彼はモテる。らしい。

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 毎年、新入社員の女の子たちが揃って顔を赤くしていくのがいっそ、面白い程だと浅岸の隣の席で仕事をする上谷は思っている。  ただ、特に、上谷と浅岸の二人が親しいわけではない。毎日机を隣にして、別の仕事をしているだけだ。簡単な挨拶程度を交わすだけの間柄である。  だから、乗った新幹線の中でも、とりたてて会話が弾むことなど無かった。最初からそういう予感しかしていなかった上谷は席に着いて早々にタブレット端末を取り出したし、浅岸も同じようにタブレットでニュースページを見ている。  今日の二人の仕事は、仕事と言えば仕事なのだが、平たく言えば単なる食事会である。  付き合いのある会社が新商品を発表するだとかで、二人は会場を賑やかす為だけにそこに向かう。他の支店からも何人かが向かうことになっているが、残念ながら、出席リストに、上谷の知人は一人も居なかった。浅岸についてはわからない。  上谷にとって、知らない場所に向かい、挨拶を交わし、ニコニコ笑って、食事をして、二、三杯のアルコールを飲めばおしまいの簡単なお仕事である。  降りたのは、上谷にとっては初めての駅だった。同じ日本の大都市、似たような風景だけれども、いつも利用する駅とはやはりなにかが違う。なんだか物珍しいと思いながら、彼女はスマホを取り出し、会場への案内地図を確認しようとした。 「こっちですよ、行きましょう」  地図も見ずに歩き始めた浅岸に、上谷はわかりにくく感嘆する。さすがだ、地図が頭に入っていたのだろう。仕事の出来る男は違う。………と、かなり称賛の言葉で心中は一杯なのだが、傍目にはうなずき、歩き出しただけだった。  向かうのは駅から歩いて十分程にあるホテルの、普段は結婚式の披露宴でもやっていそうな会場だ。床の絨毯の柔らかさは、上谷にとって非日常の、少々歩き慣れないものだった。  受付の前に………と、彼女は辺りを見回した。  背筋の良い、何をするのも落ち着いて見える彼女だから、キョロキョロというよりはゆったりと辺りを見回す、という表現がふさわしいだろう。 「俺、ちょっとトイレ行ってこようと思うんですけど、上谷さんはどうしますか?互いに荷物のあずかりっこでもしませんか」  何かを探しているらしい、と察して声をかけた浅岸に、上谷は表情を緩めた。上品な微笑みだと浅岸は感じているが、上谷は今、男性ってどうして、御手洗いに行く回数が少なくて済むんだろう、などとかなり下らないことを考えている。  だが、自分ばかりが待たせる訳ではないのだと、そういう意味で上谷がホッとしたのも事実で、それで大分表情が柔らかくなった。
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