13:幸せの定義

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13:幸せの定義

終わりにしようと決めたはずなのに、悠から電話があるとどうしても断れない自分がいて 何度もこれで終わりだと自分に言い聞かせるけれど……帰り際には「またね」と言ってしまう 悠の家から帰る道すがら、後悔してもう二度と会わないと心に誓うのにーーーまた、繰り返す そんな自分にほとほと嫌気がさした頃、学生時代のバイト先の繋がりから思わぬ話が舞い込んだ。 『知り合いがBARを閉めることになったから、かわりに開店しないか?』 それは、社会人になってからもずっと温めてきた夢 いつかは自分の、自分だけの店が持ちたいとコツコツ貯金をして準備してきた。 経営も勉強していたし、カクテルはほぼ毎日家で作っていた。 だからそれは、願ってもいないチャンスだったんだ タイミングが合えば、なんでもトントン拍子に進むものでーーー 会社にも退職願いを出して、引き継ぎなど諸々きちんと道筋を立てて、両親にも話をした。 もちろん簡単に認めてもらえたわけではないけれど、ちゃんと真正面から自分の思いを伝えればわかってもらえるのだと知った。 だから、『彼』に会うことにした。 一方的に別れを告げて、すべてを拒否したまま逃げてしまった自分 彼の想いも自分の想いも有耶無耶にしたまま、進むべきじゃなかったんだ。 1年以上も真剣に向き合った人 俺を、愛してくれた人 「慎二、久しぶり」 『湊人……元気に、してたか?』 久しぶりに聴いた彼の声は、あの時のままで 久しぶりに会った彼の笑顔も、変わらなかった。 ただ そのタイミングで掛かってきた悠からの電話に、激しく動揺したのは事実 数日前、ちょうど両親と話をしていた時に掛かってきた電話も出られなかったから 反射的に出たくなってしまう気持ちを必死で抑えて、着信を拒否する。 いいのか?と少し首を傾げる慎二に微笑んで、俺たちは歩き出した。 付き合っていた当時よく行っていた、個室のある馴染みの店 食事をして酒を呑みながら半年前の話をする あの時はごめんと謝ったら、彼は笑って首を振った。 「あの時、湊人はわかってたんだろ?俺が……迷っていること」 「…………」 「おまえを愛していたのは確かなのに。なんでなんだろうな」 「そういうもんだよ」 「……本当に、ごめん。苦しかっただろ」 そう言って彼が泣くから、俺も少し泣いた。 そのあと、彼はあの時の縁談がうまくいき結婚へと話を進めていると聞いて、心の底から安堵した。 「そんなに嬉しそうな顔をするなよ」なんて笑う彼が、この先も幸せであることを願う 優しい人には幸せな未来があるように 俺を愛してくれた人の進む道には 笑顔だけがあるように きっともう会うことはないだろう別れの時 慎二はそっと俺を抱き締めて囁いた。 「湊人はさ、今まで何度諦めてきた?」 「……え?」 「そういうもんだよって、何度自分に言い聞かせてきたんだ」 答えられない俺を強く抱き締めて、彼は言った。 「おまえの幸せを、諦めないでくれ」 まるで今にも泣いてしまいそうな震える声 宥めるように背中を撫でて、一度だけ首筋にキスを落とした。 それから彼の背中を笑顔で押して、終わった恋にさよならを告げる 取り出した携帯の着信履歴を眺めて、思い浮かべる新しい恋の相手 どこか幼くて すこし拙くて 危うくて、不完全で、未完成 でも、触れる唇はいつも優しい 俺の涙を拭ってくれた、あの時から、ずっと。 「俺の幸せ、か……」 優しい人が幸せな未来を歩めるように 誰からも祝福される未来があるように 多分、俺の幸せはそこにある そこに、俺が居なくても。 震える指で悠に電話を掛けたのは、それから1週間後のことーーー
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