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「成田さ、最近なんか元気なくない?」
突然、顔を覗き込まれた。
「え?」
「勘違いならいいんだけどさ。仕事で悩んでたりする? 今、まだいっぱいいっぱいだろうし、プロジェクトのほうは調整できるから言ってね」
大智は首を横に振った。
プロジェクトの仕事なんて、自分はなにもしていない。
むしろ————
「湯川さんのほうが何倍も忙しいのに、心配かけてすみません」
「いや、緊張感っていうか——気の張り具合が違うだろ。まだ慣れないことが多くて、精神的な疲れがでかいだろうからさ、成田は」
大智はもう一度、首を横に振った。
実務だってこんなに忙しいのに、プロジェクトの仕事も、彼が中心となって回しているのだ。
「湯川さんが気遣ってくれて助かってます。仕事も、大丈夫です。本当に……」
「そう?」
湯川はそれ以上、追及してこなかった。
それにしても、プロジェクト会議でたまに顔を合わせる程度の湯川に気づかれているとは思わなかった。
むしろ、大智自身も今、気づかされたのだ。
自分の体内にある鬱積したものが、いつのまにか滲み出て表面に出てきていたことに。
ガラス越しに見た自分は、疲れきっていて、目に力が入っていなかった。
「この前、メッセージ返せなくてすみませんでした」
湯川は、一瞬天井を見上げて記憶を辿り、あーと声を出した。
「あんなのわざわざ返事するようなこと書いてないじゃん。ってか忘れてたし。気にしてないから」
ラーメンの画像とともに送られてきた、たわいもないメッセージ。
返そうと思ってはいたが、あの日は結局、朝になるまで離してもらえなかったから、そのまま返信するタイミングを失ってしまったのだった。
「でも既読無視とか感じ悪いですよね。すみません……」
「思わないって。君らの世代は大変だね。既読無視したら絶交されるんでしょ?」
「さすがに、そこまでではないですけど」
「いやー、早く生まれててよかった。俺だったらそっこー村八分にされてるわ」
湯川が楽しそうに笑ったので、大智もつられて笑みをつくった。
彼は笑うと口角がきゅっと上がって、目尻が下がる。日向のにおいがしてきそうなその表情を見るたび、気持ちが不思議と穏やかになるのだった。
湯川は伸びをして空になった紙コップを潰すと、大智の頭をポンポンと2回、軽く叩くようにして撫でてきた。
「でも、なんか悩んでたら言って。ほんとに」
声が優しくて、穏やかで——一瞬、すべてを吐き出してしまいたくなった。
しかしすぐに思い直し、小さく「はい」と言うだけに留めておく。そのまま、窓の外に目をやった。
空はなにもない濃紺で、街にはぽってりとした光が点在している。まるで、空から一斉にこぼれ落ちた星が街に四散したかのような煌めきだった。
そして——それを背にして立っている湯川は、どこかチグハグして見た。
彼にはやはり、日向が似合う。
「よし、じゃーリフレッシュしたし、俺も戻ろ」
湯川が背を向けたとき、大智は背後でスマートフォンの画面を見た。
音からの連絡は入っていなかった。
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