プロローグ:出会いはある日の晩ご飯

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プロローグ:出会いはある日の晩ご飯

 「みんなー、おりてきて!ご飯よ」  キッチンから漂う美味しそうな油の香り。  今日の夕飯は、家族みんなの大好物・エビフライだ!    「はーい!」  私は2階からウキウキ気分で駆け下りた。妹と父も同じタイミングで降りてくる。  「いただきます!」  食卓の中央には、大皿に盛られたエビフライ。私と妹は、目を輝かせながら口いっぱいに頬張った。  「あ、最後の1匹」  妹が言う。あんなにたくさんあったのに、皿の上にはもう1匹しか残っていない。  「パパはもうお腹いっぱいだよ」  「あれ?おかしいわねー。4で割り切れる数しか作ってないけどなぁ。ママは6匹食べたわ」  「パパも6匹だ」  「私もよ!」  ママも、パパも、妹も食べたのは6匹だと言う。私だって、ちゃんと数えながら食べたから6匹だ。  「私も6匹……」  あっ、しまった!ここで5匹と言ってれば、みんなが納得の状況で7匹目を食べられたのに。  「ママもお腹いっぱいだわ」  私たち姉妹のどちらかがこのエビフライを食べることになりそうだ。ここは定番のじゃんけんかな?  「お姉ちゃん、来週百人一首かるたの大会があるでしょ?その練習に、どっちが早く箸で摘むかで勝負しようよ」  そう来たか!私は中学生、妹は小学生の部でそれぞれ出場する。妹もなかなかの強者だけど、私の方が勝つ自信はある!  「その勝負、乗った!」  そうして2人のエビフライ争奪戦が開幕した。  「せーの……エイ!」  2人がほぼ同時に箸を突き出すが、空振りした。  外した?いや、エビフライが動いた?  「もう1回!」  妹が素早く仕切り直しの一突きを繰り出すと、エビフライは皿から跳び上がった。  「やっぱり動いた!」  ダイニングの床に着地したエビフライを、家族一同は静まり返ってただ見つめる。  「しっかり火を通したけれど、まだ生きてたのかしら?」  ママは気が動転して意味不明なことを言い出した。そもそもエビフライのエビは頭がないし、ここは水中ではなくて陸地だ。火が通ってなくても生きているはずがないじゃんか!  「3秒ルール!」  とっくに3秒過ぎているのに、妹はそれを箸で摘もうと接近する。  「きゃっ!」  家族誰のものでもない声がした。エビフライの声?……とびっくりしていると、エビフライは飛び跳ねながらダイニングの外へ出て行く。  「待って!」  私たち姉妹は、箸を持ったままエビフライを追いかけた。妹は食べることをまだ諦めていないようだったが、私はただこの不思議な現象が気になり後を追いかけていた。  エビフライが動く?喋る?新種の生物か、超常現象か、何であれ発見したとなれば一躍有名人になれるじゃんか!  「食べられてたまるか〜」  妹に食べられる前に、生け捕りにすること。これが勝利の条件。私は箸を廊下に投げ捨て、必死で追跡した。  エビフライは階段を上っていき、私の部屋の中へ入ってゆく。  「うわっ、部屋中油まみれ」  妹と私は、エビフライを窓際に追い詰めた。すると、エビフライは窓から外へと飛び出した。  「お姉ちゃん、ちゃんと窓閉めとかなきゃ!」  渾身のミスだ。エアコンはまだ要らないくらいの暑さに、窓を開けて勉強していたが、晩ご飯が楽しみで閉めるのを忘れたまま食卓へ向かっていたのだ。  私たちはすぐ階段を駆け下り、靴を履き替えて暗い住宅街へと飛び出した。  「エビフライはエビだから、きっと水のあるところにいるはず!公園の池に行くわよ」  姿は既に見えなくなっていたので、妹はエビフライの生態?を推測して公園に向かった。  しめた!私がもしエビだったら、池なんかよりももっと広い海に逃げるわ。きっと川に向かったはず!  私は河原を目指した。放課後は少年たちの遊び場となっているが、夜は誰もいない。あるのは静けさだけだ。  「誰?」  川のそばに何かの気配がした。人ではない。もっと小さな、小動物のような……  「あなた、もしかして?」  そっと近づいてみると、食卓から逃げたエビフライだった。  何かに怯えて小刻みに震えている。  「怖いの?私は食べたりしないよ」  すると、エビフライが喋った。    「ちがうの。私、逃げようと思ってここまで来たんだけど、泳ぎ方を忘れちゃったの」  エビフライは水を怖がっていた。  「私は何のために生まれてきたんだろう……それがわからなくなっちゃったの」  何のため?エビフライの存在意義は、人に食べられることじゃないの?  「あなたたちに食べられそうになったとき、急に怖くなったの。それで逃げ出したのはいいけど、泳げないんじゃあエビとしても生きていけない」  そうか、食べられたくなかったから逃げたのか。それに、もし水に浸かったら、サクサクの衣がふやけてしまうし、頭とか脚とか、水の中で暮らすために必要な器官も今となっては備わっていない。  「私、生きている意味がわからないんだけど、だからといって死ぬのは怖いんだ」  エビフライの言葉は、どこか他人事とは思えなかった。自分が生きている意味?そんなの考えたことなかったな……  「ねえ、エビフライさん。私だって、自分が何のために生きてるのか、正直わからないよ?」  「え?そうなの?」  「エビちゃん……あなたのことエビちゃんって呼んでいい?」  「え?いいけど、どうして?」  「これから私と一緒に暮らそうよ!生きる意味がわからないなら、それを2人で見つけよう!」  ついさっきまでは捕まえて有名になることしか考えてなかったはずなのに、いつの間にかこの子と友だちになりたい!という気持ちになっていた。  「あなたはエビフライの姿をしてるけど、だからってエビフライとして食べられる必要はないし、エビに戻って海に帰る必要もないわ」  「それじゃあ、私はどうやって生きていけばいいの?」  「哲学とか難しいことはよくわかんないけど、とりあえず私が私であるように、エビちゃんはエビちゃんなんだよ!」  「私は、私?」  「さあ、一緒に帰ろ!パパやママ、妹にもちゃんと説明するよ」  「うん、ありがとう!」  エビちゃんは私の肩に飛び乗った。新しい友だち、そして家族となったエビちゃんとの生活が、これから始まるのでした。
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