小さな男の子の伝言

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「今何を言おうとしてたのか、忘れてしまったみたいです」 郁弥さんが伝えると、大路さん夫婦も声をあげて笑い出した。 「しっかりしてるようでそそっかしいのは、誰に似たんやろうな」 「え?私は忘れっぽくないけど?そっちの方がよっぽど忘れてるやんか」 大路さんとご主人は、二人のときに使っているという関西弁で、お互いに言い合う。 関西弁のあたたかな口論に、蹴人くんも楽しそうにしていた。 「まあ、今話したのが、ぼくがわかってることの全部や。けど、やっぱ、わからんこともあるねん。せやから、ぼくがずっとここにおれるんかどうかは、わからへんなぁ。でも、どうせお父さんとお母さんはぼくのこと見えへんねんから、おってもおらんでも一緒ちゃうの?」 郁弥さんが通訳すると、大路さんは「そんなことないわよ」と大きく手を振って否定した。 「例え私達には見えなくても、みゆきさんや諏訪さんに来てもらえば、今みたいに蹴人とおしゃべりができるんですもの。これまでみたいな一方通行の会話じゃなくて、ちゃんと蹴人の返事が聞けるなんて、全然違うわよ。だからねえ、みゆきさん、もうここに住んじゃわない?」 冗談たっぷりに提案してくる大路さんだったけれど、心の片隅1センチくらいは、本気の思いだったのかもしれない。 「こらこら、今だって蹴人の話を伝えてもらうのに手間をおかけしてるんだぞ?無理を言うんじゃない」 そう大路さんを窘めたご主人も、もしかしたら本心では大路さんと同じことを考えているのかもしれない。 わたしは、このお二人のためにも、そして蹴人くんのためにも、いつでも通訳を引き受けようと思った。 そして郁弥さんも同じ気持ちだったようで。 「またお呼びいただければ、すぐに伺います」 控えめに、けれどはっきりと申し出たのだった。
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