one And Only

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「あっ、ぅ……んんっ!」  普段の性生活で抱かれることもあるらしいショウの部屋には、必要なものは必要なものとして揃っていた。もっと正確に言うと、必要以上にあれこれあった。  ローションはもちろん、ゴムはサイズ別でストックがある。こんなに要るってガチの遊び人かと思ったが、エチケットでしょ、と、さも当然といった顔で言われると、まあ、そうだな、以外に言えることはなかった。  備えあればなんとやら、ということなんだろう。たぶん。 「ひ……んぅっ、は、ぁ」  慣らすのにディルドは使うかと聞かれた時は耳を疑った。というか、そういうオモチャに縁がなさすぎて一瞬何を言っているのかわからなかった。  男同士の普通なんて知らないが、俺の記憶の中のセックスにそういう類が登場したことはない。 「……使わずにできることなら、使わない方向で」 「うん、わかった。ぼくも、ぼく以外がアオの中に挿るの、なんか嫌だし」  使ってくれと言っていた場合のことは、考えないことにした。 「はぁ、は、っぁ……はぁ……っ」  そんなこんなで全裸に剥かれてからこちら、体感五時間ほど尻の穴を解されている。あくまで体感だからそんなには経ってないと思うが、俺なんでこんなことになってんだっけと走馬灯観るくらいには長い時間だ。  ローションは大量に、惜しげも無く使われている。丁寧にやってくれているんだろうから、おそらく尻だけ弄られていたらここまで疲弊しなかったんじゃないかと思っているところだ。 「だいじょうぶ?」 「……っいい、かげんに……しろっ、よ、おま、え」  ショウは、尻だけに注力しなかった。まずはキスで、その後は俺の息子も触って俺の意識を散らしている間しか後ろには触れない。  キスしっぱなしだと酸欠になるし、下はイキそうになる度に手を止められる。休憩を繰り返し、追い詰められては息を整えるのは生殺しの拷問だ。しんどいにも程がある。  キスは気持ちいいがやりすぎて唇脹れそうだし、一人遊びもご無沙汰だったし体力落ちてるし一回イッたら寝落ちそうっていう懸念をされてるなら全面的に同意するが、それにしたってしんどい。 「おまえ、だって……しんどそうな、つら……っしてる、くせに」  脳内で変換する余裕はなくて、わりと早めに英語で悪態を吐くのは諦めた。日本語でも語調と雰囲気で半分くらいは伝わってるだろうが、困ったように笑われるだけだ。  ショウは途中俺を放置して取りにいったタオルと水差しに手を伸ばす。汗だくでぜぇぜぇ言ってる俺の顔や体を拭き、多少落ち着いたところで口移しで俺にも水を飲ませた。  こういう気遣いはするくせに、一向に前戯から先に進まない。指三本くらい余裕で挿ってんだろと思うのに、どこまで拡げたら終われるんだろう。 「そろそろ……だいじょうぶ、かな」  やっとか。本番スる前に死ぬかと思ったわ。  中から抜いた指を拭っているのを視界の端で捉える。ショウの呼吸がほんの少し震えているのに、気づいていた。  我慢、しているんだろう。俺が傷つかないように、怖がらないように。  初めてで気持ちよくなるのはきっと至難の技だ。だから、少しでも後ろへの刺激が快楽につながるように、徹底してキスやら手コキやらとセットだったんだろう。  推測だし、確認するのは怖いから聞かないけど。時々胸も触ってたの、開発する気でやってたら怖いから絶対聞かないけど。  優しくするなって言ったのに。優しいだけとは絶対言えないが、酷い仕打ちとも言えない微妙なセックスしやがって。 「アオ」  名前を呼ばれて、意識が戻ってくる。だいぶぼーっとしてた。  改めて、ショウが俺の上に覆いかぶさっている。怖くはない。けど、理性で本能をタコ殴りにしてそうなショウがしんどそうに見えて、無理すんなよ、と思う。  優しくするなって言っただろう。もっと、好き勝手抱けばいいのに。  ショウの頬に、疲労で震える手を伸ばした。どうしてだろう、涙は見えないのに、泣いているように見える。  キスの雨が降る、なんて小説でよくあるフレーズ、少なくとも、される側で実体験するとは思っていなかった。額、頬、鼻先、最後に唇に、触れるだけの少しだけ長いキス。  離れたかと思うと、額と鼻先をくっつけてショウが微笑む。 「アオ、好きだよ」 「……な、ん、っ!」  こんな場所で、こんなタイミングで言われたアイラブユーに驚いて反応が遅れた。いつの間にか膝は持ち上げられていて、熱の塊が押し付けらる。  混乱して、体は強張って逃げようとした。こういう時こそキスなり前触るなりしてごまかしてくれればいいのに、ショウの唇は下りてこないし、手は俺の手をベッドに縫い付けている。 「力を抜いて……呼吸、止めないで」  そう言われて意識的に呼吸を試みるけれど、どうも浅くなってしまう。そこへの意識を外せない。意識したままでも力を抜ければいいんだろうが、なかなか難しい。  上手くできない俺を責めるでもなく、ショウはゆっくりと呼吸を繰り返して待っている。待たれていると思うと更に焦るんだが。  落ち着け、と心の中で繰り返し、呼吸をショウのそれに合わせるように努める。吐いて、吸って、ショウといっしょに。  多少なりと呼吸が落ち着き、ショウと目が合う。あんまり必死そうな顔してるから、ちょっと笑えた。 「……しょ、う……っぁ」  挿ってくるのがわかる。散々拡げられたそこが受け入れているのは肉棒のはずだけど、そうじゃない何かがあった。欲とか感情とか、目に見えない何かもまとめて挿ってきている気がする。  自分の体じゃないみたいだ。中が勝手に反応して、動いて、ぞわぞわする。暴れそうになる体はショウに抑えこまれて、ぐるぐる渦巻くような衝動を発散できない。 「アオ……っ」 「っ、んぅ、っ……は、ぁ…………っはぁ……」  ぐぐ、と押し上げるような圧迫感の後、ショウが俺を抱きしめて動きを止める。拭いてもらった体はまた汗で湿っていて、肌が吸い付くみたいだ。水を飲ませてもらっていなかったら、脱水症状とか出てたかもしれない。  手は解放されたけど、結構な力で握られていたからか少し痺れていた。何度か握って開いてを繰り返して感覚を取り戻そうとする。  しばらく、ぼーっとしたまま呼吸するだけの時間が流れた。手の感覚が戻って、だからと言ってどうしたかったわけでもなくて、とりあえず首筋に埋まっていたショウの頭を撫でてみる。  柔い髪の間に指を差し入れてみると、地肌が少し汗ばんでいた。じわ、と胸のあたりが熱くなる。  抱きしめたい衝動と、そんなことを思っていると悟られたくない理性がぶつかって、結局バレませんように、と毛先に掠めるようなキスの真似ごとをした。  ギシ、とベッドが鳴って、ショウがゆっくりと顔を上げる。肘をついて、腕半分だけ体と体の間に隙間ができた。空気が触れて一瞬、体の前半分にひやりとした感覚が走る。  距離ができたことで、俺の手がショウの背に回った。その背も汗でしっとりしているが、体温が上がっているのかあったかい。  絞った照明の中でショウの顔は半分も見えないけれど、欲まみれなのはわかった。うん、やっぱりこいつ狼だわ。普段の羊面を思うととんだ詐欺師だ。  よくもまあ俺なんぞにそこまで欲情できる、と今更思う。見てられなくて下がった視線の先には、暗がりの中で繋がっている下半身があった。 「…………うわー」  ほんとに挿ってる。  英語で話すことにもだいぶ慣れたけど、こういう時に出てくるのはやっぱり母国語なんだなとか考えるのは現実逃避だろうか。  だって、相手に合わせてワオとかオゥプスとか出てこねえって。これなんかもう、うわー以外の感想ないって。 「だい、じょうぶ……?」  日本語的なうわーのニュアンスは多分わかってないんだろうけど、表情から察したらしいショウは眉を八の字にして困っているように見えた。まあな、挿れてうわーとか言われたら困るわな。  絵面にビビってしまっていたけど、懸念していた嫌悪感とか、そこからくるかもしれない吐き気とかはない。あるのは壮絶な違和感だ。これなにどうなってんの?ってそればっかりで、嫌だとか止めたいとかは思わなかった。 「……たぶん、へいき」  ちゃんと伝えておかないとダメかと思って、頭を英語に切り替える。挿ってさえしまえばあとはどうとでもなるだろう、という一仕事終えた感と相まって少し余裕が出てきたのかもしれない。  ショウにはあからさまにほっとした顔で息を吐かれて、こっちがいたたまれない。しつこいくらいに解されたから痛みも覚悟していたほどではなく、本当に平気なのが複雑だった。  ちなみに、見たら怖気付きそうな予感があったからショウの息子さんにちゃんと挨拶はしていない。ちらちらと視界の端に入っていたような気はするが、どれだけのモノが挿ってるのかは知らないままだ。  ビンビンなんだろうなっていうのはもう腹ん中で直に主張されてるからわかるんだが、俺の息子は逆に精気を搾り取られたみたいにへたりこんでいる。 「辛かったら、ぜったい、言ってね」  言ったら止まれるのかよっていう疑問と、言ったら血が出るほど歯食いしばってでも本当に止まりそうだなっていう予感が同時に頭を過った。そんな強がりも、下腹部の衝撃ですぐにどこかへ飛んでいく。  味わいつくすような速さで、確かめるように出入りされて、背筋を走るぞわぞわが止まらない。腹の間では俺の息子が揉まれていて、少しずつではあるが腰が重くなってくる。  腰を抱かれて引き寄せられると奥を叩く場所が深くなっていった。背が反って厚い胸板に受け止められる。背骨を数えるような指先につま先まで震えた。  俺の指がショウの肩甲骨を何度かひっかくけれど、掴むのも縋るのも上手くできない。体力が尽きてベッドに投げ出した腕をショウが拾って、首に掴まらせてくれた。  必然的に近くなったけれど、ショウは動ける範囲で俺の至る所を舐めたりキスをしたりしている。くすぐったいのに、たまにゾクっと腰に響く。  マグロ状態なのは、まあ予想の範疇なのだが、ジリジリと喉の奥に溜まっていくものがあった。ショウがあんまり献身的だから、よくわからん方向に対抗心でも湧いたのかもしれない。 「キスしろ」  上げっぱなしであんまり力の入らない腕でショウの頭を引き寄せて、耳元で小さく呟いた。心情的には、させろ、と言いたいところだが、キスミーの方が単語が少なくて済むから仕方ない。  反応がないな、というか動かなくなったな、とショウの様子を窺うが、息遣いも聞こえてこない。代わりに、至近距離にある首からドッ、ドッ、ドッ、と全力疾走している音が聞こえるのに気づいた。  その瞬間、気づかなきゃよかったと後悔する。  呼応するみたいに俺の心臓の動きが速まって。顔に血が集まって。あまつさえ後ろでショウを締め上げてしまって、中にあるモノの大きさとか、形とか、熱さとかを実感してしまう。 「っ、は……ぅ」 「っァオ、まって、イっちゃう……!」  制御できたら苦労しねえわと叫びたかった。つーかもうだいぶしんどいからむしろイってしまえよ、いろんなことに配慮してくれてんだろう相手に言うこっちゃねえけど遅漏か。  しばらく二人してゼェハァと呼吸を整えて落ち着くことに専念する。くそ、顔が熱いの引かねえ。 「ふ、っふふ……」  突然耳元で笑いだされた。え、なにそれ怖い。  なんで笑ってんの、と頭の上に疑問符飛ばしまくっていると、ショウが俺の腕の中で身じろいだ。力なんて入ってないから、ショウはゆっくりだが自分の意思で動ける。 「んむ。……っん」  なんだ、と思っているうちに口づけられた。押し付けて、食んで、舐めて、そっと入ってきた舌先を受け入れる。  別に、キスとか好きじゃなかったはずだし、そのせいか上手く応えてやれるわけでもない。それでも、与えられる愛撫は胸を満たして、稚拙でも応えたいと思えた。 「アオ、口ちっちゃいよね。かわいい」  うるせえ、お前がでかいんだ。つーか舌長えんだよ苦しいわ。  ほとんど唇がくっついたままの距離で微笑まれる。返す悪態は音にならずに呑み込まれた。  裸を見た時と似たような思いが頭の端を掠めるけれど、考えないことにする。満足させてやれないんじゃないかとか、そんなのは杞憂だと下半身が証明しているからだ。男の体はわかりやすいったらない。 「アオ、好きだよ」  キスは深く、けれど激しくはない。お互いの呼吸を邪魔しないように、譲り合うように、角度を変えて、時々離れて、何度も交わった。  代わりに、腰の動きは少しずつ速くなっていく。ギリギリまで出て行って、ぐっと押し入ってくる度に、やっぱり中が勝手に動いた。ショウを覚えていくみたいに、感覚が少しずつ冴えていく。 「そばに、いたいよ」 「っぁ、あ!」  腹に揉まれて半勃ちだったそれをショウの大きな手が握り込む。上下に扱いて、先に甘く親指の爪を立てて、裏筋を人差し指で撫で上げて。  長ったらしい前戯の間に、俺の息子はショウの手が気持ちいいことを覚えてしまっていた。今度こそ、寸止めなんてせずに絶頂まで連れて行ってくれるのがわかる。  唇が離れて、ピアスだらけの耳に熱い息がかかった。 「きみの唯一に、なれたらいいのに」 「っひ、ぁあ、……っ!」  ようやく解放を許されて、視界でバチバチと星が弾ける。思い切り締まった中でショウが無理に動くから、視界が明滅して頭痛がしそうだ。  最後に奥の奥まで穿たれて、電池が切れたみたいに動かなくなる。動かないだけで、痛いくらい抱きしめてくる腕の強さは変わらなかった。  首筋を熱くてざらついたものが撫でて、ちくりと走った痛みで思考が戻ってくる。あったかい何かが肌を伝い落ちた。  ぼんやりと、波紋のように何度も、イク直前のショウの言葉が俺の中に広がって溶けていく。 「……ん」  ばかだな。こんなん許すの、おまえ以外にいるかよ。  何度目なのかも覚えていないが、半分無意識にショウの頭に手が伸びる。 「そばに、いてよ」  撫でようとした手が髪に触れる直前に聞こえた、小さな、俺を求めるショウの声。震えるそれに、心臓が鷲掴まれるような息苦しさを覚える。目尻から熱が滑って落ちた。  なんだ、泣いてんのか、俺。  生理的に流れてたらしい涙の跡を追うように、ぽろぽろ涙が溢れていく。泣くとスッキリするって本当だな、なんて、久々すぎて忘れていたことを思った。  涙が落ちるたびにクリアになっていく頭で、一つ覚悟を決める。鈍らないように、ショウに触れたかった手は握り込んでベッドに沈めた。
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