02

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 重い。  ありったけの装飾品やら衣装やらで飾り付けられ、歩きにくいことこの上ない。今は見た目もできるところは術で隠し、身なりを整えているので、指の先まで神経を遣う。彼がこんな羽目に陥ったのは、彼を拾った少女の我儘からだった。 『毒作りのレンブルク辺境伯っていえば、大層恐ろしいと有名な変人よ。そんな偏屈男のところに、挨拶に行けとか酷いと思わない?』  自ら剣を携えて馬に乗り、喜んで幻獣狩りに参加する荒事好きな少女が、今さら深窓の姫君ぶっても遅い。そうは思ったものの、『ちゃんとお願い事を聞いてくれたら、契約してあげる』と言われたら、言うことを聞くしかなかった。  少女はレンブルク辺境伯領と接する国の王女だ。王女と言っても王位継承権は持たず、今はまだ自由の身である。しかし、荒事が大好きで社交に一切興味を持たない少女に困り果てた彼女の両親は、とある命令を出した。幻獣狩りをしに行くのなら、レンブルク辺境伯の城に行き挨拶をして来いと。独身でまだ年若いとも聞くレンブルク辺境伯が己の娘に興味を示してくれたら、と彼女の両親は藁にも縋る思いだったのだろう。辺境伯領に接する小さな城に留まった王女は、自分が偶然捕らえたものが『神獣』であったことに、目を付けた。 「それにしても、便利な術ですね。人にしか見えません」 「い……いつまで持つか、分かりませんけど……。顔とか性別を変えているわけでも、ありませんし……ちょっと耳と尻尾を隠しているだけなので」  子供だましです、と続けた彼に、『王女』の護衛としてついてきた騎士は苦笑した。  レンブルク辺境伯の城は、要所を守る砦でありながらも、大貴族の居住に相応しい優美さも兼ね備えている。跳ね橋を渡って城の前庭にたどり着いたが、ふつう美しい花々で彩られているだろう庭園はしかし、笑えるくらいに緑だった。まるで雑草の庭だ。そう思って笑い出しそうになった騎士だったが、『王女』の反応は違った。重い衣装を厭わずに地面に座り込んだ『王女』に、お付きの騎士もぎょっとなる。慌てて周囲を見回し、案内役がこちらに背を向けていることを確認すると急いで立たせた。 「いけません。姫君は、こういう雑草に興味を示さないものです」 「雑草ではなくて、これは薬草なのですが……」  ごめんなさい、と素直に返してきた『王女』に頷き、騎士たちは再び歩き出す。予想よりも途中の道は険しく、ここまで来る頃にはすっかりと夕暮れ時になってしまった。城の中は既に蝋燭が灯されていたが、どことなく薄暗さも感じる。緊張した面持ちで城の中へと足を踏み入れた彼らを待っていたのは、背が高く、派手な顔立ちをした青年だった。 「これは……アーテル殿下!」  深々と頭を下げた騎士に合わせて、『王女』もあわてて頭を下げる。それを見て、アーテルと呼ばれた男が笑った。 「中々おいでにならないので、心配で見に行くところだったから、会えて良かったよ。初めてお目にかかります、アーテルと申します。無粋なこの城の主に代わって、私にエスコートさせて頂けますか、リーザ姫」  優雅な足取りで近づいてきた男が、『王女』の片方の手をとった。予想外の事態に『王女』が騎士を見やると、騎士も困った表情をしている。  そのまま歩き出した男についていくと、美しく整えられた晩餐の間へと連れて行かれた。挨拶と聞いていたので、本当に挨拶だけだと思っていた『王女』は顔を青くしたが、立食形式でとてもラフな様子に安堵する。アーテルや『王女』の外にも、数組が今日の晩餐に招待されていた。レンブルク領は国境沿いにあるが、海も近く交易の盛んな土地であり、昔から大きく栄えている。『王女』の国とを行き来する大商人の家族らも招かれていて、賑やかな雰囲気に助けられた。
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