ワケありお嬢様は今夜も俺のベッドで眠る。

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ワケありお嬢様は今夜も俺のベッドで眠る。

「今日も来てるぞ。今、シャワー中。」 22時。『お疲れ様です。』と言いながらフロントに出ていくと、俺より早い時間から勤務している先輩の柿崎(かきざき)さんに挨拶がわりに言われた。最近お決まりのやりとりなので、主語がなくてもバイト仲間の中で『お嬢』と呼ばれている彼女のことだと、すぐにわかる。 『お嬢』は毎日21時くらいに俺がバイトしているネットカフェにやって来て、10時間のナイトパックを利用して翌朝7時くらいに店を出る。 店内のシャワーをほぼ毎日利用している彼女だが、時々湯上がりっぽい姿で来店することもあるから、銭湯にでも行っているのか、男のところで入ってくるのか、なんて憶測も飛び交っていた。 彼女のようにPCを利用しない場合身分証の提示は必要がなく、PCがロックされた状態の個室を使うことになる。だから彼女の名前も年齢もわからなかった。 年齢は20歳の俺と同じくらいだろうか。色白の肌に胸まであるサラサラストレートの黒髪、上質そうな生地で仕立てられた清楚な服装、丁寧な言葉遣いでゆっくりと話す彼女は気品に溢れていた。 その浮世離れした雰囲気は歴史ある日本家屋や洋館が似合いそうで、ネットカフェ(ここ)にいると周りの風景が合成みたいに見えた。 「来始めてもうすぐ一ヶ月くらいじゃないか?ほんと、何やってる子なんだろうな。小説とかだと、本当は好きな男がいるのに、許嫁(いいなずけ)とか政略結婚で無理矢理結婚させられるから家出して逃げてるとかあるけど、それなら男も一緒に駆け落ちしてるはずだよな・・・俺見回り行ってくるから、フロント頼むわ。」 「はい。」 忙しくないこの店ではバイト同士で話すことも多く、常連客の中でも一際(ひときわ)異彩を放つ彼女の話は最近の格好のネタだった。 家出説の他にも、地方から出て来ている芸能人の卵なのではないかとか、本当はヤバイ仕事をしているのではないかとか、若そうに見えるけれど実は刑事でここで犯人を張っているのではないか、というものまで、皆勝手に色々想像して楽しんでいた。
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