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「リビングにいたんだね。なにか飲む?」
ドアのほうから声がして、慌ててスマホをテーブルの上に戻した。嫌な汗が背筋を伝っていく。
「俺はビール飲むけど、紗友里は?」
「あ……わたし、お酒は、いいです」
彼に背を向けたまま、からからに乾いた声で答えた。いま見たのは幻じゃないよね?確かめたいけれど、怖くてできない。そもそも、すぐ後ろに侑一さんがいるのだ。スマホを勝手に見るなんてマナー違反だもの、見なかったことにしなくちゃ。
「そう?じゃあ、お茶にしておく?喉渇いたでしょ」
「はい……」
──また仕事でよろしくね、ってことは、会社の人なのかな。今日はありがとう、っていうのは仕事の話?でも……。
「侑一さん、今日は」
勢いよく振り向くと、彼はグラスに麦茶を注いでいるところだった。「どうしたの」と目を丸くしてわたしを見ている。
「今日は……軽く飲んでくる、って言ってましたよね」
「うん。飲んできたよ。ほら、川田とよく行く店。紗友里も行ったことあるでしょ」
「ひとりで……ですか?」
一瞬、その奥二重の垂れ目が泳いだ気がした。何秒も経たないうちに、「ひとりだよ。さっと飲んで帰ってきた」と返される。
「そう、ですか」
──嘘じゃない。侑一さんは、わたしに嘘なんてつかない。本当にひとりで飲んで帰ってきたんだ。そうに決まっているじゃない。
「それより、バタバタしてたからお祝いできてなかったよね」
「お祝い?」
「紗友里、今年も忘れてるの?俺たち、付き合い始めて2年が経ったでしょ」
彼は左手に缶ビール、右手に麦茶の入ったグラスを持って、わたしの隣に腰を下ろした。
「来週は紗友里の実家に行くから──その次の週、なにかおいしいもの食べに行こうか」
金曜日の仕事終わりだと、紗友里が大変だよね。土曜日にして、一日デートしようか。どっちがいい?髪に優しく触れられて、肩が大げさに震えてしまう。
「えっと、どっちでも……あっ」
「どうしたの?都合悪い?」
「いえ、金曜日に札幌で会議があったなって思い出して」
確か昼からの会議で、16時ごろには終わる。微妙な時間だから直帰してもいいよ。課長にそう言われていたことを思い出した。
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