が、大勢の子供たちが並んでいる最後尾にいて、ゲーム機をにらみつけている。 そして、大使館にやってこようとしたのだが、その歩みは失速した。 アスカがすぐに気づいて、最上メカニックを大使館に連れて来た。 そして最上は、テーブルの上においてあるイカロス・キッドを食い入るように見ている。 そして赤木の手にしているヘッドギアとコントローラーを見て、フラフラと赤木に寄り添った。 「貸さないっ!」と赤木が子供のように言うと、源も松崎も大声で笑った。 「えー…」と言って、最上は深くうなだれた。 「仕事の参考資料として持って帰ってください」 松崎の言葉に、赤木はすぐさま怪人に変身した。 しかし、松崎が気功術を使って赤木を固めてしまっていたので動けない。 「…ああ、最高の資料だぁー…」と最上は言って、松崎に頭を下げた。 そして、「赤木さんがヒールでしたか…」と最上は怖がることなく、ぼう然として言った。 源から操作方法のレクチャーを受けた最上は、「気分転換にだけ使用します」と源に頭を下げて言って、かなりの勢いで逃げるように走って帰って行った。 「アスカ、また頼む」 松崎が言うと、アスカは笑みを浮かべて椅子に座った。 源はアスカの頭をむんずとつかんで、混沌からイカロス・キッドを創り上げた。 アスカの記憶は完璧なので、何台でも同じものを創ることが可能だ。 アスカが創り出せばいいのだが、源ほど正確に創ることはできないので、共同作業をすることで、簡単に創り上げることができる。 アスカも実際の製作作業に携わることになるのでよろこんでいる。 源はゲーム機ではなく最上に渡したポータブルタイプのコントローラーを新たに創った。 赤木はすぐに人間の姿に戻った。 「怒っちゃってゴメンなさい…」と赤木は申し訳なさそうに頭をさげた。 「仕事の効率が落ちたら即没収。  もちろん正確性もだ。  言いわけは一切聞かない」 松崎の言葉に、「松っちゃんと源ちゃんの友情をかけて守るよ」と今までの赤木に戻って言った。 「だけどこれって、ゴールドもシルバーもそれほど溜まらないから、  エネルギーや弾薬の補充が難しすぎるよ」 赤木がクレームっぽく言うと、源はパソコンを操作して、表を表示させて赤木に画面を見せた。 「三台のイカロス・キッドの現在の稼働状況です」 赤木も松崎も、パソコンの画面を見入った。 「えーっ! 二順目で500ゴールドも持ってる子がいるよっ!!」 赤木は信じられないと言った顔をして画面を食い入るようにして見入っている。 「ひとりくらいは、こういった特殊な子がいると思ったんです。  あと数名、300ゴールドほど持っていますね。  そのほかは多くても50ゴールドほどです」 源の言葉に、「裏技的なこと?」と松崎が聞くと、「シナリオライターが意地悪なだけです」と源は言ってから少し笑った。 「なるほどな。  じっくりとゲーム画面を見ていれば、  それに気づく子もいるというわけだ。  100人もいて、たったの3人だけどな」 「きっと、ゲームオタクというわけでもないと思います。  直観力が優れていると思うんです」 源の言葉に、会員ナンバーを確認した松崎は、その子供たちの魂を探った。 「一番のお金持ちの子は、俺たちの仲間だ」と松崎はニヤリと笑って言った。 そして、「源には俺からボーナス」と笑みを浮かべて言った。 「あ、はい、ありがとうございます」と源は笑みを浮かべて言って頭を下げた。 そして、「お願いがあります」とまっすぐに松崎を見て言った。 「あ、嫌な予感…  伊藤さんが怒りそう…」 松崎が言うと、源はクスクスと笑った。 「はい、予感的中です。  明日から当面の間、夜の仕事をキャンセルしたいんです。  できれば、ボク自身のための時間にしたいと思いました」 「はい、認めます」と松崎ではなくアスカが言った。 「働きすぎという意味もあります。  それに、源君の回りが騒がしすぎる。  もしここに来るのなら、  遊びではなく仕事として認めます」 アスカが豪語すると、「その通りだよな…」と松崎は言ってうなだれた。 「ああ、ちょっと気が引けてしまいましたぁー…」と源は申し訳なさそうに言った。 「いいの。  源君は私たちの財産だから」 アスカが胸を張って言うと、源はアスカにしっかりと頭を下げてから、明日からの夜の予定を話した。 話しを聞き終えたアスカは、「私も仲間になりますっ! どっちもっ!」と言って胸を張った。 「はあ… 毎日じゃありませんよ…  一日一人だけですし…」 「そのひとりに立候補しますっ!」 源も松崎もかなり困った顔をした。 「恋愛感情ではなく、弟か兄とのふたりっきりの語らいの時間…」 松崎が言うと、アスカは真剣な顔をしてうなづいた。 「さらには、お見合いの審査までする。  肉親だけでいいと俺も思うんだけど…」 松崎が言うと、アスカは瞳を閉じて首を横に振った。 源は両腕に寒気が走った。 そして背中や胸、さらには顔までもが冷えていると感じた。 「…神通力…」と源がつぶやくと、「あ、ごめんねぇー、源君」とアスカが謝った途端、体のひえは収まった。 「アスカが心底気に入らない時、怒った時は、  ブリザードモードによって、今のように空気が凍りつく」 松崎は歯を打ち鳴らしながら言った。 その対象は松崎だったので、まさに体が凍りついたのだろう。 「はあ… なんだかすごいです…」と源はぼう然として言った。 「あらあら、お兄ちゃんが死んじゃうわっ!」とアスカは陽気に言って、注文端末を取り出してホットココアを注文した。 「はぁー、松崎さんが強い理由が今わかりました」 源の言葉に、「最近特にこうなることが多い…」と松崎は言って苦笑いを浮かべた。 「源ちゃんがはっきり見えてからだから、ひと月前からだね」 赤木は器用にコントローラーを操りながら言った。 「はあ、なんだか申し訳ないような…」 「いいえっ!  お兄様がいけないんですっ!」 アスカは豪語した。 きっと、不穏分子が多くいることはアスカはわかっていたんだろうと源はなんとなく感じた。 「ちょっと、様子を見すぎたかもしれないな」と松崎は言って背筋を伸ばした。 どうやらようやく冷気は去ったのだろう。 そして運ばれてきたココアを味わうようにゆっくりと飲んだ。 源は松崎にことわってなんでも屋に顔を出した。 するとつまらなさそうな顔をしていた花蓮が、花が咲いたように笑みを浮かべて源を見た。 「いらっしゃいっ!」と花蓮はいつもよりも美しい声で源を歓迎した。 「実は、お見合いの話しを持ってきました」 源は少し意地悪そうに言った。 確実に花蓮の相手を紹介するなどと勘違いするだろうと思ったからだ。 試すようなことはしたくなかったのだが、これも花蓮の心底の気持ちを知るためだ。 花蓮は開口一番、「お断りしますっ!!」と豪語してそっぽを向いた。 「相手はボクなんですけど」と源はにっこりと笑って種明かしをした。 「だました…  ううん…  誘導された私が悪い…」 花蓮はつぶやくように言った。 「一旦出て、もう一度店に入って来てっ!」 花蓮の言葉に、源は大声で笑った。 そして、「お見合いをしてもらいたいんですけど、少々変則です」と源が言うと、「なんだか、悪い予感が…」と花蓮は言って体を震わせた。 「もちろんお見合い相手は一対一です。  それを何日か続けます。  相手を替えてね」 源の言葉に、花蓮はほっと胸をなでおろして、「じゃあ、どういう変則なのよ…」とクレームっぽく言った。 「一部始終をボクの家族とアスカさんが見て、  ボクにあった人を決めてもらうんです」 源の言葉に、花蓮はぼう然とした。 「その理由はありますけど、聞きます?」 花蓮は表情はそのままで、こくんとうなづいた。 「ボク自身の表情や態度でにじみ出る何かがあると思ったんです。  ボクの家族であれば、敏感に察知してくれると思ったので、  ボクの試練にしたんですよ。  今のままでは、騒がしいだけで落ち着かないので」 源の言葉に、「はい、騒がしくして申し訳ありません…」と花蓮は心の底から反省して頭を下げた。 「あ、ひょっとしたら、このみちゃんだけは同席するかもしれません」 源の言葉に、「うん、大いにあるって思うわ…」と花蓮はつぶやくように言った。 「店を閉めたら、檻が降りてくるボックス席で」 「さらし者っ?!」と花蓮は叫んだ。 「ボクもいます」 「それはそうだわ…」と花蓮は言って、上目使いで源を見た。 「じゃ、両親に話してきますから」 源は言って、花蓮に頭を下げてから店の扉を開けた。 「あ、万有君、様っ!」と中年男性が源を見て言った。 「先生、やめてください…」と源は、中学の担任だった宗谷平助に眉を下げて言った。 「ボクは今日はおやすみです」 源が言うと、「あ、ああ…」と宗谷は少し肩を落として言った。 源は宗谷のために扉を開けた。 「いらっしゃいませっ!」という花蓮の声に引き込まれるように宗谷は妙な姿勢で店内に入って行った。 ―― 魔力? ―― と源はいぶかしげに思った。 宗谷は、上半身と下半身がねじれるような姿で店内に入って行ったのだ。 まさに不自然としか言いようがなかった。 少々気にはなったのだが、あとで聞こうと思い家に戻った。 源は両親に見合いの審査について説明した。 「源の気持ちがわからんでもないな」と源の父は笑みを浮かべて言った。 「あー、どきどきしちゃうっ!」と源の母は妙に楽しそうに言った。 「ただいまぁーっ!」と言う声がして、リビングにローレルが入ってきた。 「やあ」と源が言うと、「立ち会うわっ!」とローレルは胸を張って言った。 「微妙だけど、できれば適切な判断とアドバイスをお願いしたいね」 源の言葉に、「嫌われるわけにはいかないから守るわ」とローレルは胸を張って言った。 「だけど、とんでもない修行のように思ったわ。  公開のお見合いだなんて」 「それくらいしないとね、鈍いボクには判断ができないんだ。  もちろん、イカロスもボクの心強いアドバイザーだ」 源が言うと、イカロスが姿を現した。 「あー、もうもらっちゃったのね」とローレルが言うと、美奈そっくりの影がローレルのとなりに立った。 「あら、また美奈ちゃんっ!」と源の母が言って、影を抱きしめた。 「ロボットだよ」と源が言うと、「あ、それでもいいの」と母は気さくに答えた。 ―― 動じないところがすごい… ―― と源はかなり動揺している父を見て少し笑った。 源はお見合いの席で食事をするので、一人外に出た。 すると、宗谷がなんでも屋から出てきて、かなりの量の包みをぶら下げていた。 一番大きい紙袋ふたつに、びっしりと商品が入っているように見える。 ―― 無理やり買わされてなきゃいいんだけど… ―― と源は少々不安に思った。 申し訳ないと思いながら、源はその紙袋ふたつに集中した。 すべて関連性のあるもので、タクナリラボのものとは別のフィギュアなどを購入したようだ。 ひとつだけ、プレゼントのラッピングが施されているものがある。 これはタクナリラボ製の、『優華ちゃんと拓生くん』の着せ替えフィギュアだった。 宗谷は結婚していて小学生の女の子の子供がいる。 誕生日プレゼントだろう思って、源はにっこりと笑って、背中を向けている宗谷に頭を下げた。 すると花蓮が店から飛び出してきて、源と眼があったと同時に、源の目の前にいた。 「なぜ急ぐんです?」と源が聞くと、花蓮は無言で予約用紙を源に手渡した。 「これはもちろん引き受けられません。  店長も説明しましたよね?」 源の言葉に、「書くだけでもって言われたぁー」とまるで源の妹のように言った。 源はすぐに宗谷に追いついて、「コピー商品を造るわけにはいきません」と少し驚いた顔をしている宗谷に言った。 「あー、やっぱり、ダメ?」と宗谷は願望するような顔をして源に言った。 「この商品はテクスタリス社のオリジナルですから。  ボクもグレードが低いことはわかっていますけど、  さすがに造れません。  この社はデザインは最高なので、  先生の気持ちはすごくよくわかるんです。  ですが、上司と相談して、  会社間で話しをしてもらうことも面白いと思っています。  相手はかなり吹っかけてくると思いますし、  ボクが手がけた製品が会員以外の方にも  手にする切欠になるかもしれませんから」 源が語ると、「…ああ、とんでもないことを…」と言って、宗谷は源に謝ってから、肩を落として帰って行った。 源が振り向くと、花蓮が拍手をしていた。 「いい人の扱いを覚えたほうがいいですよ。  脅すこと以外でね」 源の言葉に、「はい、ごめんなさい…」と花蓮は言ってうなだれた。 「でも本当に話してきます。  ボツになることはわかっていますけど」 源は花蓮に頭を下げてから、グルメパラダイスに足を向けた。 源はすぐさま大使館に駆け込んで、アスカを捕まえてパソコンの映像を見せながら説明をした。 「あ、乗っとりますっ!」とアスカがとんでもないことを言った。 「そこまでしないで、デザイナーを引き抜けばいいだけだろ…」と松崎がかなり困った顔をして言った。 「会社ごと買い取って潰します。  こうすればあとくされがないので。  そして、優秀な者だけをタクナリラボに迎え入れます。  上の者は使えないはずですので。  でも、就職先は斡旋しますけどね」 アスカの言葉に、―― 仕事の鬼… ―― と源は思い辟易とした。 すると拍手が起こった。 源はすぐにその拍手をした女性に顔を向けた。 「始めまして、万有源ですっ!!」と源はいつもよりも気合を入れて自己紹介をして頭を下げた。 「社長ですっ!!」と女性は堂々と声を張って言った。 「母さん…」と松崎はかなり困った顔を、女優である寺嶋皐月に向けた。 「ぐだぐだ言ってくるに決まってるっ!  アスカが正しいっ!」 皐月は鬼のような顔をして松崎を見入っている。 「まあ、いいけど…」と松崎が投げやりに言ったので、源はついつい大声で笑ってしまった。 「あら、坊やなどと言おうと思ったけど、大物だったわ」と皐月が言うと、「まだまだ修行中です」と源は少しだけ頭を下げて言った。 「多額の給料をもらっている者は、  虚勢を張ってでも胸を張っていればいいのです。  常に堂々と」 皐月が言うと、「源は経営者じゃないぞ」と松崎は困った顔をして言った。 「あら? そうは思えないわよ。  次期頭取」 源は痛いところを突かれたと思い一旦はうなだれたが、すぐに胸を張った。 「ふーん、銀行マンになるんだ」と松崎は感慨深く言った。 「はあ…  やりたいことは今しかできないと思っていますから。  ボクの能力次第ですけど、二束のわらじを履くことも考えています」 源の言葉に、「できるよ」と松崎は笑みを浮かべて言った。 「そういう好男子はもてるの。  私も立ち会いましょう」 皐月の言葉に、「部外者だ」と松崎は憮然とした態度で言った。 「うー、ダメ?」と皐月は態度を豹変させて、源に懇願の眼を向けた。 「はあ…  即答はできないので、少々考えさせてください」 源の言葉に、皐月は満面の笑みで源を見た。 源は様々な状況を鑑みた。 第一の問題は、源の両親と寺嶋皐月の立ち位置だ。 もし今のような、『社長』の状態であれば、源の家族は皐月に頭を垂れてしまうはずだ。 源は、「父母と懇意にしていただいているのでしょうか?」と皐月に聞いた。 「銀行になったお祝いのパーティーで」とだけ皐月は答えた。 源は松崎に顔を向けた。 「やめておいた方が懸命だぞ」と松崎が投げやりに言ったので、「申し訳ありませんが、できればご辞退していただきたいと感じました」と源は皐月にはっきりと言った。 「うー…」と皐月はうなり声を上げて松崎を見た。 そして、「アスカちゃんも同席するじゃないっ!!」と皐月はまるで子供のように松崎に言った。 「俺は賛成していない」と松崎は突き放すように言った。 アスカはかなり困ったようで、「辞退しますぅー…」とうなだれて言った。 そして、「…今日帰ってこなくてもよかったのにぃー…」と言ってつぶやいた。 皐月は今はかなり困った顔をしてこの状況を見ている、松崎ジェシカ、ケン杉島と映画の撮影をしていたようだ。 一息ついた源は、ジェシカとケンにあいさつをした。 「立候補、したいんだけどぉー…」とジェシカが源に上目使いを向けて言うと、「引っ掻き回すんじゃあねえっ!!」とケンが大声で叫んだ。 「あんたは相手がいるんだから口を挟まないでっ!」とジェシカはケンに向かって怒った。 「あ、ジェシカさんはボクとしては  ご辞退していただきたいと思っています。  理由もつけたほうがいいでしょうか?」 源の言葉に、「…落ち込みそうだからいいわ…」とすでに落ち込んでいるジェシカが言った。 「あ、理由、聞きてえんだけど」とケンは源にフランクに聞いて来た。 「はあ、でしたら、杉島さんだけにお話してもいいですか?」と源はジェシカに聞いた。 「ダメ」とジェシカはひと言で否定した。 「はい、そうします」と源は答えて、ケンとジェシカに頭を下げた。 「融通の効かない拓生のようなやつ…」とケンは悪態をついて言った。 「親しき仲にも礼儀あり、だ」と松崎が言うと、「ケッ!」とケンは悪態をついてそっぽを向いた。 「どんなことでも芸の肥やしだよ。  リアルをドラマに持ち込むのは当然だろうがぁー…」 ケンの言葉に、「プライベートのことを無理に聞き出すこともないだろ」と松崎は正論を言った。 「クッソォー…」とまたケンは悪態をついた。 「小さい時から大人のジェシカちゃんを見て育ったから。  誰でもイヤだと思うわ」 エリカの言葉に、ジェシカはさらに落ち込んだ。 「あはははは…」と源は空笑いをした。 「人間的にも、10才も上だかんなっ!」とケンは言って大声で笑った。 「だったら花蓮ちゃんなんて、もっと年上じゃないっ!!」とジェシカは言った。 「ずっと見てたわけじゃあねえ。  最近出会ったばかりじゃねえか。  だったら年齢は関係ねえと俺は思う。  さらには源は、ジェシカに母親を重ねていたはずだ。  多くは語りたくねえけどな」 これはケンの言った通りで、子供当事の源はジェシカを見て、―― お母さんだったらいいな… ―― などと考えていたことがあった。 ジェシカがテレビに出ている時は確実に料理やケーキなどを造っていたからだ。 源の母は家事が全くできなかったので、お手伝いさんの料理しか食べたことがなかったのだ。 源の母が料理を作り始めたのは、娘を亡くしたことをようやく認めようと思い始めた最近のことだ。 「心の母です」という源の言葉に、ジェシカはついに泣き出してしまった。 「…あー、だったら私…」と皐月が言うと、「母さん、いい加減にしてくれ」と松崎は目を吊り上げて怒った。 皐月は、「ああ、お父さんに叱られちゃったぁー…」と言ってうなだれた。 ―― なんだか複雑… ―― と源は思って苦笑いを浮かべた。 「いつののこんな感じだから。  笑っておけばいいの」 いつの間にか源の肩にいて、丸くなって眼を閉じているエンジェルが言った。 源はエンジェルをつかんで、松崎の肩に乗せた。 「そういうことだ、エンジェル」と松崎が言うと、エンジェルは松崎の耳たぶに猫パンチを浴びせていた。 「…エンジェルちゃんがまた遠くに…」と皐月は言って涙を流し始めた。 ―― なんだかとんでもない人間相関図が書けそう… ―― 源はまた苦笑いを浮かべた。 花蓮が、源の家族とともにレストランに入ってきた。 源は花蓮に笑みを向けて、囲いの降りてくる予約席に誘った。 源の家族はそのとなりのボックス席に座った。 そしてアスカが何かの装置を取り出して置いた。 スピーカーらしきものがついているので、囲いの中の音声を再生するものだろう。 源は少々気にしながらも、花蓮にソファーを勧めた。 「面と向かうと、何を話せばいいのか迷っちゃうよ」 源の言葉に、花蓮は照れた顔をしてうなづいた。 「借りてきた猫」 「違うわよっ!」と花蓮は言ってから、「…あー、やっちゃったぁー…」と言ってまたうつむいたので、源は少し笑った。 準備ができたようで、アスカを先頭にしてフロア係が料理を運びこんできた。 「今日も豪華だ」と源は言って、素晴らしい料理を見渡した。 「あ、悪魔用と人間用の魂まんじゅうのデザートをお願いします」 源の言葉に、「はい、準備いたします」とアスカが上品な声で言って、深々と頭を下げて部屋を出て行った。 それと同時に、美奈そっくりのローレルの影とこのみが手をつないで部屋に入って来たのだが、源の左隣に座って、ふたりで話しを始めた。 「なぜここに来たんだろうね」 「お兄ちゃんが大好きだからじゃない」と花蓮がさも当然といった顔をして言った。 「だったら、一緒に入って来てもよかったじゃないか」 「えー…」と花蓮が言ったが、「さあ、食べよう」と源が言うと、「お兄ちゃん、ハンバーグッ!」とこのみが言った。 源は、「食べることが目的だった」と言うと、「食べてきたのよね?」と花蓮はこのみに聞いた。 「きっとね、ここでお食事するって思ってたからね、  たくさん食べなかったの」 このみのかわいらしい言葉に、「ボク、このみと結婚するよ」と源はついつい言った。 「うー… 勝てないぃー…」と花蓮はかなり悔しがった。 源がハンバーグを小さく切ってこのみに食べさせると、「うわっ! 今日もおいしいっ!」とこのみがうれしそうな顔をして言った。 そして、「お話ししないの?」とこのみが聞いてきた。 ―― これはまずいっ! ―― と花蓮は思ったようで、「あー、源が大好きだわぁー…」と恥ずかしげもなくサラッと言った。 源は驚くことなく笑みを花蓮に向けた。 「ボクを始めて確認できた時、どう思ったの?」 源の言葉に、花蓮は少し驚いて、「…性欲が沸きましたぁー…」と申し訳なさそうな顔をして言った。 「さすが悪魔だ、ボクはまだ子供なのに」 「大人も子供も関係ないの、これが私の常識だったから」 「なるほどなぁー…」と源は極力花蓮の思いを理解するように考え始めた。 「だけどね、そのあとに、そういったこの星の常識を知ったの。  さすがに15才の少年に体を武器に迫っても、  いいことは何もないって調べてわかったわ。  興味がある子は多いけど、それは犯罪者が多いことも知ったし、  いい人だったら、  あまり考えないようにするはずだって理解するように勤めたわ」 「それって、どれほど前なの?」 「会ったその日」 さすがの源も、かなり驚いた顔をした。 「異空間部屋に入って勉強したの?」 「うん、そう」と花蓮は言って、恥ずかしそうな顔をして下を向いた。 「時間って、すごくかかったって思うけど…」 「二年ほど…」とつぶやくように言った。 「そうだろうなぁー…  ボクだったらできなかったかもしれない。  どうしてこんなことをしているのかって思って」 「もちろん、半年ほどはずっとそう思ってたわ。  だけど、あきらめられなかった…  もちろん欲が先行していたわ。  だけど、それじゃあ嫌われるだけだって…」 「すっごく、感情移入しちゃったって思う。  ここでもう決めてしまいたいって思うほどにね」 源の言葉に、花蓮はゆっくりと涙を流し始めた。 「…ウソだって思わないの?」 「それこそ嫌われるじゃないか…」と源が言うと、花蓮は大声で泣き出して、大粒の涙をいくつもこぼした。 「あー、きれー…」とこのみが笑みを浮かべてつぶやいた。 「ほんとにもう決めてしまいたいほどだよ」 源は言って極力自分の感情を押さえ込むようにして食事をした。 源は、無秩序な星から秩序ある星に移り住んだ話しを花蓮に聞いた。 秩序はあるのだが、花蓮は軍人として教育を受けた。 しかもかなり不利な状況で、弱い悪魔から面接をして、一番強い花蓮は囚われてから三年後に面接を受け、戦場に出た途端、部下だった者にこき使われたそうだ。 しかし実力は花蓮が相当に上だったので、花蓮は野生の悪魔に戻った。 数々の功績を上げて、気づけば親衛隊隊長補佐までのし上がっていた。 花蓮は体術も魔術も得意で、隊長はついに自らその役職を解いて別の星に出向いていった。 繰上げで隊長となった花蓮は、以前部下だった悪魔たちをこき使った。 これは人間であっても悪魔であっても同じ感情をもっての行為だろう。 総司令官の信頼も厚く、花蓮はさらに功績を上げた。 だが、さらに強い者はいるものだ。 花蓮のいた宇宙の覇者、御座成功太に簡単に捕まった。 花蓮はまた囚われの身になったが、今度はたった数日後に牢から出て、デヴィラという悪魔の面接を受けた。 花蓮とはそれほどに実力差はないと思ったようだが、体術においてはデヴィラに勝つことは叶わなかった。 花蓮は今回は長い安らぎのある日々を過ごしていたところに、松崎拓生が現れた。 ひと悶着あったようだが、花蓮はこの星にやってきた。 ほとんどの時間を退屈な天照島で過ごした。 ほとんどの大人は花蓮を特異な目で見ていた。 しかし、天使たちは花蓮を大歓迎していたので、それほどさびしい思いはしなかったようだ。 「戦士とは思えないね」 源は尊敬の念を秘めた感情を言葉に替えた。 「きれいな顔をして残虐なのよ、悪魔って。  でも、私はマシな方かもしれないわ。  だけど、デヴィラに負けっぱなしなのが悔しいの。  一時期、ランスの恋人だったことがあったんだって」 花蓮の話に源は感慨深そうにうなづいて、「今は違うということは、さらに強い女性が現れたんだ」と源は言った。 「ひとりは悪魔イザーニャ。  そのあとに、悪魔カノン」 「はぁー、なるほどね…」と源は言って何度もうなづいた。 「今はいないようなの。  弟子の千代ちゃんと美佐ちゃんにぞっこん。  ああ、天使服を着ている、  サンロロスちゃんとサンノリカちゃんもランスの弟子よ」 源はすぐにふたりの顔を思い出した。 「あのふたりって天使じゃないんだ」 「超人間。  ランスのわけわかんない奇跡で、  悪魔の眷属から生まれ変わったの」 「はは、それほどなんだ」と源が言うと、「本来の神の力に近いらしいわ」と花蓮はため息交じりに言った。 ふたりが食事を終えると、アスカがデザートを運んできた。 花蓮はもみ手をするようにして、悪魔用の魂まんじゅうをうまそうにして食べて、「おおっ! うんめえっ!!」と今までの上品さはどこかにおいてきたように叫んで舌鼓を打った。 「魂まんじゅうだけでもよかったのかもね」 源の言葉に、現実に戻された花蓮は、「また、やっちゃったぁー…」と言ってうなだれた。 「どうして?  別になんとも思わないけど」 源の言葉に、「そ、そう?」と花蓮は少し怯えなからも、堂々と魂まんじゅうを口に運んだ。 「問題は子供を産めないってことだよね。  ああ、願いの子のことは知ってるよ。  親としては、遺伝子で繋がった孫を抱きたいと思うんだろうけど、  血の繋がっていない娘をわが子同然にして接しているから  わかってくれるかもね」 源の言葉に、「この勉強家…」と花蓮は言って、上目使いで源を見た。 「楽しいよ、勉強」 「本気で考えよ、山科塾…」 花蓮が言うと、アスカが部屋をノックした。 「時間だよ」と源は少しさびしそうに言った。 花蓮は源の感情を深く感じ、「うれしい…」と言って涙を流し始めた。 「あー、ローレルお姉ちゃん、かわいそう…」とこのみがつぶやいた。 源は、この言葉を真摯に受け止めて、「このみちゃんは花蓮さんのことはどう思っているの?」と聞いたと同時に、「だぁーいすきっ!!」というこのみの言葉を聞いて、花蓮は大声で泣き出し始めた。 このみはすぐに花蓮に抱きついて、「うれしっ!」と叫んだ。 源はさらに心を引き締めた。 明日からは、ずっと女性たちに頭を下げることになるだろうと思い、心が重くなった。 泣き止んだ花蓮を連れて部屋を出て、源の父母のいる席に座った。 「壮絶な人生だね」と源の父が感慨深く花蓮に言った。 「この星が、本当の秩序ある星でよかったと思っています」 「源のためにも、花蓮さん自身のためにも、  どうか末永く付き合ってやってください」 父の言葉に、源は少し照れてしまったが、何も言わなかった。 花蓮はぐっと堪えて泣かなかった。 「花蓮さん、自分の気持ちに正直に」 源の言葉を聞いて花蓮は大声で泣き出し始めた。 源の母は花蓮につられたように大声で泣き出した。 「あーあ、つまんなぁーい…」とローレルが投げやりに言った。 「ローレルは二日後か三日後」と源が言うと、「お断りします」とローレルは言って源に頭を下げた。 「全く見当もつかないローレルを知りたいんだけど」 源はそれほど深く考えることなく言ったのだが、「探ったのっ?!」とローレルは立ち上がり怒りをあらわにして源を見下して叫んだ。 「そんなつまんないことはしないよ。  本人の口から素直な気持ちで聞きたいだけだよ」 ローレルは、まずは驚いた顔をしている源の父源之丞に、「ごめんなさい」とバツが悪そうな顔をして謝ってからソファーに腰を落とした。 「ローレルなりの厳しい人生があったわけだ」 「…知られたくない…」とローレルは言ってうなだれた。 「じゃ、ボクのお姉さんということで」と源が言うと、源之丞は、「うーん…」とうなって考え込み始めた。 「源のために、授業をしてやって欲しい」 源之丞のことばに、ローレルは大いに途惑った。 目は泳ぎ、平静ではいられなかった。 「それほどか…」と源之丞は言ってうなだれた。 さすがに、話したくないことを強要することはできないと思ったのだろう。 「…話して、あげて欲しい…」と源の母沙知がローレルの両手を握りしめて言った。 「…お母さん…」とローレルはこれだけをつぶやいた。 「…私は弱かった…  みんなに迷惑かけちゃった…  もちろん、悲しみは深かったけど、  私の人生、間違っていたって思うの。  どんなに辛くても、胸を張らなきゃって…  でもね、ローレルちゃんが現れなかったらね、  私はずっとあのままの私だった…  今はね、それがすっごくイヤなの…」 沙知はローレルに笑みを向けて涙を流した。 ローレルは考えることなく、「二日後なの、三日後なの?」と源に挑戦するように言った。 「あ、明日っていうのもあるかもね」 源の言葉に、「今決めてっ!」と源はローレルに叱られてしまった。 「焔さんは明日はないよなぁー…  明日は友梨香ちゃんにしようって思ってたんだけどね」 源は大使館の透明の壁を見て苦笑いを浮かべた。 ローレルは源の視線を追って、「…戦意、喪失…」と言って苦笑いを浮かべた。 「…私も、友梨香ちゃんと同じなんだけどね…  だけどさすがに、話の意味が理解できて、  まだまだ子供っていうこともわかっちゃったようね」 「あはは、まさにそうだよね。  だから友梨香ちゃんとはこの先三年間は  ただの兄妹のように過ごすつもりだよ」 「どちらにしても付き合うこともできない。  三年間生殺し…」 ローレルが言うと、「じゃ、あきらめて欲しい」と源は笑みを浮かべて簡単に言った。 「…この、卑怯者ぉー…」とローレルは言って源をにらみつけた。 「あー、恋愛感情を人質にとられたって感じ?」 源の言葉に、「あ、なるほどな」と源之丞は言って納得した。 その友梨香が、松崎と少し話しをして大使館を飛び出して来た。 その目には涙が浮かんでいた。 そして源の目の前で立ち止まって、「もう好きじゃないもんっ!!」と大声で言ってから外に飛び出して、巨大な妙な鳥に変身して空高く舞い上がった。 「…うう…  今まで見たこともない怪鳥…」 源がつぶやくように言うと、「…私も、知らない…」とローレルがぼう然して言った。 「活発な子だな」と源之丞が言うと、「…あなた…」と沙知が言って困った顔を向けた。 「…うーん、竜かもぉー…」というこのみのつぶやきに、「あ、たぶんそうだよ」という陽気な声でイカロス・キッドが源の影から飛び出して言った。 その証拠として、イカロスは宙に映像を浮かべた。 それはかなりわかりやすく記されていて、小さな鳥が竜に成長するまでの姿だった。 それは10段階までの変化を現している。 「あー、今は第八段階だろうなぁー…  あと数万年で竜となる逸材…  でも、どうしてボクが気づかなかったんだろ…」 「そんなもの簡単よ。  まだ動物だからに決まってるじゃない」 ローレルの言葉に、「あはは、そりゃそうだねっ!」と源は明るく答えた。 「しかも、源の知っている竜とは違うからね」 源たちは声が聞こえた背後に向けて一斉に振り向いた いつの間にか松崎が源の後ろに立っていた。 源之丞と沙知があいさつをしてから、松崎はソファーに座った。 「俺も始めて知って驚いたっ!」と松崎は言って大声で笑った。 「はっきり言って、友梨香は造りものの竜なんだ。  この星にいる竜たちは自然界が産んだもの。  だから、基本性能には雲泥の差があるんだよ。  さらに今の友梨香では、  源に恋をするのはままらないと感じている。  友梨香に聞かれたので、俺の感じるままに答えた。  結果的には、早々にあきらめた方が、  友梨香のためになるような気もしたんだよ」 松崎がこの言葉を聞いた源は、自分自身のことを言われているように感じた。 『身分知らずの恋』 源から見れば、花蓮もローレルもセイラも、格上の神であることはわかっているのだ。 「源は神として胸を張れ。  だけど、失恋した時はきっぱりあきらめろ」 松崎は真剣にかなり厳しく、そしていい加減な言葉を源に投げかけた。 「はい、最終的に決心できました」 源は松崎に真剣な眼を向けて頭を下げた。 「…お父さん…」とローレルは言って困った顔を松崎に向けた。 「大きな神に小さな人間が恋をした。  この恋が叶うと思うのか?」 松崎が言うと、「…普通はすぐにでもあきらめるわよ…」とローレルは唇を尖らせて言った。 「希望を持たせる言葉はある。  その証明もできる。  だけど、身を持って感じることが修行というものだぞ。  さらに言えば、ごく普通に人間としての経験を積むことだけどな」 ローレルは反論があるようだが、ここは口を閉ざした。 このみは照れくさそうな顔をして源を見た。 「お兄ちゃん、あのね…  結婚できなかったらね、私がね、  お嫁さんになるのぉー…」 「…あ、ああ、うれしいよ、このみちゃん…」 源は答えてすぐに松崎を見た。 すると、「俺の子」と松崎はぶっきら棒に答えた。 源は困惑顔を笑顔に変えて、「その時は結婚して欲しい」と源はこのみに笑みを向けて言った。 源としてはこのみも神だと考えていたのだ。 源は探りたかったのだが、どうしても自分では探りたくなかった。 よって松崎に教えてもらうことにしたのだ。 「…うう、超ロリコンめぇー…」とローレルは悔しそうに言った。 「いいんだよ、模型オタクなんだから」 源の言葉に、この場は花が咲いたように和んだ。 「じゃ、明日はローレルで。  これが決定だよ」 ローレルは一気に緊張の顔を源に向けた。 翌日の源は、極力何も気にしないように仕事をこなした。 松崎たちも極力源を気遣うように接した。 赤木は職場に遊びを持ち込んだのだが、全く問題なく仕事をこなした。 どちらかと言えば効率が上がったと言っていいと源は思っている。 なんでも屋でも、源は平静を装った。 そして平常心になっていく自分に驚いた。 そんな源が面白くないのか、花蓮はつまらなさそうな顔をしていた。 透明の囲いが降りてくるボックス席には、リラックスした源と顔をこわばらせているローレルが向き合って座っている。 今日は初めからこのみと美奈も同席している。 ローレルの影はミーナと名づけていたのだが、別名の美奈も気に入ったようだ。 まずは食事と、源はすかせた腹を満たしていった。 ローレルも空腹なのだが、今日はまったく調子が出ない。 「お姉ちゃん、エビフライッ!!」とこのみが言うと、「あ… はいはい…」とローレルは言って、このみの口に合うサイズにナイフで切って、ほんの少しタルタルソースをつけてこのみに食べさせた。 この自然な行動に、源は笑みを浮かべてローレルを見た。 「…あー、お姉ちゃんも大好きぃー…」とこのみはおいしそうに食べながら言った。 「それでいいわよぉー…」とローレルは苦笑いを浮かべながら言った。 エサを与えてくれるご主人が好き、などとローレルは思ったようだ。 「ああそうだ」と源が思い出したように言うと、ローレルは背筋を伸ばしてから、「な、なに?」と途惑う声を放った。 「手伝ってくれている男性って、結城覇王さんだったんだね」 源の言葉に、「うん、そう」とローレルは短い言葉で答えた。 「古い神の長兄でも、能力を大きく落としちゃったんだ」 「頼っちゃダメっていう典型のような落とし方だったわ。  だからね、天使は気をつける必要がかなりあるって思うの。  本来の意味をみんなわかっているのかなぁーって…」 ローレルの舌にやっとエンジンがかかってきた。 「それはボクが天使を解いたことと関係があるんだよね?」 源の言葉に、「なんとも言えないけどね」とローレルは少しあきれるように言った。 「天使は何を崇めているのか」 源の言葉に、ローレルは無言でうなづいた。 「具体的な名前を上げると、エンジェルちゃん」 源の言葉に、ローレルの手に持っているナイフとフォークの動きが止まった。 「あ、もちろん、エンジェルちゃんを崇めてるわけじゃないよ」 源の言葉に、「…ああ、天使だったから知っていたのね…」とローレルはつぶやくように言った。 「エンジェルちゃんが持っている自然界に向けて  天使たちは拝んでいるんだ」 ローレルはうれしくなった。 これを説いた者は誰もいなかったはずだ。 それをローレルが一番に知ったことで、高揚感に満ち溢れた。 しかし源は顔色を暗くした。 「シスターと天使は同じような存在。  平等を貫くのなら、恋人を作ることは叶わないことだ」 「シスターはわかるわ。  主にすべてを捧げたから結婚はしない。  だけど天使は…」 ローレルは言ってすぐに、「平等を貫く…」と言ってぼう然とした顔をした。 「結婚しない、特定の相手と懇意にしない。  これこそが平等だ。  すべての人を平等に愛することが、  大いなる修行となる。  だから焔さんは今のままだとずっとボクとは友達のままだね」 「で、でも…  上を目指さないのなら…」 ローレルは言ってから頭を振った。 そして、「その時になって、確実に後悔する」とローレルはさらに言った。 「そういうことだね。  だからね、焔さんとの話し合いは、  気まずくなりそうでイヤなんだよねぇー…」 源はまるで姉に話すように言った。 「友梨香ちゃんのように泣いてもらいましょう。  それが本人のためだわ」 「ほんと、厳しいよねっ!」と源は言って少し笑った。 食事を終えて源は、「デザートって決めた?」と聞くとローレルは、「私が大好きな持ち込みデザート」と答えた。 「それは楽しみだよ」 源の言葉に、このみが一番よろこんでいた。 デザートが運ばれてきたのだが、リンゴのような梨のような、少し硬そうに見える白い果実だ。 源がフォークでつくと、「へー、案外固いね」と言ってから、『シャリン』といい音をさせて食べた。 「あはは、ボクも大好きになったよっ!」 源の言葉に、ローレルはホホを朱に染めた。 「あー、お姉ちゃん大好きぃー…」とこのみが果物を食べながら言うと、源は大声で笑ってローレルはくすくすと笑った。 「ウソっぽく聞こえるからやめて」とローレルがやさしく言うと、「うふふ…」とこのみはかわいらしい笑みを浮かべて笑った。 「…まさか…  実は大人だった、とか…」 ローレルが言うと、このみはきょとんとした顔をしていた。 「今の表情からは、大人だとは思えないね」 源の言葉にローレルも賛同した。 「問題は、セイラさんに希望があるのか…」 源は何気なく言ったのだが、ローレルは怯えたような顔をして源を見た。 怒るのならわかるのだが、なぜ怯えたのかが源にはわからない。 源はローレルの顔を見入った。 ―― セイラさんに希望があるのか… 希望? ―― 源は少し考えて、「ローレルは希望を失くしたの?」と聞くと、ローレルは、「はぁ―――…」と長いため息をついた。 「話したくない、希望を失くした。  …自殺行為に走った…」 源の言葉に、ローレルは小さくうなづいた。 源はさすがにこの先の言葉が浮かんでこなかった。 だがじっとローレルを見つめて言葉を考えた。 これほどに、ずうずうしく憎たらしいほどのローレルが、自ら死のうとするほどに辛い目にあった。 ローレルの星が戦禍にまみれていたことは源は知っている。 今のローレルであれば簡単にその争いを止められたはずだ。 だが、覚醒していないただの人間のローレルは弱い存在でしかなかった。 ―― 希望を失くす、その理由… ―― 源はさらに考えた。 ―― ローレルは生きていた… ―― 源は、「誰かが死ぬのを見たくない」とつぶやくように言った。 「そうよっ!!」とローレルは叫んで涙を流し始めた。 「本当に憎たらしいことこの上ないわっ!!」 ローレルは涙声で悪態をついた。 源は全く動揺することなく考え込んだ。 「あー、ボクだったらどうしてただろうなぁー…  町が戦場になる。  人がどんどん死んでいく。  怖くて怖くてたまらない。  縋る大人もいない。  でもボクは生きている。  ボクには生きる知恵が多少ある。  それを駆使して、何とか防衛しようとする。  だけど高確率で死は目の前に迫ってくる。  怖い怖い…  だけど、運よく防衛できたとしたら…  ボクはさらに防衛の手を広げる。  攻撃は最大の防御となる。  ボクは、殺されなために人を殺す。  そしてようやく戦争が終った。  ボクは生き残った。  すると、仲間が言い争いを始めた。  ボクは、その争いを止めるために、魔王になるかもしれない」 源が語ると、ローレルは驚愕の顔を源に向けていた。 「私、そこまで考えなかった…  だけどもし、源と同じような考えを持って防衛していたら…  もし、その時に覚醒していたら…  私も魔王になっていたかもしれない…」 「自死を選ぶことはいいことではないかもしれないけど、  抗えばいいというものではないと思う。  …ローレルが死を覚悟した時に、松崎さんが現れたんだよね?」 源の言葉に、ローレルはこくんとうなづいた。 「夢を見ていた。  お父さんに抱きかかえられて空を飛んだ時信じられなかった。  お父さんは武器だけを壊して回った。  私はいつの間にか安心して眠ってた」 「あはは、そうなんだ」と源は少し陽気に言った。 「そのあとは知っての通りよ。  生意気な小娘が、ヒーローに難癖をつけて寄り添った。  …そんな私を、お父さんは優しく包み込んでくれた。  そして当然のように叱られちゃった」 ローレルの言葉に、源は小さくうなづいた。 「だけどね、源ほど詳しくお説教してくれてなかった。  だからまた窮地に追い込まれたら、  私はまた間違いを犯していたかもしれない。  だけど今の私は、はっきりと目が醒めたわ」 源はローレルに笑みを向けた。 「源、大好き」 ローレルの言葉に、このみと美奈が拍手をした。 「人はやり直すことができるという証明をしてもらったように思うね。  それにボクもすっごく成長したように思うんだ。  だけど、ねぇー…」 源の言葉に、ローレルは深くうなだれた。 「あ、話は変るんだけどね」 源の言葉にローレルは源をにらみつけた。 「ボク、どうしてローレルだけ呼び捨てなんだって思う?」 源の言葉に、ローレルは驚愕の顔を源に向けた。 まさか、こんな質問をされるとは追っていなかったのと、その意味が源自身にもわかっていなかったことに驚いたのだ。 もちろん、ローレルにもその理由はわからない。 「私のことが好きだから」とローレルは自分の都合がいいように言った。 「あー、そうなんだろうか…  こういう時のために立会人が必要だったんだよ」 「そうね…  自分のことは自分ではよくわからないから。  だけど、私は、恋人は無理なのかなぁー…」 「ローレルを呼び捨てにする理由がわかったら、先に進めるかもね」 源の言葉に、ローレルは希望を持った。 そして、「今の私には希望があるわっ!!」とローレルは涙を流しながら叫んだ。 「あ、聞きたいことがあるんだけど…」 「…はい、どうぞ…」とローレルは涙を拭くことなく言った。 「どんな神?」と源がひと言で聞くと、「ジゲンカイ」と聞きなれない言葉をローレルは言った。 「ジゲンカイ…  どういう意味なの?  それにそれって、種族の名前?」 「誰にも話してないわ。  それにただのバケモノだもの。  三次元ではね」 これからは源が驚愕の顔をさらす番になった。 ―― ローレルは、とんでもない神… ―― と源は思い確信した。 「もう会ってるわよ」とローレルが言うと、源はほんの少しだけ考えて、「赤木さんと伊藤さんは怖い…」と答えると、ローレルは大声で笑った。 「伊藤さんの場合は、どうみて動物よね」とだけローレルは言った。 「じゃ、じゃあ…」と源は驚愕の顔をローレルに向けた。 「次元解は、一次元、二次元、三次元、  四次元を全て理解できている神。  私を産んだのは、松崎悦子さん」 ローレルの告白に、「はぁー、とんでもなかったぁー…」と源は言ってうなだれた。 そして、「確実にボクは尻に敷かれる…」と源が言うと、ローレルは大声で笑った。 「そうかもね。  …でもね…  もし私が源よりもさらに上回ったとしても、  ずっと添い遂げたい…  源が好きだし…  源がトラウマを説いてくれたから…  私の強さは、すべて源のものだから…」 ドアをノックする音が聞こえた。 源は時計を見た。 「アスカさん、15分もサービスしてくれたよ」 源の言葉に、「さっさと話さない私のせいだわ…」と言って、ローレルは源に頭を下げてから、立ち上がってアスカに頭を下げた。 「あ、あとひとつ」 源の言葉に、ローレルは笑顔で振り向いた。 「ローレルの星にいる時って気取っているように見えてたんだけど、  トラウマが拭えていなかったせい?」 「そのはずだわ…  でもね、今から今の私になれるって思う」 ローレルは今までにないほどの、素晴らしく柔らかい笑みを浮かべた。 「あー、いい表情だよぉー…  だけど、眼が八つあるんだよね?」 「ほっといてっ!!」とローレルは憤慨した足取りで部屋を出て行った。 このみと美奈は腹を抱えて笑っていた。 源は隣のボックス席に移動した。 「あ、焔さん」と源が言うと、「美恵って呼んでっ!」とかなり怒って源に言った。 「うん、じゃあ、美恵さん」と源が言うと、美恵はかなりの勢いで首を横に振った。 「呼び捨てっ!」と美恵が言うと、「うーん…」と言って源は考え込んだ。 「いろいろと聞いて知っていることがある」 源之丞が笑みを浮かべて穏やかに言った。 源はすぐに父に顔を向けた。 「松崎拓生様は、犬塚千代様をエリカと呼び捨てで呼んでいる。  これはずっとだ。  だけども、エリカ様は拓生様を松崎君と呼んでいた。  だが、親密になるにつれ、拓生君となり、今は拓生と呼んでいる。  やはり呼び捨てにすることは、  それほど簡単なことではないと思うんだ」 源之丞の言葉に、源は大いにうなづいたが、美恵はふくれっつらを変えなかった。 「だけど源は、初めっからローレルだけは呼び捨てだった。  俺はかなり考えた。  もちろん、源が恋愛感情を持っているのかもしれないとも  思ったんだがな」 源之丞が言葉を止めると、「違うの?」とローレルは聞いた。 「恋人よりも親しい間柄があると、  拓生様の父の苦楽様に聞いたんだよ。  それはライバルという関係だ」 源之丞の言葉に、「あー、なるほど…」と源は感心したように言葉を漏らした。 「拓生様とエリカ様は、恋人でありライバル。  これほど素晴らしい関係はないと俺は思ったな」 「あーっ! さいっこうにうれしわっ!!」とローレルが叫んだ途端、とんでもない怪人に変身したが、『うっ! まずいっ!!』と言ってすぐに人間に戻った。 このボックス席どころか、周りにいた客も固まった。 そして、いたるところで子供たちが泣き叫び始めたが、すぐに千代たち天使軍団が現れて、簡単に終息した。 「あー、気を抜いちゃったぁー…」 ローレルは言ってうなだれた。 「胸はふたつなんだ」 源が軽口を叩くと、「どこ見てんのよぉー…」とローレルは言って両腕で胸を隠した。 「あ、見ちゃったから中身」と源が言うと、「見せてあげたのよっ!」とローレルは胸を張って言った。 「もし、恋愛感情があれば、それなりに反応したはずだよね?」 源の言葉を聞いてローレルはすべてを察して深くうなだれた。 「姉ちゃん…」 「違うわよっ!」 「あ、姉ちゃんだったら気まずいよなぁー、多分…」 源がかなり考えなから言うと、「俺もそう思うな」と源之丞は笑みを浮かべて言った。 「熟年夫婦?」という源の言葉に、源之丞は大声で笑った。 「もう、お父さんっ!!」とローレルが叫ぶと、「間違いないと思ったからなっ!」とまた源之は笑った。 「ローレルには不思議がいっぱいということで。  だからじっくりと付き合うよ」 「ああ、とっても素敵な家族…」と沙知はまるでドラマを見ているように言った。 だが、美恵だけはこの状況に納得していない。 「明日は私っ!」と美恵は源に向け自己主張した。 源は少しだけ返答に困ったが、「うん、よろしくね」と極力平常心を保つようにして言った。 「じゃ、おやすみなさい」と美恵は言って、深々と頭を下げてから店の外に出て行った。 「あー、憂鬱だぁー…」と源が嘆くと源之丞は、「最大の試練だと思う」とマジメ腐った顔をして言った。 「始めて見た」と源の頭の上から松崎の声が聞こえた。 「お騒がせしてゴメンなさい…」とローレルは言って頭を下げた。 「赤木で慣れているっ!」と松崎は言って大声で笑った。 そして、「美恵君はキャンセル」と松崎は言ってから、美恵を追いかけるようにして店の外に出て行った。 「明日はこの集まりはおやすみで。  だけど強制的に、焔さんとデートもあるよなぁー…  ボクがキャンセルしたから」 源の言葉に、「それはあると俺も思う」と源之丞が言った。 「じゃあ、明後日、呼ぶの?」とローレルは多少の嫌悪感をもって源に聞いた。 もちろんセイラとのお見合いについてだ。 「ううん、一度あっちに行ってから。  だから早くて明後日だね」 源の言葉に、「ここ、壊されちゃうかもよ?」とローレルが心配そうな顔をして言った。 「あ、それはできないから」と源は簡単に答えた。 「ボクの渾身の結界を張るから。  そうしておけば、捕らえることも簡単だし。  だけどね、僕に嫌われたくないって思ってくれたら、  何もしなくていいんだけどね」 「それほどの問題児によく興味を持つものだな…」と源之丞は少しあきれた顔をして言った。 「大物であればあるほど、  ボクは成長できるって思うからね。  でもね、きっと後悔するようにも思うんだ。  それも経験だよ」 「花蓮ちゃんよりも性欲の塊よ」 ローレルの言葉に、「そこがボクの弱点なんだよねぇー…」と源が言うと、「…あ、わ、私でよければぁー…」とローレルが妙な欲をかいて言った。 「別にいいよ…  過去の記憶を探ればわかるから」 源の言葉に、「そう、でしたぁー…」とローレルは言ってうなだれた。 「源ちゃん、不良だったのね…」と沙知が肩を落として言うと、源は少し笑ってからきちんと事情を説明した。 「お兄ちゃんのエッチィー…」と源はこのみに言われたので、かなり困った顔をして頭をかき始めた。 源は家に帰ってから、源と似たようなごく普通の人間の先祖の50才までの記憶を紐解いた。 ―― なるほどなぁー… ―― と源はただただ感心しただけで、全く興奮することなく眠りについた。 翌日は美恵が久しぶりにグルメパラダイスに出勤してきた。 源は少々心配だったのだが、昨夜の様子とは打って変わって、今までの美恵だった。 そして昼休みに美恵は源のとなりに座った。 美恵は源を覗き込んで、「今夜、デートして欲しい」と申し出てきた。 「いいんだけど、保護者同伴だよ」と源が言うと、「えー…」と言ってうなだれた。 松崎はかなり困った顔をしていた。 源としてはこうなることはわかっていたので平然としている。 「じゃ、天使たちも連れてみんなで行く?」 源が言うと、「おいおい…」と松崎が言ったが、「最近、遊んでやってないな…」と言って考えを変えたようだ。 『千代ちゃん…』 源は源の感情を大いに乗せて千代に念話を送った。 ほんの数分後に、千代は天使たちを連れて大使館に攻め込んできた。 「お兄ちゃん大好きっ!!」と千代とこのみが源に抱きついてきた。 「…引率係…」と松崎が言うと、「はい、自分が」と言って桐山健太がすぐに手を上げた。 「明日は非番ですので」 「はい、ありがとうございます」と松崎は桐山に丁寧に頭を下げた。 「じゃあ、私もぉー…」と言って山手久美が手を上げた。 松崎は久美にも礼を言うと、『私も行くわ』とエリカから松崎に念話が入ってきた。 「エリカも行くそうだ」と松崎は苦笑いを浮かべて言った。 「どうして今夜、私は夜勤なのよっ!!」と黒崎茜が叫んだ。 「日頃の行い…」と五月が言うと、茜は高圧的な態度で五月をにらみつけた。 「ああー、お兄ちゃん、私も連れてって…」と源は松崎皐月に言われてかなり途惑っている。 「誰でも兄にして欲しくないんだけど」と松崎がわが母を見て言った。 「私も行くわっ!」と松崎ジェシカが言って、源に満面の笑みを向けた。 ―― とんでもないことになった… ―― と源も美恵も思ったようだ。 だが当然キャンセルはできない。 さらに今日は降水確率ゼロパーセント。 確実に天使たちを連れて遊びに行くことになる。 このままだと、天使よりも大人が増えそうだったので、「母さんとジェシカは却下」と松崎は言ったが、「勝手に行くからいいもぉーん」とジェシカは少しふてくされて言った。 「はは、心強いんですけどね。  ボクとしては、松崎さんだけでいいって思っているんです。  千代ちゃんとビルド君がきちんとみんなを守ってくれるので」 源の言葉に、「みんな、大人だよね?」と千代が言うと、大人だけが深くうなだれた。 『私は絶対に行くわっ!』とまた松崎にエリカから念話があった。 「エリカが譲らない」と松崎が言うと、「うーん…」と源はうなってからすぐに、「多分間に合いません」と言った。 「ほう」と松崎は感心するように言うと、「今逃げれば間に合いますけど、ちょっと遅かったかもしれません」と源が言った。 『くっそぉ―――っ!!』とエリカの叫び声だけが、松崎の頭に響いた。 「アタリ」と松崎が言うと、源はにっこりと笑った。 「竜の力?」と松崎が聞くと、「あ、はい、そうです」と源は答えた。 「手は出せませんけど、どんなに離れていても状況把握はできます。  松崎さんも使えますよね?」 「ああ、俺の場合は気功術だけどな。  手も出せるが…」 松崎は言って、エリカたちの現在の状況を見た。 「あー、新兵訓練も兼ねているから、手を出さないほうがいいな」 「はあ、いい機会ですからね」 源の言葉に、「厳しさ二倍だ…」と五月が言ってにやりと笑った。 ―― とんでもない騒ぎになった… ―― と美恵は内心ハラハラしていたのだが、いつもここにいればこんなことは当たり前のようにある。 美恵はスポーツに勉強にと勤しんでいたので、顔見知りではあるのだが、ここにいるみんなと親しいわけではない。 ―― だけど、大家族… ―― と胸に暖かい感情が沸いたので、すぐに手を組んで祈りを捧げた。 すると千代は一瞬考えてから美恵のマネをした。 すると天使たち全員が、美恵に向けて祈りを捧げ始めた。 全く事情がわからない源は、―― 祝福、喜び… ―― とだけ美恵の感情を読み取った。 しかも小さいものだと思ったので、今のこの状況をよろこんだのだろうと察したが、半分ケンカのようなこの状態の何がよかったのかが少々疑問だった。 ―― ケンカするほど仲がいい… ―― と思い浮かべてすぐに、「あー、大家族って、こんな感じなんですかねぇー…」とつぶやいた。 「えっ?!」と美恵は言って、手を解いて源をぼう然とした顔で見据えた。 もちろん、源と同じ事を考えていたなどと思ったようで、少々驚き、大いによろこんだ。 「あー…」と千代が言うと、美恵はすぐに悟った。 千代のつぶやきはそうではないと言ったように感じたからだ。 「なるほどね、きちんと説明したほうがいいようだね」と源が言うと千代は、「うんっ!」と言って源に笑みを向けた。 源が一部始終を話すと、美恵よりも大人たちがうなった。 松崎も聞いて納得したので、源ほど深くは考えていなかったようだ。 きっと美恵のことだから、争いが終ったことをよろこんだのだろうと漠然と考えていたようだ。 「美恵君はやっと自由になったようなものだからね。  多少はハメを外しても構わないんだろうけど、  迷惑をかけるのはどうかと思うんだよ」 松崎の柔らかい言葉に、美恵はすべてを振り返った。 そしてうなだれて、「…私、天使なんかじゃありませんでした…」と反省してまた手を組んで祈り始めた。 ―― あー、こういったアドバイスも必要だよなぁー… ―― と源は感慨深く思って、ついつい祈りを捧げてしまった。 やはり天使だった習性は頭よりも体が動いてしまうものだ。 すると、「やめてぇ―――っ!!!」と皐月の肩にいるエンジェルが叫んだ。 「え?」と誰もが怪訝そうな顔をエンジェルに向けた。 エンジェルはすぐに松崎の肩の上に飛び乗ってから、「部外者が余計なことするんじゃないわよっ!!」と源に向けて叫んだ。 「はあ… え?」と源は意味がわからないのでエンジェルを見つめてるばかりだ。 「竜が天使の領域に侵入してきたのよっ!  ありえないことやってんじゃないわよっ!」 エンジェルはまだなにやらブツブツ言いながら、丸くなって眠った。 「えー…」と源はただ祈ったことを叱られてしまったことに納得いかなかったので、言葉にしようと思い、「祈りを捧げることは天使として常識的なこと」と言った。 松崎は大きくうなづいて、「源の中に、まだ天使がいるんだ、しかも幽霊のようなものだと思うぞ」と笑みを浮かべて言った。 「…はあ、天使の幽霊…  実態は見えないので、誰にもわからない…  だけど、自然界が大いに反応したことで、  その犯人はボクかもしれない…」 源の言葉に、「…あんたしかいないわよ…」とエンジェルはクレームっぽく言った。 千代はすぐに祈りを捧げ始め、「ああー…」と恍惚の顔をして声を上げて、ゆっくりと源に抱きついた。 ―― あ、まずい… ―― と源が思ったとたんに、「千代」と松崎が言って、千代の肩に手を置いた。 「パパ、大好きなんです」と千代はまるで大人のような口ぶりで言った。 「幽霊に恋をしてはいけないと思うんだ」 源の言葉に、千代はようやく我を取り戻して、源と松崎に謝った。 「ほらごらんなさい…」とエンジェルがクレームっぽく言った。 「おまえの能力、落ちてるんじゃないのか?  どうせおまえも、源にほれたんだろ」 松崎の言葉に、エンジェルは体を起こして松崎の耳に噛み付いた。 だが、結界のようなものを張っていたので、全く痛くないようだ。 「クールに恋をする。  魅力的な女性だと感じました」 源の言葉に、エンジェルは機嫌を直したのかまた丸くなって瞳を閉じてから、「そう?」と機嫌よさそうに言った。 「無意識だから仕方ない。  だけど、治す必要があるのだが、  誰だって祈りを捧げたいことはあるはずだ」 松崎が言うと、「さすがに大天主様だったから無理」とエンジェルはさらりと言った。 「はあ、大天主の幽霊…  だから皆さん…」 源は言って五月たちを見た。 「殴られるほうが数倍楽だった」と五月が言うと、松崎は少し笑った。 「天使であれば誰もが源に大いなる愛を向けるだろう。  だがその愛は王を思う愛。  個人的な愛と勘違いするのはいただけないな」 松崎が美恵に向けて言うと、「…はい、大反省ですぅー…」と言ってうなだれた。 「ですが石坂さんは平然とされていました。  高位大天使なのに、その存在は大天主…  いえ、大天神に近いものだったように思います」 源の言葉に、「…大天神、様…」と美恵は言って、石坂に祈りを捧げた。 「そんな高尚なものではない。  だが、それなりのものなんだろうなぁー…」 石坂は笑みを浮かべて感慨深そうに言った。 「大人気なかったしっ!!」と石坂は言って、大声で笑った。 「あんたはもっと祈れ」とエンジェルが言うと、石坂は面目なさそうな顔をして、自分の頭をなでまわした。 「今日、行くの?」と美恵は申し訳なさそうな顔をして源を見た。 「中止はありえないよ」 源は笑みを浮かべて、千代とこのみを抱きしめた。 「行って、いいの?」と美恵はまた源に聞いて来た。 ―― まさに控えめな天使… ―― と源は思い、美恵をかなり見直していた。 しかも源と同じように松崎の子として生まれているので、本来の神である三人よりは、かなり近い場所にいると源は思って、ついついホホを赤らめてしまった。 「この気の多いやつめ…」と石坂が苦笑いを浮かべて源に言った。 「はあ、見直してしまいました。  美恵、明日はお見合いしてくれないかな?」 美恵は源に顔を向けたまま固まった。 だがすぐに気を取り直して、「はい、もちろん」とまだ14才なのだが、ローレルにはない大人の雰囲気をかもし出して言った。 「これが成長した証のようなものだ」と松崎が言うと、みんなは暖かい笑みを美恵に向けた。 「ここに愛実がいたら、改心できたのだろうか…」と松崎は言ってから何かの術を放った。 「うっ! でかいっ!!」と源は言って千代たちを守るように身構えた。 「あ、調子に乗った、悪かった」と松崎は言って源に頭を下げた。 「いや、何にも感じなかった…」と五月が言うと、「この部屋一杯に術式が溢れかえっていた」と石坂が言って額に汗をかいていて、苦笑いを浮かべている。 「寝たかもな」と松崎は言って、また何かの術を放っているが、気功術のようだ。 とんでもないところで寝てしまっては困るとでも思って、安全な場所に愛実を移動させただけだ。 源と美恵は今までになく同心に返って夜のテーマパークを楽しんだ。 話はほとんど学校のことで、源はそれほどでもないのだが、美恵は飛び級したことで好奇の目で見られることを憂鬱に思っているようだ。 「一緒のクラスになれたらなぁー…」 美恵が言うと、「え?」と源が不思議そうな顔を美恵に向けた。 「美恵も、進学Sコースだよね?」 「うん、そうだけど…」 「ひとクラスしかないから、留年しなかったら三年間同じクラス」 源の言葉に、「そうだったんだっ!」と言って美恵は喜んで祈りを捧げていた。 美恵は、後のことなど何も考えずに勉学に勤しんでいたことに源は感心した。 「呼び捨てにするのはどうかと思う。  いい人ばかりじゃないし…」 源の言葉に、「使い分け、いい?」と美恵は申し訳なさそうに言った。 「うん、いいよ。  花蓮さんも同じだし。  名前と店長」 源が言うと、「あー、なるほどぉー…」と美恵は言って納得した。 大いに天使たちに絡まれている松崎と源たちは合流して、ナイトパレードを堪能してからグルメパラダイスに戻った。 眠り込んでしまった天使たちの中から、源はこのみだけを抱き上げた。 「あ、これは…」と源はしばし固まってしまった。 「夢見に行ったようだね」と松崎がやさしい笑みを浮かべて千代を見た。 「ボクも今日はここで寝ます」 源は言って、家に電話をかけて状況を説明した。 沙知は不純異性交遊の心配をしたので、源は松崎に電話を代わってもらった。 もちろん疑うことはしなかったので、騒ぎになることはなかった。
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