集合時間

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* 紺色のワンピース 裾には白いライン 同じ色の丸帽子には白のリボン 黒のパンプスをカツカツ鳴らし 背筋をしゃんと伸ばせば CAに見えないことも 「ない」 「あ、良司さんおはようございます  よろしくおねがいします」 「俺も客で行きたかった~」 「激しく同感です」 控え室で着替えて出ると、ちょうど隣のドライバー控え室から良司さんが出てきた。 出勤時間は6時45分。 シーズンの今、この時間帯は出勤ピークで事務所は活気に満ちていた。 「ユイさんおはようございます  来週虹色ツアーついてるんですけど  コース合わせお願いします」 「うん、あとでラインするね~」 「はい!」 ガヤガヤな事務所 この空気は好き。 「良司!バス動かせ!」 「へ~い」 「出庫するぞ!」 色んな声が飛び交う。 「点呼待ちいますか~」 「誰か電話出て~」 「所長!笑ってないで電話出て下さい!」 吉村課長が鳴ってる電話をビッと指差す。 出て行くガイドやドライバーに、ニコニコと「行ってらっしゃい」って手を振る所長。 やっぱりこれはここに必要だった。 「宮原主任、点呼お願いします」 「はいは~い」 点呼台と呼ばれる広めなカウンターを介して、宮原主任と向かい合う。 そこには、今日動くバスの情報が記された大きな紙。 宮原主任はそこから私の名前を見つけ行程を確認する。 「えーっと、ユイちんは  今日のはミステリーだから  行き先の公表はその都度でお願いします」 「はい」 「ドライバーは良司さん  バスは599号です」 「行程、携行品、確認済み  健康状態異常有りません」 「はい、よろしくお願いします」 名前の横に都築印を押すと 宮原主任も宮原印を押した。 着替えや化粧品なんかの泊まり道具を入れた旅行バッグと、資料や教本、ビンゴカードとか地図とか仕事道具を入れたトートバッグを両手に持ち 「ユイちんいってらっしゃい!」 「はい!」 所長に見送られ事務所を出た。 今日のバスは、良司さんの担当車じゃなく大型のハイデッカータイプ。 前に一之瀬さんとイベントに行った最新のやつの旧型。 車庫に停まってるそのバスはすでに 「掃除終わったよ~」 「ユイ、お湯いる?」 「お湯はいい」 りんりんと沙織が準備をしてくれていた。 2人は私服。 先週、駅ビルに買い物に行って買ったお揃いのチャンピオンのTシャツ。 沙織はフワッとした一見スカートなカーキのワイドパンツにインで りんりんはカーキのスキニーにイン。 首元に引っかけたお揃いのサングラスも可愛い。 「いいな~」 「仕方ないじゃん、ガイドさん」 拭き掃除したタオルを畳みながら、りんりんはダッシュボードに挟んであった行程表を見る。 「お客様、盗み見はご遠慮願います  行き先のわからないミステリーをお楽しみ下さい」 たまーにあるミステリーツアー。 今回は一般のツアーじゃなく団体客でのミステリーなので、大体の方面も明かされておらず、乗客の皆さまは本気でどこに行くのか不明。 「もう乗車オッケ-?」 「うん」 旅行シーズンピークで、配車準備のバスとガイドとドライバーがごった返す車庫の隅で、呑気にコーヒー飲みつつ乗車を待つのは我が仲間たち。 「お客様~お待たせいたしました~  ご乗車下さいませ~」 この面子を書き連ねて、読者の皆さんは思い出せるだろうか。 私の配偶者、一之瀬さん。 先輩の龍子さんとその配偶者で元彼の越智さん。 貸切のお父さんこと兼松さん。 ガイドになった始め、励まされ助けられ今では親友とも呼べるつっちとピラ。 それに新人バスマニアこぼりん。 あー…あれだ 説明するの面倒… 〝バスガール〟公開しとこうか笑 思い出せないとき見に行って笑 バスガールでも妄想旅行できそうだしね!笑 ※作者の心の声はナレーションとしてお読み下さい 「ユイちゃんよろしく~」 「うわ~!ガイドさんなユイちゃん楽しみ!」 一之瀬さんのお父さんとお母さん。 もとい、社長と社長夫人。 「悠二悠二!こっち来て!」 「なんだよ」 「記念写真撮らないと!」 「や…絶対いや」 「お父さんお母さん、お荷物こちらで預かります」 大きな荷物を受け取ると、良司さんはそれを隙間なく綺麗にトランクに詰め込んだ。 「しゃーす」 「お願いしま~す」 「自分でやれや」 良司さん、ピラとつっちとコボリンのは拒否。 後輩たちは有給なのに荷物詰め込みをやらされる。 「ユイちんこれ事務所から!  冷蔵庫入れていい?」 ビール箱担いで健吾さん登場。 「ありがとうございます!  健吾さん半分くらいでいいです  あとジュースやお茶も」 「俺もうあっち出庫だからごめん」 健吾さんは兼松チームだけど、今日は他の仕事が入ってて欠席。 「一之瀬!事務所から残りの飲みもん取ってこい!」 乱暴に命令し 「はいはい、事務所の中だね  ちょっと行ってくるよ〜」 「……」 バスから降りて来た人を見て 健吾さんは顔色を失くした。 「社長も来てるんで」 「い…一之瀬…だな確かに…」 「そうですね」 「社長ーーーー!自分がやります!」 猛ダッシュで追いかけて行った。 あっちの出庫はいいのか。 「健吾!なにやってんだ!出庫するぞ!」 賑やかな車庫は楽しい。 「ユイ、席表は?」 「決まってないからどこでもいいです」 大きめサングラスが妙に似合う。 龍子さんはツバの大きな帽子にグラサン。 どっかの女優。 「旦那さんは?」 「あっち」 否応無し、荷物詰め込み隊に入隊。 そして残りの飲みもん持ってきてくれた社長。 健吾さんは顔色を失くしたまま出庫して行った。 「ありがとうございます」 「冷蔵庫入れていいのかな」 「お父さん、私しますよ」←龍子さん 「じゃあ私が持ってるから冷蔵庫に入れてくれる?」 「はい」 不思議なペアで飲み物を入れ、バスの中では、乗務表に指示もなかったけど、一之瀬さんと良司さんは勝手にサロン席をセッティングしていた。 こうして準備を整えて 全員乗り込み 7時15分 ピピッ 『ミステリー出庫します』 良司さんが無線を入れ動きだすバス。 「左オーライ、信号変わります」 「オッケ」 バスは貸切を出発した。 「良司さん、行程表しまうよ?」 「あ、そうだった」 ダッシュボードに挟まれた紙を畳むと 「入れて」 良司さんは胸ポケットに入れろと胸を突き出す。 だからそこにねじ込むと 「イヤ〜ン感じる〜」 気持ち悪い声を出した。 そしてチラリ後ろを見る。 「あ、一之瀬さん」 わざとか。 一之瀬さんで遊んだのか。 「お客様危険ですのでおかけ下さい  ドライバーとガイドのお楽しみを  邪魔されませんようお願いします」クスクス 良司さん、わざとらしく言う。 「ガイドさん、後ろのエアコンがきついと  うちのばばぁ様からクレーム来てますけど」 「やな言い方」 良司さんが後部のエアコンの温度を上げる。 「あ、そうだ  膝掛けあるからお母さんに渡して」 前にお母さんが買ってくれたオランダのお土産。 一之瀬さんはそれを受け取り 「ユイちん、今夜の二人きりのミーティング  裸でしような〜  正しい乳首攻め教えてやるからな〜」 良司さんは楽しそうに煽り運転をした。 早い時間だから道も混んでおらず、見えてきた大きな大学。 「野球部の駐車場ってどこだよ  ここじゃないのかよ」 乗務表に指示してある配車場所は “明稜大学野球場P” 「あ、あっちに野球場っぽいライト立ってますよ」 「あぁ…秋口の交差点の方か  回んなきゃじゃーん」 客席からはわいわい楽しそうな声。 まだ飲んではないけど、そりゃ楽しいよね。 だけどフロントの二人は真面目にお仕事。 「あ、ここだな」 交差点を曲がると 真っ直ぐ伸びた道の左 フェンスに囲まれたひろーーい野球場が開け 「尻から入れるから」 「はい」 道に寄せ 良司さんは私を降ろし ハザードを点けたバスは道を塞ぐようにバックの位置についた。 後方から来た車に頭を下げ ピピーーーー 私の笛の合図を頼りに バスはゆっくりと駐車場に入った。
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