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物語となりて
光が明るく、まどろみを誘うような昼だった。
開いた窓際で揺り椅子に腰掛けた領主は、部屋の外の微かな騒がしさを感じ取って、閉じていた瞼をゆっくり開いた。
「やはり来たか」
自分以外誰もいない部屋で、独り言を呟く。
老いの皺と白髪があれど、彫りの深い精悍な顔つきの領主は、揺り椅子から立ち上がる。
直後に部屋の扉が開き、金髪の語り部と銀髪の用心棒が入ってきた。それを制止しようとしがみつくようになっている使用人たちを下がらせると、平素の領主の振る舞いを取った。
「これはこれは語り部殿、巡礼の調子は如何ですかな? 何か、困り事でも?」
「あなたにお話したいことがありまして」
語り部の焦げ茶の瞳と、領主は目を合わせた。
語り部の前で隠し事ができぬなど、領主とて知っている。それでも領主は強靭な精神で、悟られぬようにしていたつもりだった。
「ご子息の霊を、浄霊させていただきました」
領主は息の飲み、後ろで組んだ指に力が入った。
「そうか……噂は聞いていたが、あやつはやはり浮かばれずにいたのか」
「ご子息の霊から、全てを聞きました。そして失礼ですが、いま私にはあなたの心も見えています。──ご子息のことが、羨ましかったのですね」
領主は目を伏せた。
「そうとも……私は、愚かなまでに己の生き方に正直になろうとしたあやつを羨んでいたよ」
「分かり合えることなく、あなたたちは不幸な死別をした。あなたもまた、ご息子という記憶を封じてしまった」
「あやつは、浮かばれて何と言った?」
「幸福であったことを失わない為に、自分という物語を愛す、と」
「なるほど」
領主は目を開き、微かに笑わせた。胸にこみ上げていたのは、納得と安堵だった。
「腰掛けたまえ」
領主自ら部屋の椅子を持ち出し、来客に進める。ふたりは座った。
「語り部殿、申し訳ないが、語りを所望したい」
「ええ、いいでしょう」
語り部の目に、慈しみの光があるのを、領主は感心して見ていた。
「聴かせてくれたまえ、ユベルの全てを、あやつの物語を──」
語り部が深く息を吸った。
語りが、始まる。
火の如く燃えようとした生から、樹のように静かな安息を得たひとつの魂は、こうして物語となったという。
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