【一】突然すぎる婚約話

25/25
371人が本棚に入れています
本棚に追加
/25ページ
「か、母様!? 大丈夫!?」  長い髪がだらりと布団に垂れる。  慌てて母様の背をさすり、やはり少彦名様を呼ぶべきではとミヅハに相談しようとした時だ。 「うぅ……これは早く……孫の顔を拝まないと……死んでも死にきれないよぉぉ……」  到底、痛みに苦しんでいるとは思えない、棒読み気味の懇願が聞こえ、私は眉根を寄せた。 「……母様、怒るわよ」 「あらら、演技だってバレバレかい?」 「大根役者も大笑いするレベルでね」  もうっ!と母様の背中を軽く叩くと、ミヅハも呆れたようで小さく息を吐く。  母様は悪かったねと大して悪びれもなく口にしながら、体勢を直すと話を再開させた。 「とにかく、婚姻は結んでもらう」  頼みがあると言っていたのはどうやら建前だったようで、ついに決定事項として言い渡される。 「突然どうして?」  昨日まで、そんな話は出たことはなかった。  酔うととんでもない無茶振りをすることもある母様だが、酒の席でも結婚の話など微塵も出されたことはない。  困惑して眉を下げてしまった私に、母様は愛情をたっぷりと込めた瞳を細める。 「あたしはね、あんたたちふたりで幸せになって欲しいんだよ」  ふたりに、ではなく、ふたりで。  私とミヅハが結婚することを母様は望んでいるのだ。 「どうして、私とミヅハなの?」 「それは、あたしから話すことじゃない」  母様の視線がチラリとミヅハを捉える。  けれどミヅハは黙したまま、そっと母様から視線を反らした。  その様子に、母様は苦笑し肩をすくめると、再び私に微笑みかける。 「大丈夫。いつか、いつきにも全部わかる時がくる。きっとね」  そんな日が本当に来るのだろうか。  いっそ今ここで全部話してくれた方がとてもありがたいのだが、母様もミヅハもきっと簡単には教えてくれないだろう。  話す気があれば、今この時、口にしているはずだ。  けれど、やはり突然すぎて頷くことはできず、私は母様に「少しだけ、時間をください」と願い、部屋から下がった。
/25ページ

最初のコメントを投稿しよう!