重い翼

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重い翼

   一筋の光を放つ肩撃ち式の砲弾が、空を駆る少年の翼をかすめて抜けた。 「くっ――!」   焼けた匂いが鼻をつき、鋭い痛みが神経を焦がす。 「落ちるぞ!」  地上から、翼ある者の落下を見て、熊の如き巨躯に、黒くて鋭い爪を持つ兵士が声を放った。  木々の陰に潜んでいた熊の仲間たちが、それを合図に姿を現す。もちろん彼らは熊ではなく、獣の姿を組み込まれてはいるが、知性を持つ人間である。  そして、落ちてきた鷹の翼を持つ少年も――。  この大陸では、獣姿と呼ばれる獣の姿を組み込むことが、もはや不可欠となっている。普通の人間にはない能力を求めるためだ。  古き時代、この大陸にあった全ての文明を吹き飛ばす光が放たれた日から、そうして生き抜くことが定まったと聞く。  北には高い山脈の連なる高山地帯、東には高地と呼ばれる山岳地帯、そして、西に木々の茂る森林地帯、内陸部には砂漠、南東に草原、南西に湿地帯、そして大陸を囲む海……この大陸に伝わる神話では、神がそのように七つに分けられ、新たな生きる術――獣姿を組み込む知識をくださったのだと云われている。  それぞれの国――いや、すでに国と呼ぶには心もとない。古き戦で、人という種が滅びかけてから、どの国も人口は国という単位には到底届かず、精々、千単位の集落が、それぞれ国のそこかしこに散らばっている。一族、という単位が幾つか集まり、部族、そして国を形成しているのだ。  最後の光が放たれたのは、今も砂漠のまま木々の育たない、この大陸の中心であったらしい。  らしい、というのは、それはもはや遠い伝説でしかないからだ。  すでに戦争は長く続き、さまざまな人種が宿るこの大陸では、まるで己が神の如く、次々と人を神から遠ざける技術が発達してきた。  もはや人は、神と同じ姿ではないのだ。――いや、神とはただ神殿に飾り付けられているだけの者となってしまった。  神は、この地に降りて在りはしない――それが人々の全てとなった。  だが、以前、誰かが言っていた。神が降りて在る大陸もあるのだと――。信仰深く、神に祈りを捧げ、誰もが平和に暮らせる国がどこかにあると……。 「行きなさい……」  そう。確か、そう言った。 「ここは、(のち)に乱れ、死すべき大陸……」  あれは誰だっただろう。……友? ……家族? 「翼ある者が生まれし訳は、この大陸から逃れるため……。行きなさい、翼ある者よ。あなたがこの地より旅立つことに意味があるのです……」  とてもきれいな白い翼をしていた。あれは誰だったのだろう……。  陰鬱な森林地帯に朝の光が届く時間――。  目を開くと、緑の木々がすぐそこにあった。まっすぐ突っ込めば、翼も体も布切れのように引き裂かれてしまうだろう。  翼ある者は、渾身の力を振り絞り、傷ついた翼を大きく広げた。包むように風を拾い、その流れに乗って体を起こす。  落下を待っていた熊人たちが、その様子を見て目を見張った。 「逃げるぞ! もう一発撃て!」  声を聞いて、熊人の一人が肩撃ち式の砲身を肩に構える。遠い時代の遺物である。今も時々、土の中から出て来るのだ。  だが、翼ある者の飛翔は速かった。輝く陽光に吸い込まれるよう、あっという間に風をつかみ、砲撃圏外へと上昇する。  姿は、光に溶けて見えなくなった。 「畜生っ!」  熊人たちの悪態が聞こえた。心底、口惜しそうな口調である。 「せっかくの翼人を!」  あれはとても珍しいものなのだ。 「やはり、翼を持つ者が創られたというのは、本当だったんだな」  空を駆ける者を創るのは、全ての種族が試みて来たことだ。  だが、翼ある者を創ることは出来ても、実際にそれを使って飛ぶとなると話は別だった。飛ぶようには出来ていない重い人間の体を支え、それを苦にもせず自在に空を駆けることの出来る翼――。成し得ることは出来ないのでは、と言われてきたことだ。それをやってのけた種族がいる。  空を制することが出来る種族は、間違いなく戦争に有利だ。どの種族も欲しがり、手に入らないのなら消そうとする……。
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