序章

1/10
25人が本棚に入れています
本棚に追加
/22ページ

序章

 時計の音が、広い室内に響き渡る。  大きな窓からは陽光が降り注ぎ、室内の豪奢な調度品たちを照らし、その細やかな装飾を輝かせていく。部屋の中央には大きなテーブルと、ふかふかのソファ。それぞれ、金細工まで施された、一目でわかる一級品だ。  そのテーブルの前には、銀色の髪を揺らす青年が静かに腰かけていた。 「イルザ、紅茶のおかわりを」 「はい、リントヴルム様。ただいまお持ちいたします」  リントヴルムは、夜のように深い青の瞳を側に控える私に向けて、呟くように命じた。  メイドとして主たちの世話を命ぜられている私は、深々とお辞儀をして、リントヴルムの求めに応じて、お茶を淹れようとポットを手に取った。  すると、テーブルの周りで暇を持て余していた人物たちが、次々と私の方に振り返った。  最初に、大柄な体躯で燃えるような赤毛の青年が、鼻息荒く言った。 「イルザ、体が鈍ってしまう。少し鍛錬に出てもいいか」 「いいえ、こちらでお待ちいただきますようにお願いします、レオンハルト様」  次に、絹糸のような艶やかな金の髪を指先で弄ぶ涼やかな目元をした青年が囁くように言った。 「イルザ、いつまで待てばいい? 退屈だ」 「もう少々お待ちください、ウィルバート様。よろしければ、私がカードのお相手でもいたします」  今度は狼のようなグレーの髪をツンツン逆立てた少年が、苛立ちながら乱暴に言い放った。 「イルザ、俺はもう行くぞ。どうせ俺には縁がないだろ」 「いいえ、アドルフ様。今日は最後までお部屋にいるようにと、陛下の(・・・)、仰せです」  ”陛下”の名を出した途端、其の場の全員がぴたりと動きを止めた。  その言葉を口にしたメイド……すなわち私、イルザは、こうなることを見越して言った。  ”陛下”とは、この国……ティエルスハイム帝国の皇帝を指す。名君と名高い第6代皇帝は、彼らの父親でもある。  つまりは、ここにいる4人の青年たちは、皆この国の未来を担うであろう皇子殿下なのだ。  彼らは皆、父親への畏怖と、偉大なる指導者への畏怖、二重の恐れを抱いているのだ。  だが今、彼らが待ちぼうけている人物は、彼らの父親ではない。今日、初めて顔を合わせる人物だ。  彼らは全員、その人物に会うことに気乗りしないようだが、父の言いつけとあらば従うほかない。  だからこそこうして文句を言いながらも大人しく待っているのだが、それにしても予定の刻限を過ぎて久しい。  相手が大遅刻をしているのか、ここに来るまでに何かの用事で足止めを喰らっているのか……王宮内は些末なことでも色々と手続きが重なり面倒なので、ありえなくはない。  では待っている間に、この世界について、今のこの状況の経緯について、少しご説明しましょう。  差し当たっては……私がこの世界に転生(・・)してきた経緯から……。
/22ページ

最初のコメントを投稿しよう!