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そこに聞こえるのは、男の荒々しい足音と怒号と、小さなすすり泣く声だった。
扉の向こうから漏れ出てくる光を頼りに床を這っていた少年は、しゃくりあげながら男を見上げる。少年を見下ろす眼光は鋭い。
「ご、ごめんなさい……」
呻くように話す少年の鼻声が、皺だらけの服やページの折れた開いたままの本の散らかった暗い部屋の中に滲む。男はピクリと眉を動かした。
「ごめんなさい?」
少年の言葉を鼻で笑って、男は目の前の壁を力強く蹴る。大きな音に、少年はびくりと肩を揺らして震えた。
白い漆喰の壁からは、衝撃を受けて剥がれ落ちた砂が日に焼けて色のくすんだ床にぽろぽろとこぼれていく。壁には男が蹴り上げた跡が幾つもついており、白い壁は灰色の足跡まみれになっていた。
「何がごめんなさいなんだ? 言ってみろ」
低く唸るその声に、少年は両腕で自身を抱えて黙る。震えている唇は、前歯に噛まれて異様に赤く変色していた。
「言えよ、おい」
獣の咆哮のような音に、少年は抵抗するすべなく脳を揺さぶられる。白い屑まみれの生ぬるい床に横たわったまま、過ぎていく時間にただ身を任せた。
「……」
視線の定まらない瞳は、真夏の空き家のような虚無を湛えてからんと乾いている。腕を握る傷だらけの両手のひらが、重ねられることはない。
当然だった。
彼には、涙を流してすがるような人間も、手を合わせて祈るような神も、いないのだから。
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