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「ホントですか?」
「あ、ああ、ホントだ! そんな凄い魔法を見せられたら、手を出す気はなくなるだろっ!」
グリッグの真剣な表情を見て、嘘はないと感じた。
それにコイツはこの街のギャングのボスだ。
コイツを痛めつけて、もしもギャング団に逆恨みされたら……
これからもこの街で暮らす、ジャックにもとばっちりが行くかもしれない。
だからコイツをとことんまで追い詰めるべきではない。
俺はそう考えて手を下ろし、魔法の発動は取りやめた。
「グリッグさん。僕たちは、今からこの街を出ます。だから安心してください。もうあなたの子分たちに関わることはありません」
「あ、ああ……そうか。お前さん……いったい何者だ?」
「僕ですか? 僕は無能でブ男の……しがない召使いですよ」
グリッグはきょとんとしている。
まあいいや。
俺の言ってることは、よくわからなくて当たり前だろう。
「そうか。あんたが相手なら、アイツらがコテンパンにやられるハズだ。そりゃ、アンタみたいな人にケンカを売ったアイツらが悪い。あはは」
店の扉から、ジャックとマトリカが慌てて飛び出してきた。
二人は和やかに笑ってるグリッグを見て、きょとんとしている。
「アストラ……無事だったのですね」
「あ、はい。彼はわかってくれました」
「そうですか。それは良かったです」
マトリカは穏やかな笑顔を浮かべる。
彼女を心配させたくないから、俺もホッとした。
「じゃあジャック。改めて……世話になったな。そろそろ出発するよ」
「ああアストラ。気をつけてな。どこに行く予定だ?」
「決めてないが……遠くの町だ」
「そうか。じゃあまた。マトリカもな。また会える日を楽しみにしてる」
「はい、ジャックさんもお元気で」
俺とマトリカは歩き出した。
マトリカは何度も振り返って、ジャックにいつまでも手を振っている。
ホントに心優しいお方だ。
これから俺たちは、王宮の目が届かない、どこか遠くの町を目指して旅をする。
そしてマトリカの自由を手に入れるんだ。
そういう場所を見つけたら、俺はどうするのか?
マトリカと一緒にその町で暮らすのか?
それともマトリカを一人置いて、またどこかに旅をするか?
それはまあ、その時になったら、また考えればいいさ。
いずれにしても、この王都に戻ってくることは、もう二度とないだろう。
俺はそう思いながら、町並みを見渡した。
マトリカも同じように周りを見回している。
彼女も、同じことを思っているのだろうか。
しかしまあ、いずれにしても。
王宮でのマトリカの辛い生活に比べたら、自由で穏やかな日々になるはずだ。
そう考えて、俺はまだ見ぬ俺たちの行き先の、青い空を見上げた。
== 完 ==
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