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眩しい春
せっかくのひとり暮らしだし、色々と工夫してみることにした。
携帯の充電器は勉強机のそばにおかないようにして、テレビも視界に映らないようにしよう。不合格通知は玄関のすぐ近くの壁に貼った。
悔しかった想いを忘れないために。
だけどいまのわたしは悔しさよりも、怒りの感情のほうが強かった。
だれに対してかって。
それはもちろん、おとうさんに対してだ。
「おかあさんは結婚する相手、まちがえたと思う」
透明ひもでダンボールを束ねるおかあさんに言った。
重い荷物を運ぶのにくたびれたおとうさんは「ちょっと休憩」と出ていったきり行方不明だ。
携帯には『探さないでください』のメッセージ。どうせ競馬かパチンコだろう。
愛はお金で買えないけれどお金で伝えられる愛がある。
そんな名言をくれた人には、とても思えない。
わたしは春一番に吹かれながら、予備校のパンフレットを眺める。
そこに書かれた成功体験は読まずに机に戻した。
来年はかならず合格するために。
友達は必要最低限しか作らないようにしよう。
恋愛なんてもってのほかだ。
この一年間は、自分をきびしく律するんだ。
「ねえ、約束して」おかあさんは貯金通帳を手渡しながら言う。
「簡単でもいいから毎日連絡してね。ご飯はしっかり食べるのよ」
「おかあさんこそ、うーたんの世話はしっかりね」
うーたんは我が家で飼っているウサギさんだ。
ネザーランドドワーフという凛々しい品種名に反して、全身が綿菓子のようにもふもふして愛らしい。
うーたんに逢えないことを思い出すと、途端に悲しい気持ちにおそわれた。
「ごめん。寮のなか、見てくるね」
わたしはあふれる涙をこっそり拭いながらエントランスまで降りた。
壁に掛かっている施設案内を眺めながら気持ちを落ち着ける。
そうしているとマロン色のロングヘアーの女の人が入口からやってきた。
すごく大人っぽくて垢抜けている。
「こ、こんにちは。今日から引っ越してきた、井上 恵実です」
その人はきょとんとした表情のあと笑顔を咲かせた。
「はじめまして。わたしは保科 未奈。未奈って呼んでね」
なんて素敵なほほえみなんだろう。その表情があまりに眩しすぎて。
わたしは彼女の友達になりたいと願ってしまった。
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