生きる意味と死ぬ意味と

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生きる意味と死ぬ意味と

朝起きれば、嫌でも日常が始まる。 日々、常に同じようなことが続くから“日常”というのだ。 この時の竜真(リュウマ)は、そう思っていた。 日課をこなすため、窓際へと歩み寄っていく。 「今日も変わらず素晴らしい、と」 窓際いっぱいに並ぶ小さなサボテンに霧を吹き、観察日記をつける。 「さて・・・」 洗面所で顔を洗い、歯を磨く。 鏡に映る自分は、綺麗に切り整えられた黒髪が少し跳ねていた。 美形といえば聞こえはいいが、特徴のない平凡な顔付き。  そこに不満はないが、面白みもないと自分でも思っていた。 身だしなみを整えると、制服に着替えリビングへと足を運ぶ。 「おはよう。 お父さん、お母さん」 「おはよう。 朝ご飯の用意、できているわよ」 家族のルーティンも、平日は変わらない。 朝起きて、家族三人で朝食をとる。 時間も七時ピッタリだ。 椅子に座り野菜スティックをかじっていると、父親に話しかけられた。 「そう言えば竜真、昨夜母さんから聞いたぞ。 全国模試、また一位を取ったんだって?」 「あぁ、うん」 「偉いな、よく頑張った。 これで将来は安心して、医者を継げるな」 父親は開業医であり、学力さえ問題なければ将来は後継ぎとして安泰の身。 そして、その学力は十二分にある。 だが、それをよしとも駄目とも思わない自分がいた。 「だからお父さん、それは言わないでって言っているでしょう。 竜真には、好きなことをして生きてほしいの」 「でも竜真、まだ将来にやりたいことは決まっていないんだろ?」 やりたいこともなければ、好きなこともない。 だから毎朝変化のないサボテンに、親近感を感じている。 それでも否定する理由にはならず、曖昧な言葉を返した。 「あぁ、まぁ・・・」 「だったら医者を継げばいい。 将来を考えなくてもいいから楽だろう」 「そんな、勝手に決めなくても。 竜真は頭もよくて運動もできるんだから、なりたいものに何でもなれるわ」 「・・・」 母親は、世間一般で言えば理解のあるタイプだと言えるのかもしれない。 温厚で子供の自主性を大切にしたいというのが、その考え方だ。  だからといって、父親が頑固で融通が利かないというわけでもない。 もし何かやりたいことがあれば、医者の道に進むことを無理強いしてくることはないだろう。 ただもしかしたら、竜真にとってはそのフワッとした状態が逆によくないのかもしれない。 進む道を強固に決めてくれた方が、よかったのかもと竜真は考える。  朝食を終えると、身支度を整え学校へ向かうことにした。  遅刻など、生きてきて一度もしたことがない。 「じゃあ、行ってきます」 「行ってらっしゃい。 気を付けてね」 登校するのも一人。 友達がいないわけではないが、朝登校するのに友達は必要ないと考えている。 友達とは、学校や放課後に付き合えばいい。 ―――将来、か・・・。 ―――人はいつ、それを見つけることができるんだろう。 例えば命を救われた時、医者になりたいと願うことがあるのかもしれない。 豪快なホームランを打った時、野球選手になりたいと願うことがあるのかもしれない。 ―――・・・だけど俺には、そんな感情が湧いたことは一度もないんだよな。 ―――ホームランを打っても、得点に直結する技術としか感じることができない。 中学校三年生としては、非常に冷めた考え方をしているかもしれない。 現状で、特別関心を寄せているのはサボテンくらいだった。 通学路も毎日同じ道。  学校へ近付くにつれ、同じ制服を着た生徒の数も増えていく。 「竜真くーん! おはよ! 今日も頑張ろうね!」 「あぁ、おはよ」 「竜真ー。 そんなにのんびり歩いていると、遅刻するぞ!」 「いつも遅刻しているお前が、それを言うのか?」 竜真は男子女子問わず、たくさんの生徒から話しかけられる。 特に人付き合いがいいわけでもないのだが、自然と人が集まってくるタイプだった。 ―――・・・今は何か、一人になりたい気分だな。 そう考え、人がいない裏門から入ることした。 遠回りでもあるし、まだ始業時間には早いため人は全くいない。 学校を裏から見れば、何か感じるものがあるのではないかと思い顔を上げる。 だがそこで、信じられないものを見つけることになった。 「――――ッ!?」 屋上の柵の外、校舎の角に女子生徒が一人立っていた。 髪は大きく揺れ、今にも落ちそうである。 「おいおい、嘘だろ・・・」 竜真は慌てて校内へ急ぐ。 靴を脱ぎ、上履きに履き替える暇も惜しみ屋上へ走った。 ―――自殺なのか? ―――こんな朝っぱらから!? 自分には関係がない。 そのような言葉で、見過ごす人がどれくらいいるだろうか。 竜真は人と人の関係に重きを置くタイプではなかったが、それでも自然に身体が動いていた。  よく言えば、打算なしで善行できるタイプである。 「・・・あ」 だが――――屋上へ向かっている階段の途中、先程見た女子生徒が何ともない様子で下りてきたのだ。 遠目ではあったが、見間違ってはいない。 固まる竜真に、女子生徒は首を傾げてみせた。 「・・・何?」 上履きの色は青。 自分が履いているものと同じなため、同学年だということが分かる。 それでも顔に見覚えがない。 少なくとも、自分に挨拶をしてくるようなタイプには見えなかった。 「あぁ、いや。 ・・・えっと、屋上で何をしていたの?」 「・・・屋上へ行けば、何かを感じるのかと思った。 でも、何も感じなかった」 「は?」 竜真が呆然としていると、彼女はいつの間にか消えていた。 ―――・・・何なんだ、あの子。 慌てて階段を降り、探してみたが見つからない。 中学校三年生である竜真の教室は、三階にある。 同学年であるならば、校舎を降りていくのはおかしい。 ―――・・・何か用事でもあるのかな? ―――それとも、俺に自殺する瞬間を見られて思い留まったのかな。 ―――でもさっきの様子だと、そんな感じではなかったし・・・。 モヤモヤとしたが、予鈴が鳴ったため竜真は教室へ向かうことにした。
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