少女、ヒーローに恋をする

1/2
1人が本棚に入れています
本棚に追加
/2ページ

少女、ヒーローに恋をする

 昼下がりの喫茶店で、とある男女が向かい合って座っていた。彼らを取り巻く空気は重たい。それはこの店が、窓の無い地下空間にあるものだとしても、十二分なまでに暗さを周囲に振りまいていた。  口数は酷く少なく、休日の逢瀬を愉しんでいる風では無い。いやそれどころか、視線を落としてはコーヒーに刺さるストローに注視する程である。彼らを観察していたなら、もう随分と口をきいていない事が分かるだろう。 「終わりにしようか、マチコ」  男が静寂を打ち破り、ポツリと洩らす。 「嫌よ」  女は手元を見つめながら返した。ストローが氷をグラスの中で踊らせ、カチンと鳴る音が残酷に響く。 「君は僕の気に入らない所は、何でも直すと約束したね。でも、一向に守られてないじゃないか」 「そんな事ない。ショウジ君が細い人を好きだっていうから、頑張って痩せたじゃないの」 「たった20キロ落としたくらいで大きな顔をしないで欲しいな。数字なんかに意味は無い。僕の好みに近づけるかどうかが問われてるんだよ」  ショウジは傍に視線を送りながら、酷薄な言葉を口にした。体温の感じられない態度に、マチコの手が不自然に止まる。 「……そこで終わりじゃないもん、もっとちゃんと痩せるつもりだし」 「いや、もう結構だ。僕はもう待つ気なんか無い」  そのセリフは露払いのつもりなのか、おもむろに立ち上がった。マチコは表情を凍らせたままで机の端を見つめている。次に放たれるであろう何かの衝撃に耐えようとするかのように。 「さよならだ」  伝票が大きな手に収まり、足音が遠ざかっていく。手早く会計を終え、自動ドアが静かに開く。その全てをマチコは背中で聞き続けた。 「そうそう。僕も鬼って訳じゃない。もし君が今の半分くらいまで体重を落としたら、また相手をしてあげようじゃないか」  最後の捨て台詞までがズシリと胸を圧迫する。そうして『解放』されたマチコは静かに頬を濡らした。それが何の為の涙かすら、自分でも判別できないでいる。去り際に優しく肩を叩かれたが、それが何になるというのか。何ら慰めにもならず、むしろ孤独感を助長させるだけだった。  それからしばらくの間、心が静まるまで泣き続けていると、腹の奥から激情がこみ上げてきた。それは怒りだ。何故ここまでコケにされねばならないのかと思えば、憤怒が胸を引き裂かんばかりに暴れ狂った。 「もう良い、ダイエットなんかヤメヤメ!」  マチコは勢い良く立ち上がると店を飛び出し、地上へと繋がる階段を駆け上がった。視線の先には気持ちの良いまでの青空が見える。あそこまで行けば全てから解放されるのだ。馬鹿馬鹿しい摂食から、ショウジの冷たい目線から。  二本の足が急かすまま地上口までやって来ると、いよいよ食欲が荒れ狂うまでに膨らんでいた。
/2ページ

最初のコメントを投稿しよう!