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誕生日は大事だけれど、さすがに気になる。だって、確か智成は老舗の呉服屋の次男で、ちょっとしたボンボンだ。バイトなんて少しも必要なかったはずなのに。
「やっぱり亜由美ちゃん、バイトのこと知らなかったよね」
ユウコが口を開いた。
「実はね、智成さんがバイトしてたのは」
それを智成が「おいユウコ、言うなよ」と止めたけれど、ユウコは構わず続けた。
「この人、亜由美ちゃんのために使うお金は自分で稼ぐんだって言ってバイトしてたんだよ」
「……え?」
「ほんと。だよね?」
ユウコに視線を向けられて、智成はバツが悪そうに顔を背ける。にわかには信じ難い話ではあるものの、そういう変にカッコつけたがるところが智成にはあった。黙っていたのがとても彼らしいから、きっと真実なんだろう。
なるほど、先輩が言っていた『株を上げちゃう』話とはこのことだったのか。確かにこれをもし当時のわたしが知ったら、嬉しくて飛び上がっていただろう。でも──。
「そう、なんだ……」
これを今さら知ったって、わたしはもう喜べない。むしろ、こんなに想ってくれた人を信じなかった罪悪感で、今すぐこの場から逃げ出したくなってくる。
「智成さん、バイトは亜由美ちゃんに内緒だって言ってた。だから、私の話も言えなかった。私はそこに付け込んで、嘘のウワサを流した。壊れればいいと思った。だってずっと好きだったから。ごめんね、本当にごめんなさい」
「……いや、だからもう」
再び頭を下げたユウコに戸惑っていると、
「まだその話なのー?」
唐突に背後からのんびりした声が響いた。
「先輩!」
「お兄ちゃん!」
わたしと同時にユウコも声を上げる。その言葉を聞いて、やっと本当に兄妹なんだと実感し、こっそりほっとした。
貴哉先輩の左手にはケーキの箱、右手にはなにやらやけに大きな紙袋。あれはもしや、わたしへの誕生日プレゼントかしら。なら尚更、こんなことをしている場合じゃないのに。
「ねえ、あと十五分だよ。こんな道端で誕生日迎えたいの? 二人とも」
先輩は呆れたような笑みを浮かべて言う。
「え? 二人、とも?」
「智成くんといい誕生日迎えるために、早く本題伝えたら? ユウコ」
「うん。そうだね、お兄ちゃん」
「え? え?」
話が全く見えないわたしが、ぽかんとした顔で先輩とユウコの顔を交互に見ていたら。
「あー言い忘れてたけど。亜由美とユウコの誕生日は同じなんだよ。この時間は俺からの妹へのプレゼント。俺が二人を呼んだの。だから、最後まで聞いてあげて」
先輩がそう説明して、今日イチ驚いた。
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