つつじさん。

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つつじさん。

 正直、自分でも何を喚いたかよく覚えていない。  とにかく悔しい気持ちでいっぱいで、ひたすら“呪ってやる!”だの“死んじまえ!”だの物騒な言葉を吐いた気はするけれども。 「あんのクソ女ぁ……!あ、あたしの方がずっとずっと、春≪はる≫さんのこと好きだってのにぃ……!」 「はいはい、辛かったね。よーしよし」  友人の美伽乃≪みかの≫に背中をさすられつつ、あたしは酔っぱらったまま泣きわめき続けていた。昔読んだ少女漫画を、今更ながら思い出す。子供の頃は理解できなかったのだ――なんでヒロインは、付き合ってもいない片想いの男が別の女と歩いていただけでそんなにショックを受けるものなのかと。付き合っていたなら浮気だが、実際はそうではない。一方的にヒロインが相手を好きだっただけなのに、裏切られただのうんぬんかんぬん言うのはおかしなことではないか。  そもそも、相手が死んでしまったわけでもないのに。失恋でなんでそんなに大袈裟に泣き喚き、ショックを受けたような描写をされるのかが全く理解できずにいたのである。――己がその、当事者になるまでは。 ――しんどい。マジしんどすぎる。確かに告白したわけじゃなかったし、好きだとか言われたわけでもないし、付き合ってたわけでもないけどさ……!  同じ会社の部長の日和春≪ひよりはる≫。部長といえどまだ三十過ぎ、あたしよりも四つ年下だ。まだ十代でも通りそうな童顔だが、落ち着いた話し方にきびきびとした行動力、まさに絵に描いたような“できる男”であったのである。部長というエライ立場ながら偉ぶったりもしないし、新人研修にも実に積極的だった。そんな青年に対し、彼氏いない歴=年齢の喪女がついついのぼせてしまうのも――仕方のないこと、ではなかろうか。  そう、わかってはいたのだ。彼は誰に対しても優しい。年上も年下も分け隔てない。男だって女だって、それこそあたしのような無能な派遣社員相手だって本当に親切に仕事を教えてくれるのである。だからこそ好きになったのだ、と自分でもわかっている。でも。 「馬鹿だったってのはわかってんの!でもさ、あんなに優しくされたらうっかり期待しちゃうじゃん!ティーンズラブでオフィスラブな展開とか夢見ちゃうじゃん!ええそうよあたしゃそんな妄想ぼっかの喪女ですよ知ってました!現実はそんな甘かないってわかってました!でもでもでもさぁ!結局世の中若さと顔かよこんちくしょうって思うの当たり前でしょ!?なーんであんなビッチ女がぁ……!」  彼は結婚していない。誰かと付き合っていてもそりゃあ自由だ。女とただ歩いていた、っていうだけならここまで悔しい気持ちにならずに済んだのかもしれない。問題は――そいつが、あたしにとって天敵とも言うべき大嫌いな女であったということだ。  原田萌美≪はらだもえみ≫。二十代半ば――オフィスカジュアルであるのを良いことに、やたら露出の高い服装で会社に来、凄まじく同性受けの悪い女である。歩くセクハラだわ、と女子はみんな思っている。いくらなんでもあんなミニスカートと、谷間がバッチリ見えるシャツなんて論外ではないか。なのに、美人の特権とも言うべきか、課長は露骨にデレデレして注意する気配もないのである。  そのくせさりげなく面倒な仕事は押し付ける性質。電話が鳴るとそれとなく逃げ、化粧が崩れるとすぐトイレに籠り、ファックスの紙が自分の番で切れても絶対補充しないという体たらく。敬語もろくに使えないし一人称がまさかの自分の名前である。――一つずつなら許せなくもない要素でも、それら全てが揃うとなればいっそ嫌がらせとしか思えない。同時に、そんな女があの部長に好かれる要素があるとも全く考えられないのである。  他の女なら、多少恨み言を言うだけで我慢したかもしれない。でも、あの女だけは駄目だ。存在するだけで生理的に無理なのに、よりにもよってあたしの片想いの相手と恋仲かもしれないなんて。
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