1.プロローグ

2/15
133人が本棚に入れています
本棚に追加
/269ページ
 この二年半は夢か幻だったのかもしれない。  入院している母を見舞い、その帰り道に銀行へ立ち寄ったルーカス・ブラナーは、潤沢とは言いがたい預金残高に溜め息をついた。彼一人が暮らすには十分だが、母にかかる医療費のことを考えるとあまりにも心許ない。 父を早くに亡くし、女手一つで育ててくれた大切な母。幾人かの男性と再婚を視野に交際していたこともあったが、結局はどれもうまくいかなかった。その原因が自分にあることを思い出すと、ルーカスは今でも叫びたいような衝動に襲われる。  ハイスクールを卒業した後、大学へ進むための資金を得るために働き、二度目の挑戦で念願の名門大学へ入学。ジャーナリズムを専攻し、将来は新聞記者になりたいと思っていた。 そんな中、友人に勧められるまま趣味で書いていた小説をコンテストへ応募。そのSFファンタジーは見事一等に輝き、ルーカスは思いがけず作家としての道を歩むことになったのである。  賞金と出版の契約金で心臓を患った母を入院させることができたのは幸いだったが、詳細な検査の結果は思わしくないものだった。アメリカには皆保険制度というものがなく、貧しいブラナー家には任意保険に加入するだけの余裕など当然ない。高額な医療費はこうしている間にも容赦なく(かさ)んで行くのだ。
/269ページ

最初のコメントを投稿しよう!