パルミエ

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「精が出るな」 庭先いっぱいに広がる花壇を見ながら男は話しかける。 相手は花の周辺に舞うきらきらとした鱗粉。 それは蛇行しながら漂うように視線の高さで点々としている。 「今日も貰っていくわね。花の蜜」 「もってけもってけ。今回は何に使うんだ?」 「簡単に言うと植物の栄養剤よ。『微睡の雫』ってご存知?」 「あぁ。土壌が汚れない限り枯れないって花だろ」 「そうよ」 「その花がどうした? 枯れたか?」 「だったら呑気に蜜集めしてないわよ。周辺の植物が元気なくなっちゃったのよ」 「へぇ。なんで?」 「あんた、さては知ってるの名前だけね? 『微睡の雫』の名前の由来は、周辺植物の栄養まで吸い取って枯らせてしまうからよ。周りを徐々に弱らせていくから名付けられたらしいわ」 「つまり、周りがヤベェって話か」 「そういうこと」 花畑同然の庭先を光の点線が舞っていく。 男はそのか細い光を追いながら広い庭を歩き回る。 歩いていくと、鱗粉が一つの花の周辺をぐるぐると回り始めた。 「にしても、流石ハイエルフっていうべきなのかしら。よくこれだけの数を枯らさないで育てられるわね」 「それほどでもないわよ」 ふわりとした声が近くから聞こえてきて、鱗粉がふよふよとそちらに寄っていく。 やってきた彼女はその光に向かってひらひらと手を振る。 「いらっしゃい。ゆっくりしていってね」 「ありがと。でももう用事も済んだから帰るわ。あまり長いすると変な目で見られるし。まぁ見られるのは貴方達だけど」 この館は坂の一番上にある。そこまで用がなく登ってくる人物はいないが、公道に面している以上誰かの目がある可能性はゼロではない。 2人にはその鱗粉の招待が見えているが、他の人にそれは見えない。 つまりただ虚空に向かって喋っている図が完成してしまうという罠だ。 「じゃあね」 高度を上げる鱗粉に「またいらっしゃい」と彼女はまた手を振って見送った。 「お前、なんかすることがあるって言ってなかったか?」 上げていた手を下ろした彼女に尋ねると、彼女はその手をポンと一つ叩いた。 「そうなの。なんとなくお菓子を作りたくなっちゃって、作り終わったから出てきたのよ」 「何作ったんだよ」 「パイよ。パルミエ」 上手くいったのか、彼女は軽い足取りで自分の花壇で咲き誇る花に顔を近づけて大きくその香りを吸い込む。 「この子、いい香りね。香水にしてみようかしら」 「いいんじゃねぇの? ……それ、まさかお前がつけるのか?」 鼻頭に手を伸ばす男に、彼女は背を丸めてくすくすと笑う。 「大丈夫よ。きついものにはしないから」 子供の顔でも確認するかのように花や葉にくっつくほど顔を近づけて、花ひとつひとつに声をかけて様子を確認していく。 「あら?」 突如、彼女が背の高い植物を丁寧に掻き分け、スカートの裾を汚さないように少したくし上げてから腰をかがめる。 「どうした?」 尋ねると、彼女は表情を明るくしてこちらを見上げた。 「新入りさんがいるみたい」 男は彼女の横に座り、彼女が指差す箇所を見る。 腰ほどまである植物に混じって、その半分以下の背丈の植物が葉を広げていた。 その植物と他の植物とでは葉の形が明らかに違う。 ここで育てられている花は店先で売っているものから、人間内では『人外』と括られている種族の植物まで、彼女の気の向くままに数多くの植物が集められている。彼女自身が人間ではないので、巷では見られない植物の方が数は多い。 人間とそれ以外はあまり交流を持っていないこともあり、いまだに認知されていない植物や新種と呼ばれるものはある、らしい。 詳細は男には分からない。 目の前の『新入り』も本当に新種なのかは分からない。 だが、彼女だけでなく自分もとうに人間とは関わりを絶ったのでこの際どちらでもいい。 自分たちにとっては初めてだ。 「名前つけるなら何がいい?」 「……俺が考えんのかよ」 「そうよ。つけてもらいたいの、あなたに」 「あっそ」 物好きめ。 とはいえそう言われたからには少しは考えるしかない。 こういったときに造語をさっと作れればいいのだけれど生憎そんなセンスはない。 「じゃあ、『パルミエ』」 きょとんとしたのち彼女が両手で口を押さえて笑い出す。 「おい」 「ごめんなさい。そうね、お茶にしましょうか」 紅茶を入れるわ、と彼女がスカートを翻しながら邪気なく走り出す。 どうやらそこまで酷評ではないらしい。 それはよかった、と男は小さく息を吐いてから彼女のあとを追い、館の中へと向かった。    ◇ リビングで待っていると、お盆にカップと皿いっぱいに入れたパルミエを持った彼女が少し慌ただしく入ってきた。 それをソファーの上のテーブルに置くと、彼女は「先に食べてて」と微笑み、ぱたぱたと足音を弾ませて出て行った。そして、玄関の開いた音を最後に室内から自分以外の音が消えた。 外に何か忘れ物でもしたのか? と窓の外をちらりと気にかけながらも男はテレビの画面に視線を戻す。 画面内の見知らぬ人達が動き回っているのをぼんやりと眺める。それよりもゆらゆらとのぼる白い湯気の方に気が移る。少し白色が薄くなった気がする。 下手に冷めた紅茶より熱い方が美味いだろうけど、でもまぁ熱に弱い舌だから冷めた方が飲みやすいだろう。 かろうじてまだ湯気が見える。 そこまで冷めたところで彼女が帰ってきた。 部屋に戻ってきた彼女は「食べててよかったのに」と目を丸くする。 「好きで待ってたんだからいいだろ。それより、なんだそれ」 彼女が手に持っていたのは小さな鉢植え。 一見すると、それはただの草だった。涼しげに青葉を広げている。 葉は青いが縁は少し白っぽい。 「これね、アイビーよ。かわいいでしょう? お外にもいるんだけど中にも連れてきちゃった」 そう言われて、男は思い出す。 確かに外のグリーンカーテンの葉もこんなのだった気がする。 「それ好きだな、お前」 鉢植えを日当たりの良い場所に置きながら「そりゃそうよ」と彼女は少し胸をはる。 「私の名前、この子から貰ってるんだもの」 「まじか」 「そうよー。知らなかった?」 アイビーを飾った彼女はソファーに座っていた男の横にすとんと腰を下ろし、下から茶化すように見上げてくる。 そんな彼女が肩から前に垂らしている三つ編みを下からペシンと払い上げる。 「お前と違って草に詳しくねぇんだよ」 「もう、すぐそういう言い方するんだから」 じとりとした非難する目から逃れるように皿から2枚のパルミエ掴み、重ねたまま口に詰め込む。 パイ生地ならではのサクサクとした音が耳によく聞こえる。 複雑そうな作りには見えないが料理の類ができない男の身からすればよく作れるものだと感心してしまう。 器用なものだなともう1枚に手を伸ばそうとすると、肩を軽く叩かれた。 「ねぇ。あのアイビー、受け取って欲しいって言ったら、受け取ってくれる?」 妙に真面目な口調でそう言ったかと思うと、彼女はカップを両手で包むようにしながら窓際の植物を意味深に見遣っていた。 日光に向かって葉を広げる小さな植物。彼女が毎日世話をしている植物だ。 「1日で枯らす自信しかねぇけど」 「大丈夫よ。あの子たちだってちゃんと強いから。1日じゃそう簡単には枯れないわ」 「いや、そうだろうけど」 水やりをすればいいのだろうということぐらいは分かる。 でも彼女が我が子のように手塩にかけているそれらを軽い気持ちでは受け取れない。まるで分身のようで、自分如きでは重みを感じるだけ。 「いざってときは私がなんとかしてあげる」 「それじゃお前が育てるのと変わらねぇじゃん」 間髪入れずにそう答えると、彼女が口に手を当てたままにんまりと笑ってみせた。 「その言葉、貰ってくれる意思があると捉えてもいいかしら?」 「………」 じっとこちらを見据える彼女を見なかったことにして、紅茶に口をつける。 彼女との付き合いはもう長い。 人ではない彼女に知り合いはまだいるが、人間として生きてきた自分の知り合いはもうどこにもいない。 孤独とひとりぼっち同士が手を取ったというのもあるが、自分たちの間に同情の色は薄い。 人ではない彼女には所謂『大罪』と呼ばれる人間味はなく、逆にそればかりがごった返したような世間に居た自分はすぐそういうことに思考が至る。 彼女からの物を貰えるというのなら、それは願ったり叶ったりだ。 だがそれを気づかれるのは釈である。 ずずず、とカップの中身を一気に飲み干す。 視界の隅で彼女が肩を震わせているような気がするが、気のせいということにしておく。 「ねぇねぇ。あなた、花言葉とかって知ってるかしら」 教えたがりになっているのかと思いきや、少し悪戯な笑みを浮かべていた。 こういう時の彼女は、あまり得になることをしてこない。 また口車に乗せられるのではないかと、少し警戒しながら「詳しくはねぇけど」と答えると、彼女はなぜか嬉しそうに笑う。 「ほんと? じゃあ、尚更もらって」 「……」 もしかして、アイビーの花言葉に何か仕込まれているのか。 怪訝な表情が露骨だったのか、彼女は言葉を添える。 「花言葉ってね、今となっては意味がある花を送るけど、もともとは綺麗な花に個人が思いを込めて送っていたのよ」 「へぇ」 「だから、私の想いのこもったあのコをあなたにあげたいの」 「……要は知りたかったら自分で調べてこいってことか?」 彼女はわざとらしく首を傾げて見せる。 「忘れたの? 私たちに『こんにちは』を言う文化は無いのよ?」 つまり、認知している文化が違う。 調べたところで、それは彼女にとっての常識にはならない。 「………」 受け取ったものがラブレターなのか不幸の手紙なのか、知るのは彼女のみ。 同居人をしているのだから後者ということはないだろうけれど、花言葉には純粋な感謝を意味するものもあるという。 それが悪いものではもちろんないけれど、そうだった場合肩を落とす結果になりそうだ。 物欲や承認欲求。 そういったものも、きっと彼女にはない。 それらは寿命という時間制限がある故の無意識化の焦燥がそうさせるもの、らしい。そう言っていたのは彼女ではないが、でも確か彼女と同じ寿命のない存在だったはず。 持ち合わせていない相手に求める必要性を感じなかった、というのは嘘ではないが。 要は自分が変に意固地になっている上に意気地なしだから前者の可能性を手繰り寄せることができないだけ。 加えて人間を超えた寿命に身体だけでなく精神もなじみ始め、自分も寡欲になりつつある。 側にいてくれればいい。 彼女がそう思ってなくてもいい。 永遠を生きる彼女の長すぎる時間の暇つぶしの一環でもいい。 人間ではなくなったが、自分にはいつか時間切れがくる。 それまでで十分だ。     ◇ 「あー、なんか、聞いたことあるわ。花言葉とかなんとか」 太陽が南中した頃。 昨日と同じように飛び回る鱗粉に声をかける。 今日は花の蜜ではなく葉を集めにきたらしい。 鱗粉が一葉に集まったかと思うと、次の瞬間にはその葉が消えている。 それが回収されたということと同義らしいが、よく分からない。 見えていないだけで懐にしまっているんだろうか。それとも瞬時にどこかに送っているのだろうか。 「お前も知ってんのか。じゃあどの種族も似たり寄ったりなことしてんだな」 「はぁ?」 目の前まで光の粒素早く飛んできてが、刺すように一瞬だけ輝きを増した。 それに目を眩ませていると、「んなわけないでしょ」と鋭い声。 「言っとくけど、私たちは花を手折る風習は許せないわ。立派な殺生よ」 目の前の彼女も今他の植物の世話をしている彼女も、自然に生かされている種族らしい。 「別に否定はしないけど、殺めたものを送るなんてこっちからしたら超弩級の嫌がらせよ」 「……? じゃあ花そのものに意味はねぇのか?」 「重宝している家財や国宝をなんの意味なしに送ると思う?」 なるほど、と思わないこともない。 この庭に多種多様な植物が共存できる理由はここに彼女がいるからだ。 そして、植物に囲まれていることで彼女は不死を享受している。 そんな運命を共にしている存在に、分かりやすい名称を果たしてつけられるのだろうか。 そんなに重くもない自分と彼女の関係だって、『同居人』『同棲相手』と簡単に言っていい間柄ではない。人間として育った自分と人外である彼女が簡単であるわけがない。 そうだと分かっていても、自分にはやはり植物はそこまで大層なものとは思えない。 飾り物だし、飾り物だ。彼女の髪にあう花の色を考えることも少なくない。 だけどそんな軽いものでないのなら、あのアイビーにはなんの意味があるのだろう。 命と同等のものに、何の思いを込めたのか。 だが、そこを深く考えたところでどうにもならない。 たかが花。されど花。 そう言われても所詮花。 花を贈られたのなら、花を返せばいい。 向こうが向こうのやり方できたのなら、こっちもこっちのやり方でもいいだろう。     ◇ 自分の年齢はまだ3桁に達しているのかいないかぐらいのはず。 自分の齢すら曖昧なのだからその間集めている本の冊数なんて把握できているはずもないが、花の本を買った記憶は微塵もない。 だが彼女はむしろ集めていたので花言葉の書いてある本は館の書斎にあった。 ぺらぺらとページを捲り、幾つもの花言葉が流れていく。 的外れの言葉はないけれど、的を得たものはない。 開いていた本をぱたんと閉じ、元の棚に投げやりに戻す。 そりゃ、ないか。 こちら側の当事者に1人たりとも人間がいないのだから。 ちなみに。 アイビーの花言葉だけは調べなかった。 どんな意味があってもいい。 大事なものをくれたという事実は変わらない。 よく考えたらそれでもう十分だ。     ◇ 「……」 特に意味もなくいつも通りテレビを眺め、喉が渇いたなぁと思って腰をあげたら部屋の入り口にへんなのがいるのを発見した。 顔を半分のぞかせて、じー、と静かにこちらを見つめている不審な人影。基、同居人。 「何してんだよ」 「あの……」 あのね、とやけに気の弱そうな声。 怒られることを予期している猫のような縮こまって、ドアにすがるように両手を伸ばしていた。 「お菓子作ったんだけど」 「失敗したのか? 珍しいな」 「ううん、失敗はしてないんだけど、その」 「ミスはしたって?」 「もう! 同じ意味じゃない!」 口をへの字に曲げた彼女はどうやら横に隠していたらしいお盆を両手にもち、しずしずと中に入ってくる。 乗っているのは2人分のカップと、大きめの皿。 その皿の中にはハートに似た洋菓子が少し山になっていた。 数日前に見たものと同じだが、色合いが違う。前回はパイ生地一色だった。 「あのね、アレンジしたくなったから作っちゃったんだけど……。ごめんね、この前出したばっかなのに」 「別に。好きにやれよ。勝手に食うから」 「そう言ってくれると助かるわ」 彼女は表情を綻ばせ、自分が作ったパルミエに一口齧り付く。 小さい動物のようにもぐもぐと口を動かし、それを飲み込むよりも前に「ん!」と声を張り上げた。咀嚼している最中なのでくぐもった声だった。 「なんだよ」 「あのコ! この前見つけたばっかの新しいコじゃない!」 そう言って、片手に食べかけのパルミエを持ったままもう片方の指で出窓を指差す。そこには男の手で白い鉢植えに植え替えられたとある植物が日光を浴びている。 彼女から受け取ったあのアイビーは自室の日当たりの良い場所に移したので今この場にはない。 「連れてきたの?」 「そう。遣る」 「私に?」 「そう」 そう、と彼女は真似るように復唱し、食べかけをひょいと口に放り込むと素早い足取りで手窓の鉢植えを両手で持って帰ってくる。 「この前のお返しかしら」 「……まぁ、そんなとこ」 「ほんと? 嬉しいわ」 機嫌を良くした隣の小さな笑い声に振り返らず、テレビのチャンネルを変えてみる。 パルミエ。 そう名付けたその植物は最近目を出したにもかかわらず、彼女に魔力に当てられあっという間に成長し、花をつけた。 花の形は珍しくない。離弁花で、花びらの枚数は6。 珍しい点はその花びらの色が変わることだ。 発見して数日しか経っていないので変色の理由はまだ分からない。とりあえず昼頃に濃い青だったものが3時頃の今では薄い橙になっているということだ。 「このコにパルミエって名付けてたわよね」 「適当にも程があるけどな」 「でも私は結構好きよ」 「まぁ、連続で作るぐらいだしな」 「じゃあ、なんでよく作るか、分かる?」 「………、簡単だからか?」 「そう。比較的お手軽だから」 彼女は花びらを静かに見つめながら、指先でツンツンと突きながら続ける。 「……そのぐらいでいいのよ。お手軽なことでいいじゃない。『永遠』とか『変わらない』とか、そういうのも素敵だとは思うけど。そんな改まったことじゃなくて、隣で話したいとか、そういう些細なことを願うだけでもいいと思うの」 それは『永遠』とか『変わらない』を成し遂げられるから、そう言えるんじゃないのか。 彼女からすれば永遠を共にしてくれる相手より、話の一つ一つに相槌を打ってくれるような手軽な相手が必要なのかもしれない。 別に、彼女が生きている間の時間の全てを望んだりはしない。 自分を想いながら永い時を過ごして欲しいとは思わない。それは自分にはできないことだから。 返せないことだから、してくれなくていい。 でも。 だから。 『死ぬまではいてほしい』。 そんなのは、些細なことではなさそうなので言えやしない。 言えないから言わない。 なんの意味も背負わされていない花に託しただけ。    ◇ 庭に置かれたガーデンチェアに座りながら、彼女は庭に咲き誇る我が子を眺める。 隣に座るのは客人。今日の用事は蜜でも葉でもなく、ただ彼女と世間話をしにきただけらしい。 客人は座ったまま足を伸ばし、足先をぷらぷらと揺らす。 「あんたはなんでその名前つけてもらったんだっけ?」 「名前をつけてくれたその人が私を『誠実な人だ』って褒めてくれててね。だからその意味を持ってるアイビーから名前を取ったらしいの」 「で? あんたはその意味を込めてあの坊やに渡したわけ?」 彼女は少し拗ねた顔で首を横に振る。 「あの子、なんでか知らないけどすごく難しく考えてるのよ。多分そういう性格なんだろうけど、どうも言われたことをお世辞として流しがちというかなんというか……」 「ふーん」 「私、何回も言ったのよ? 大事とか、大切とか、唯一とか、好きとか!」 拳を太腿に叩きつけた彼女に、客人は「はいはい」とそっけない言葉を返す。 「でもなんでか信じてくれてないというか、こう、ぱっとしないというか。変に遠慮してるところがあるというか」 「人外新入りだし半端者を受け入れてくれたあんたに対しては『世話になってる』いうのがでかいんじゃないの?」 「んんん……。でも私はそういうのじゃなくて、なんというか、こう、こう……」 手で大きなジェスチャーを繰り返しながら出てこない言葉を探す。 だが出てこないものは出てこない。 彼女は諦めて胸の前で両手をぐっと握る。 「なんて言ったらいいか分からないから、渡したのよ! アイビーを!」 自分と同じ名前の植物を。 自分の名前と同じ音の植物を。 どうか受け取ってほしい。 そう言って、渡した。 その行為に深い意味なんてない。 あるわけがない。 複雑にしたら受け取ってもらえるものも届かない。 伝えたいことは簡潔に。 でも。 だからって。 『私を貰って』なんて、直接言えるわけがない。
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