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搾りたてフレッシュなヴァンパイア彼女
僕、夏池太陽は毎日、亡くなった彼女の墓を参っている。
家の事情で毎日バイトを入れているので、墓地に来る時間はヒグラシが鳴き終えた――陽がとっぷり暮れた頃になる。
そんな時間に墓参りする人なんていないみたいなので、参る前に寺の和尚さんに一声かけるのを忘れない。
不法侵入と間違えられない為だ。
「赤汐さんが亡くなって一年になりますが、よく毎日墓参りにきましたね。偉いですよ君は。尊敬します。いや本当に……」
年配の和尚さんにそう言われて、僕は気恥ずかしい。
墓参りくらいで尊敬されても困る。
「僕の他にも、毎日お墓参りする人くらいいるでしょう?」
亡くなった人が大切な人ならば、なおさらだ。
距離の問題があれば、その限りじゃないけど。
「おりません。一人として」
和尚さんは首を横にふりながら、僕の言葉を否定した。
「……え?」
一人として居ないって、そんな訳ないだろう。
墓は基本的に風晒しで汚れるものだから、毎日参って掃除する人がいてもおかしくないと思う。
「年中無休で墓参りする人なんて、はじめてですよ」
「はあ……」
「ですから、大したものです。赤汐……瞳さんも、きっと喜んでおいででしょう」
「だといいんですけどね」
彼女ならきっと、「何毎日来てるの? 暇なの? 馬鹿なの?」と言うだろう。
喜んでいるかといえば微妙な所だ。
「ああ、すみません引き留めてしまって。ささ、暗いですのでお気を付けて……」
「はい。では」
和尚さんと別れて、僕は掃除道具一式と懐中電灯を手に――赤汐瞳の眠る墓石の前にやってきた。
香炉、水鉢、花立、そして墓石の掃除を開始する。
掃除ももう手慣れたもので、すぐ済んでしまう。
「……瞳ちゃん」
雨の日も風の日も台風の日も雷が落ちている日も誰かと喧嘩した日も落ち込んだ日も元気な日も、いつも僕は瞳ちゃんに会いにきている。
もう二度と、瞳ちゃんの声を聴くことも、姿を見る事もできないけど。
だけど、絶対に瞳ちゃんを忘れたくないから。
僕の初めての恋人の事を、しっかりと覚えておきたいから。
「絶対に不倫しないから、安心してね、瞳ちゃん?」
手を合わせて、何百回とした約束を再びクチにした。
瞳ちゃんと付き合う時に、僕らは契約を交わしたんだ。
――別れる時はちゃんと話し合ってから別れましょう。
今はもう話し合えないし、そもそも嫌いにすらなれない。
だからもう僕は一生、瞳ちゃんの虜だ。
「アンタ、馬鹿なんじゃないの!?」
記憶の隅に追いやられそうになっていた、聞き覚えのある声が耳に入ってきた。
背中でへばりついている汗が、一瞬で凍りついた様な錯覚を感じながら声のした方向に視線をやると――
「いつまでも死人に恋してんじゃないわよ!」
――そこには、もうこの世には居ない筈の人間が存在していた。
「ひ、瞳ちゃん……」
赤汐瞳。
高校入学初日の朝、僕がいる世界から旅立った、可愛らしい小さな――僕の恋人。
その子は今、座っていた車椅子から立ち上がり、僕に向かって懸命に駆けだした。
「あ、こら、瞳っ!」
車椅子を押していた彼女の父親が、瞳ちゃんを呼び止めようとした。
だけど、瞳ちゃんは走る足を止めない。
――ぼぎんっ。
「うぎゃっ!?」
鈍い音がした後に、瞳ちゃんは前のめりに転んだ。
「瞳ちゃんっ!?」
転倒する手前で僕は彼女をしっかり受け止めた――瞬間!
ぱぎゅっ。
妙な音と共に、彼女の身体が――弾けた!
まるでトラックに轢かれたかの如く、四肢がバラバラに飛び散った!
血潮と悲鳴をまき散らしながら――ぼとぼとと!
僕の手から、彼女の身体が地面に零れ落ちていった!
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