第1話 逃げの選択。

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第1話 逃げの選択。

「どうしても行くのか?」  華美や豪奢などという形容詞はとてもつかない簡素な、しかし庶民からすればあまりに巨大な三台の箱馬車の前。髪に白いものが混ざり始めた黒髪の、明らかに貴族であろう、整った装いの男が、そう問いかけた。長身の、こちらもまた貴族然とした若い青年に。  青年はふっと小さく笑うと、ゆっくりと姿勢良く、その頭を下げる。 「この度は、度重なる面倒事を処理して頂きありがとうございました。ダリス叔父上」  柔らかく低い声が、ゆったりと紡がれる。ダリスと言われた男は、何かを諦めたような表情で小さく息を吐くと、「いや、気にするな」と応えた。 「可愛い甥っ子の頼みだ。……ただ、ラティティリス王国への留学、か……」  若い頃は女性たちが放っておかなかったであろう、年齢を帯びてもなお艶めいた表情が曇る。青年もまた、彼の言葉に同じように表情を曇らせていた。「叔父上……」と、小さく呟いていて。  ダリスはそんな青年に小さく笑いかけ、「いや、すまんな」と言って、軽く首を横に振った。 「どうしても、思い出してしまってな。あの子のことを。……ザイル。お前には決して有り得ないだろうと思う。必ず戻ってくるんだぞ。あの子のようにだけは、ならないでくれ」  静かに続けられた言葉は、切々とした願いが込められているように聞こえて、ザイルは一つ、頷いた。「もちろんです」と、応えながら。 「俺は必ず、この国に帰ってくる。少しの間、この国をよろしくお願いいたします」 「……ああ。待っているよ」  ダリスが頷くのを最後に、ザイルは三台の箱馬車の内、真ん中の一台に乗り込む。  ダリスの他に、誰の見送りもない中で、ザイルを載せた箱馬車は、ゆっくりと、西へ向かって動き出した。
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