第2話 東京悪魔と原理主義の吸血鬼

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第2話 東京悪魔と原理主義の吸血鬼

 生まれながらに東京という結界に閉じ込められて29年。俺は魔力こそを持たないが、当然、その肉体の構造は下等な人間共とは出来そのものが違う。人間共に亡霊を見ることが出来るか? 人間に化け、人間に害をなすモンスターやクリーチャーの変身を見破ることが出来るか? 虫けらの如き人間共には虫けらの違いなどわからないだろう。 「おい貴様」  と夜の原宿で若い男女の間に割って入り、185cmの高さから流行りの草食系男子の装いの男を睨み付ける。 「貴様に用がある。来い」  腐っても俺は悪魔、その悪魔が威圧的に眼光を飛ばすのだ。俺に比べれば人間の眼光など赤子同然。当然男は縮み上がって犬のように俺に従うほかない。娼婦のように肌を露出した服装の女の方はその眼光が己に向けられていないにもかかわらず、尻尾を巻いて裸足で逃げ出した。邪魔者がいなくなったところで、俺は男の方に改めて向き直る。あまりの恐怖に男は今にも失禁をしてしまいそうなほど全身を震わせている。 「このロールキャベツ系男子が! 大方、この後あのヒトのメスをお持ち帰りしてホテルで一発決めた後、腹いっぱい血を吸うつもりだったのだろう! ホモサピエンス共の血を吸うなら、もっと上手くやれ! 殺すなど論外だぞ! 警察に捕まりたいのか! このうつけが!」  怒鳴りつけると、若い吸血鬼は俯き、肩を落として反省の意を体現した。 「俺の知り合いのクォーターの吸血鬼はなぁ! 共存するために人間社会に潜り込み、医者として働きながら輸血用の血液を報酬として受け取っているのだ! 見習え! 馬鹿者が!」 「でも、それはアンタの知り合いが人間共に媚びた恥さらしの吸血鬼で、クォーターだからっすよぉ。俺は、違うんです。純血の吸血鬼なんです。ハーフやクォーター共と違って飲まなきゃいけない血の量も多いし、日光を浴びると死んでしまうから夜しか行動できないんですから……」  口の中でしゃれこうべでもしゃぶっているのか、モゴモゴと言い訳をする若い吸血鬼。 「だからこそもっと良いやり方を言うものを見つけろと言っているのだ! 貴様一人が警察に捕まれば、仲間も芋づる式に捕まっていくぞ! 純血の吸血鬼は今は珍しいのだろう! 貴様の失態でその血族が根絶やしにされてもいいと言うのか!」  説教に逆上したのか、身を窄めてしまっていた吸血鬼の青年は急に態度を翻し、真正面から俺と血のように真っ赤に染まった目で向き合った。 「あんたに言われなくてもそんなことはわかっている! だが純血の吸血鬼が生きていくのには辛い世の中にだってことをあんたはわかっているのか? 今、純血の吸血鬼がどれだけまずい状況なのか!」  よほど過酷な状況に追い込まれているのか、吸血鬼の青年は相手が悪魔だと言うのに牙を剥いて啖呵を切る。 「あんたは、今が何月か知っているのか?」 「ふざけているのか貴様。4月に決まっているではないか! 上野公園の桜ならまだ見ごろだぞ」 「やっぱりあんたはわかっていない。いいか、俺たち純血の吸血鬼は夜しか行動できない。だがもう4月。6月の夏至に向かってどんどん日が伸びていくんだ! それが意味することが分かるのか!」  夏至は、一年の内で最も日照時間の長い日だ。一年で最も日照時間が短い日、冬至と比較すれば、冬至の午後6時はもう黄昏もマジックアワーも終えた夜。しかし、夏至の午後6時はまだ日が高く、これから黄昏を迎えようかという時間帯。夏至の午前四時は東の空が白み始め、認識次第では朝のあるのに対し、冬至ではまだ一面が闇に包まれる深夜でもある。 「そうか。貴様ら、夏になると活動時間が著しく短くなってしまうのだな」 「やっとわかってくれたか! 人間のお前に、真夏の深夜にあっちこっちの女子トイレから使用済みナプキンを盗んで何とか命を繋ぐ辛さと情けなさがわかるか!」 「俺は人間ではない。悪魔だ」  声に凄みを利かせ、吸血鬼の青年を威圧する。 「あ、悪魔だと? やはり、ただの人間ではないと思ってはいたが……これまでの無礼の数々、申し訳ございません」 「頭を上げろ、気にするな。しばらくは魔力を使う気はない。そう、しばらくはな……それに、来るべく終末の時には貴様ら吸血鬼にも人間殲滅の手を借りることになる。この程度のことで、俺の起こす大いなる災いの際の配下をここで消すこともあるまい」  悪魔と聞いて吸血鬼の青年はさきほどまでの勢いを失い、恐怖でだらしなく口を開けて震えている。 「貴様らを救済してやろう」 「救済? まさか」  人間共を皆殺す。思う存分血を吸うがいい。と、言ってやれたらどれだけよかったか。今の俺にそんなことをする魔力はない。 「貴様と貴様の仲間には、身を隠す場所はあるのか」 「全員、住処は持っていますし、全員が集まれる一応アジトも用意してあります」  悪魔と聞いた途端に吸血鬼の青年は態度を翻した。そうするのが自然な反応だ。吸血鬼は所詮、現世の中級、悪魔は地獄の上級だ。吸血鬼と悪魔の格の差は歴然だ。やはり、吸血鬼程度の下等生物には、俺の武器は悪魔の血だけでも十分のようだ。 「場所はどこだ」 「池袋に」  よし、山手線の内側だ。 「わかった。貴様ら全員、6月までに出来る限り血を集めるのだ。だが、決して人を殺すことは許さぬ。その場で必要以上にその場で飲むことも許さぬ! だがそれ以外ならば病院から盗むもよし、女子トイレから盗むもよし、生レバーを集めるもよし! 献血者を募るもよし! とにかく、警察に捕まることなく可能な限り血を貴様ら全員で東池袋のアジト集めるのだ!」 「それで、どうしろと!」 「6月に入ったら貴様ら全員で腹いっぱい血を飲むがいい。そして貴様らは秋分を迎えるまで冬眠なら夏眠に入るのだ!」 「夏眠ですか! お言葉ですが、そんなに眠り続けていたら、もしヴァンヘルシング共がアジトに踏み込んできた時も何も対抗できません!」 「案ずるな。この俺様が定期的に貴様の安全を確認しに行ってやる。夏眠中に目が覚めて空腹で動けずただ餓死を待つ者にもこの俺様が血を飲ませてやろう」  吸血鬼の青年は目を丸くし、また口をあんぐりを開いた。 「あなたはすごいお方だ……せめて、名をお聞かせください!」 「フン、俺のことはヴェルフェゴール、青山(あおやま)ヴェルフェゴールと呼ぶがいい」  吸血鬼の青年は片膝と拳を地につけ、屈服の意思表示を見せる。 「来るべく終末の時! 我ら純血の吸血鬼一族は、我らが主ヴェルフェゴール様の手となり足となり、このご恩に報いくことを誓います」 「そんなことはどうでもいい。さっさと夏眠の準備をしろ」  シッシッと犬コロでも追い払うように手を振るが、その手を止め、走り去る吸血鬼の青年を呼び止め る。 「いざという時に連絡が取れぬのでは困る。連絡先を俺様に捧げろ。フン、生意気にスマホなど持ちおって。赤外線はどこだ」  吸血鬼の青年は連絡先を交換し終わるや否や、あっという間に人ゴミの中へと疾風のように消えていった。  6月にこれから夏眠を始める、とメールが来た時はそのまま無視をしたが、誰一人欠けることなく秋分を迎え、夏眠から覚めることが出来ました。これから吸血鬼の季節が始まります。全てヴェルフェゴール様のおかげです。まるで天使のようなお方です。とメールが来た時はこの俺を侮辱しているのかと腹が立ったが、思わず目頭が熱くなり、 「全員無事と聞いて安心した。これからは貴様ら全員、こうやって夏を避けると良い」  と返信をしてしまった。  冷たい秋風が吹く。今は涼しさを感じさせる風が、直に人間共には一陣の風にすら身を縮こませなければならない時期が来る。寒さと、吸血鬼の恐怖に。
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