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雪華から原稿を受け取ったあと。
真剣な表情で黒木は雪華と愛梨二人の原稿を見ていた。
編集部の打ち合わせ室の席に雪華は愛梨と並んで座っていた。
パラッとページをめくる音がする。
胸の鼓動がドキドキと煩いくらいに鳴る。
1分1秒の時間の流れが遅く感じてしまう。
この瞬間はいつでも緊張し、恐怖さえも感じてしまう。
作品が受け入れてもらえるのか。
受け入れてもらえないのか。
だけど、この作品を全力を出して書ききった。
後悔をしないように、自分の想いをぶつけて。
だから雪華は自信があった。
愛梨の作品に勝てるかどうかは分からない。
だけど、この作品で愛梨の作品に負けない。
そんな想いと自身はあったのだ。
二人の原稿を読み終えた黒木は原稿をテーブルの上に置くと、雪華と愛梨の二人に柔らかい表情を向けた。
「二人共、原稿お疲れ様でした。それぞれとても素敵な作品でしたよ。白崎さんの作品は遠距離恋愛をテーマにしたもので、とても繊細に切ない描写を軸にして描かれていて、読んでいて心が感動的でした」
「有難うございます」
「次に有澤さんの作品ですが、」
黒木から真剣な表情を向けられて、思わず雪華は緊張し、背筋を伸ばした。
「教師と生徒の純愛をテーマにした作品で、恋を知らなかった女の子が恋を知っていく、描写にとても共感が出来る部分が多かったです。応援したくなる主人公なので読者から受け入れて貰えるかと思います」
黒木の言葉に雪華は内心ほっと安堵した。
もしかしたら、これならいけるかもしれない。
だけど。
「双方共素晴らしい作品でしたが、どちらかを選ぶとしたら、白崎さんの『きみのことば』になります。この作品は間違えなく、多くの読者から人気を集める作品になる。俺はそう思います」
(ダメだったんだ……)
結果を聞いて雪華は落胆してしまう。
作品に込めた想いは強くあった。
手応えさえも感じていた。
だけど、愛梨の作品には結局は適わなかったのだ。
作品は読者に受け入れてもらい、作品が売れなければ意味が無い。
簡単な話だ。
要は面白いのか、そうではないのか。
黒木には作品に対してのダメ出しはされてはいない。
寧ろ今までより良い評価をもらっているほどだ。
だけど、愛梨の作品の方が自分より上だった。
自分は力不足だったということ。
ただそれだけだ。
「では、今回は『ドリーム·ブック』の連載は白崎さんにお願いをしょうかと思います。では、白崎さんお願いしますね」
「はい。わかりました」
「それでは……」
「ちょっと待てよ」
俯く雪華の背後から突然、背後から声がした。
後ろを振り向くと、そこにはカイトの姿があった。
話に夢中だったせいか、カイトが室内の中に入って来たことは誰も気づいておらず、黒木や愛梨は驚いた表情でカイトの姿を見ていた。
カイトはそれに構わず雪華の傍に行くと、彼女の肩に手をぽんと置いた。
そして、雪華だけ聞こえるように優しく言った。
それは彼女を励ますようだった。
「大丈夫だ。自分の作品に自信を持て」
そう告げたあと、カイトは黒木をじろりと厳しい目で見た。
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