私の望み

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生まれは中産階級。 衣食住に困ることはなく、十分な教育を受け、両親の愛を与えられて育った。 その中でも私が恵まれていたのは容姿だった。 美しい容姿とハリのある声。 周囲の羨望の眼差しを受けてきた。 「私、舞台に立ってみたいの」 幼い頃、両親に連れられて観に行った舞台。 私はそれに憧れた。 夢を口にすると両親は笑顔で応援してくれた。 たくさんたくさん努力をして、夢は叶った。 大きな劇団に所属し、舞台の上に立ち、客席から歓声を浴びる。 だけど、私はいつだって端っこにいた。 台詞が一個あるかないかの小さな役。少し踊って、すぐはける……そんなのばかり。 けれど、主役の子も脇役の子も私よりずっと綺麗で上手くて素敵な人だった。 悔しかった。 努力をした。 それでも敵わない。 私だって綺麗で才能があって素晴らしいはずなのに、他の子たちはそれ以上なのだ。 羨ましいと上を見上げ続けるのは辛かった。 普段は着ないような豪華な衣装も主役と並ぶと霞んでいく。 私が舞台をはけたあと、主役の子は舞台の真ん中に堂々とした姿で立った。 羨ましい、とまた思った。 それから大きな大きな音がして、悲鳴が上がって、大騒ぎになった。 舞台のシャンデリアが落ちてきたのだ。砕けて壊れたシャンデリアの下には血の海が広がっていた。 ああ、ついこの間、オペラ座で似たようなことがなかったかしら。 でも、まさか、シャンデリアが落ちるなんて思ってもみないでしょう。そんなこと、願ってないわ。 天井に黒い影が見えた。 黒い影は私とおんなじ姿でけたけたとこちらを見て笑っていた。 「一度くらい、考えたことあるでしょう?あいつが死ねば、私にもまたチャンスが回ってくるって!」 悲鳴を上げて倒れ込む。 いえ、まさか、そんな恐ろしいこと! 目が覚めてからぼんやりと、あれは私の見た悪い幻影なのか、心の奥底の本音だったのか分からなくて憂鬱になった。 それでもあの人が潰れる音と赤黒い血の海は、くっきりと鮮やかに脳裏に焼き付いていた。 忘れたいと思った。 いいや、今度こそと思ったかもしれない。 それとも生まれ変わりたいと願っただろうか。 私の一番の望みは、もう私にすらわからない。
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