ふたりの世界

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ふたりの世界

「蜘蛛になりたいな」と、彼は言った。 どうしてですか?と問いかけると、彼は昏い瞳を細めて微笑する。 「猛毒を持っているし、君をがんじがらめにできるから」 彼の指がむきだしになった彼女の曲線をなぞりだす。 愛された余韻に浸る体は、ぴくんと簡単に跳ねた。 彼は玩具をいじる子供のように楽しげに笑いながら、一番隠したい場所に触れた。 奥に。奥に。 長い指が入っていく。 一本。二本。三本。 甘い疼きだけを残す指の動きは彼女を追い詰めた。 「いじわるしないでください……」 思わず本音をもらすと、彼は指を呆気なく引き抜ぬいた。 熱をもて余し、彼女は瞳をうるませて、眉尻をさげる。 彼は瞳の奥に影を落として、彼女の残滓がついた指をなめた。 先ほどの情交を思い出させる舌の動きに彼女はたまらず声をだす。 「はやく……あなたの毒をわたしにください」 彼はくすりと笑った。 「死んでしまうかもしれないよ?」 彼女はうっとりと微笑む。 「あなたがくれるものなら、わたしにとっては全てが愛です」 彼女は病気なのだ。 盲目的に彼を愛しているという熱病。 彼は歯をみせて笑い、彼女をシーツの海の上に押し倒す。 「好き者だね。こんな男のどこがいいんだか……」 彼は自嘲の笑みを漏らし、彼女はそれを包むように彼の首に腕を回した。 「すべてです。骨の髄まで食してください」 恍惚の笑みを見せると、彼は少し泣きそうになりながら彼女の肌に歯を立てた。 からめとって、注いで、食んで、飲み干して。呼吸を止めて。 それは新月の夜におこった出来事。 二人は、二人しかいない世界へ旅立っていった。
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