ガツンと一軒家!

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「獣の仕業ですね、やっぱりこの辺りは夜は多いんですか?」 「ん?ああ、獣も居るが奴らは夜中より朝方に来るよ。 防止柵やトラップを仕掛けていればまあ十分に対処出来るじゃて」 男は何やらチグハグな返答を寄越した。 これは先ほどの言葉と矛盾する。 俺は強烈な違和感に苛まれたが、 何故だか言うのは憚られた。 「さあ、もうそろそろ日が暮れるぞ どうせ今夜は泊まっていくつもりだろう。 その前に風呂に入ってゆけ」 仙人は棚田に続く、恐らく彼が作ったであろう杭とロープで標した道づたいに天然温泉が在るのだと教えてくれた。 普段ならば風呂ぐらいで浮き足立ったりしない俺であったが 片田舎の取材に飽き飽きして来たのでそろそろ温泉にでも浸かって癒したい気持ちになった。 ヒーリングッバイしたい気分だった。 「えっ、じゃあ山間の幻秘湯に混浴と洒落混みますか!?」 「いんや、女はおらんよ? まあその代わり無料じゃが…」 と言って、紺地に白で『男』と書かれた温泉マークの暖簾(のれん)を腕押しし、 脱衣場に到達。 と言っても岩場に呉座を敷き、 壁もなく申し訳程度に簾を木々の間に掛けているだけだった。 これも全て仙人がこさえた物なのだろう。 彼曰く、生活費はほぼ掛からないが車の維持費が結構な出費で今日俺を乗せてきたあのトラックのガソリン代が実は一番高くつくのだとか。 俺は例によって、申し訳程度に置かれた笹の籠に脱衣した服を入れた。 体は温泉で洗い流しても着替えを準備して無い為にまた同じ服を着なくては成らないのが不快だ。 タオルを手渡すと言う謎の気遣いを仙人から受けもうここまで来たら後戻りも出来ぬので俺は取り敢えず御簾(みす)越しでもその湯気と泡立つ音で存在感を露にしている天然温泉の浴槽へと向かう。 脱衣したズボンにスマホと財布を残して来た事が悔やまれる。このタイミングでガソリン代の話しが思い出され、 仙人もしくは奴の仲間が俺の有り金全てかっさらってドロンしないとも限らない。 そんな被害妄想が脳裏を駆け巡る。 まぁ言っても残金は帰りの交通費くらいなのだが。
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