第1話 灰村シンディの夢

1/1
2人が本棚に入れています
本棚に追加
/10ページ

第1話 灰村シンディの夢

 パジャマ姿の灰村シンディは漂っていた……長い髪を漂わせ、まるで水に浮くかの如く空間をプカプカと……。  辺りを見回すと美しく晴れ渡る青空が広がっており、遥か遠くに時折流れ星が降ったり虹が掛かったりしていた。  空に浮かぶ雲は次々と姿を変え、ケーキや犬、猫などに姿を変えていく。 「これは……夢だ……」  覚醒夢……夢の中で夢を夢と認識する事を指す。  あまりにリアリティに欠ける現在の状況にシンディはいま自分が置かれている状況が現実ではないとすぐに見破った。 「私も相当疲れているのね……こんなメルヘン満載な夢を見るなんて……フフッ」  妙に落ち着いた物言いに乾いた失笑……彼女は感情表現が乏しいと周りによく言われていた。  しかしそれは彼女が望んでそうなった訳ではない。 「まだ私にもこんな甘ったるい夢を見たいという欲望が残っていたんだね……でも私にはもういらない、望んでも無駄……早くこの夢が冷めないかしら」  さもつまらなさそうにひとり呟くシンディ……夢を夢として楽しめないのは苦痛以外の何物でもなかった。  そして瞼をそっと閉じる……夢の中で眠れば逆に目が覚めるのではと考えたのだ。  しかし目を閉じているというのに眼前は明るいまま……いや、逆に徐々に眩しくなっていく。 「……っ!! 何なのよ?」  堪らず目を開けるシンディの前に眩く光る物体があった。 「これは……本?」  光の中に輪郭が見えた、ハードカバーのしっかりした装丁の本であることが確認できる。  その輝く本はシンディの胸元に移動すると急に力が抜けたように落下した。 「あっ……」  慌てて抱きとめると見る見る光が消え失せる……表紙を見ると『灰被り(シンデレラ)』と書かれている。 「私の苗字が灰村だからシンデレラ? くだらないジョークだわ……」 『おっと、乱暴に扱わないでくれますかなお嬢さん、本が傷んでしまいます』 「だっ、誰!?」  シンディが童話本を放り投げようとするとどこからともなくテナーボイスがした。  さすがのシンディもこれには驚き声を荒げてしまった。 『私ですよ、今あなたの手に掴まれているシンデレラの本です』 「本がしゃべるなんて、これだから夢は……」 『いいでしょう? 夢があって』 「笑えないわね」 『おや、お気に召しませんか? 今のは夢と夢を掛けたジョークなんですがね』 「外したジョークの解説なんて止めて……破くわよ?」 『待った待った!! 暴力反対!!』  開いた本の両側を掴んで捻じる動作を始めたシンディを慌てて制止するシンデレラの本。 「はぁ……まあいいわ、ところで何の用? 私の元に現れたってことは私に何か言いたいことがあるんでしょう?」  心底面倒臭そうに問う。 『これは話しが早い、あなたは聡明な方の様だ』 「おべんちゃらはいいわ、早く要件を言って」 『唐突ですがシンディ、あなたは今の生活に満足していますか?』 「本当に唐突ね、しかも教えてもいない私の名前を最初から呼び捨て……それにこの質問、私に喧嘩売ってる?」  シンディの表情が一気に険しくなる。 『無理に話さなくても結構……今の態度と表情で十分です』 「だったら何だっていうの?」 『単刀直入に言いましょう……シンディ、あなた力が欲しくはありませんか?』 「力? 何の?」 『何でもです、それこそ地位、名誉、富……その気になれば空を飛ぶことも、湖の水を飲み干す事だってできますよ』 「そんなどこかの泥棒の様なセリフ、信用できると思って?」 『フフフ、ではもう一声……憎い相手を亡き者にもできますよ? 何の証拠も残さずに……』 「………!!」  本の言葉にシンディの身体が震えあがり寒気が襲ってきた。 「あなた……さっきの名前の事といい私の心を覗いたわね?」 『さあ~~~何の事でしょうかね~~~』  わざとらしく大仰におどける本。 『冗談抜きで何でも出来てしまう全知全能の力ですよ? 手に入れておいて損はないと思うのですが……』 「………」  再びシンディの背中に冷たいものが走る。  暫く無言で考え込んだ彼女だったが徐に口を開いた。 「で、私はどうすればいいの? どうすれば私はその全知全能の力が手に入る?」 『素晴らしい!! やはりあなたは私が見初めただけの事はありますね!!』  拍手をするようにページを開閉して喜びを表現する本。 「いいから教えなさいよ」 『まあそう焦らずに……おっと、もう時間切れの様ですので続きはまた今宵にでも……』 「ちょっと!! 待ちなさいよ!!」  一気に辺りに光が充満して眩しさのあまり何も見えなくなると同時に、シンディの意識が遠のく。 「………はっ!!?」  ガバッとベッドから激しく上体を起こし目覚めるシンディ……見回すと見慣れた自分の部屋だった。 「おかしな夢……思い出すだけで寒気がするわ」  シンディは物凄く寝汗を掻いていた……まるでパジャマを着たまま水に飛び込んだかのように。 「やっと朝か……着替えなきゃ……えっ?」  無意識に胸の前に合わせていた両腕に抱きしめられていた物に気づく……それはあの夢の中に出て来た光輝くシンデレラの童話本であった。 「夢じゃ……なかったんだ……」  シンディの身体は更に輪をかけて汗だくになった。
/10ページ

最初のコメントを投稿しよう!