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翌日。
いい天気になった。空も川も透き通るような青だ。
おれは警邏艇を白亜鉄橋の桟橋に係留させた。
白黒の猫を抱いて、土手の階段を昇っていく。
蕎麦屋は、土手の上を走る道路沿いにあった。紺色ののぼりがはためいている。客用駐車場はがらんとしていた。
まだ開店前らしく準備中の札がぶら下がっていたが、脇の勝手口からは仕込み醤油のいい匂いがした。
勝手口のアルミドアをノックすると、白い無精ひげを口の周りいっぱいに生やした顔がのぞいた。八十歳くらいに見えた。
「はい、どなた?」
男は無愛想でかすれた声をだした。
「河川警邏隊の紺野と申します。ちょっと、お時間よろしいですか」
おれはライセンスケースのバッジを見せた。
男はきょとんした目でおれを一瞥し、胸元に抱かれた猫に気づき、ぎょっとした表情になった。
おれは猫をおろすと来訪の理由を告げた。
「ずっと昔からここで商売をしておりました。わしらに子供はいないし、しいていえば猫をペットにするぐらいで・・・どうぞ」
店主の神田寅雄は麦茶のコップをテーブルに置いた。おれはタバコのヤニと厨房の油で黒くなった天井を見上げた。壁の茶色い品書きは、昔はもっと白くて清潔だったんだろう。
猫は客席の隅で丸くなって寝そべっている。耳だけをとんがらせて、我々の会話を聞いているみたいだった。
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