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8話
ソファーに座ってからも、さっきの事が頭の中を占めている。
聞いてみようか…
でも、なんて聞くの?
「どうかしたか?難しい顔してるが。」
「あ…その…」
「ん?何かあるなら言ってみろ。」
どうしよう…聞いてもいいのかな。
でも、聞きたいけど知りたくないような…
…そうだ。
「…ずっと、気になってたことがあるんですけど。」
「何だ?」
「課長は、何でお一人でこの広い部屋に住まれてるんですか?」
「…それは…」
もしかしたら、以前に結婚していたか、同棲していたんじゃないのかなって思ってて。
だからファミリータイプの部屋に住んでるんじゃないのかなって。
「…俺がここに住んでいる理由はな、昔結婚しようと思ったことがあるからだ。」
「結婚しようと思った…?」
じゃあ、結婚はしなかったのかな。
でも、どうして?
「まだ20代の頃の話だ。結婚が決まってすぐこの部屋を借りたんだ。だが、結局結婚はしなかった。」
「…どうしてですか?」
「…お前に聞いたこと覚えてるか?気持ち悪いと思わないのかって。」
「はい。」
課長が風邪で倒れた時の事だよね。
「…気持ち悪いって言われたんだよ、その相手にな。プロポーズする前にきちんと彼女に伝えていたし、分かった上でOKを貰ったはずだった。だけど少し経って、こんな趣味があるなんてやっぱり受け入れられない、気持ち悪いと思うようになったと言われてな。」
「そんな…!」
知らなかったならまだしも、知っててプロポーズを受けたのにそんなの酷い。
…そっか。だから部屋を見られたく無かったんだ。
また気持ち悪いって言われて、傷つきたくなくて。
「色々話し合って、結局結婚はやめて彼女とも別れた。それ以来、ちゃんとした恋人は作ってない。ここは、通勤に便利だからそのまま住んでるだけだ。」
「…」
…本当に、そうなのかな。
その人と住むつもりでここを借りたって事だよね?
そんな部屋に、ずっと住むものなのかな…
本当は、その人の事が忘れられないんじゃないの…?
あのワイングラスだって…
昨日のあの切なそうな表情、あれを見たからだよね。
その人との大切な思い出だから、私とは使いたくなくて嘘ついたんじゃないのかな。
課長が未だに結婚してないのだって、もしかしたら…
どうしても嫌な事ばかり頭に浮かんでくる。
胸がズキズキと痛いし、鼻の奥までツンとしてきちゃった。
…やだな。
こんなに課長の事好きになるなんて思ってなかった…
「こんな昔話聞いても面白くないだろ。映画見るぞ。」
「…はい。」
…最初は、課長の事なんて何とも思って無かった。
寧ろどちらかというと、嫌だと思ってたのに。
今は、課長が他の人を忘れられないと思うと、こんなに苦しい…
翌朝、課長がいる時間に部屋を出る気になれなくて、ここに来てから初めて部屋の中で課長が出勤するのを待った。
ダメだ…
このままだと私、変な態度しか取らなさそう。
何とか気持ちを切り替えなきゃ。
結局仕事モードになりきれないままいつもの時間に出社すると、周りの人に遠巻きに見られているような気がする。
遅刻はしてないし、服も別に変じゃないよね…?
何でこんなに見られてるんだろう?
ちょっと変な雰囲気なんだけど…
周りからの妙な視線を感じていると、同期の子が何故か走って近づいて来た。
「園田さん!噂って本当なの?!」
「噂?」
「神崎課長と付き合ってるって!もう既に同棲もしてるって本当?!見た人がいるらしいんだけど!」
「え…」
何それ。
何処からそんな話…
…もしかして。
一昨日一緒に出かけた時の事、誰かに見られてた…?
「ねぇ、どうなの?!」
「私も気になる!教えて!」
どんどん集まってきちゃった…
「いや…えっと…」
どう説明したらいいんだろう。
付き合ってはないし同棲でもないけど、同居はしてるし…
今のこの皆の感じだと、ちゃんと説明しても信じてもらえるかどうか…
「何の騒ぎだ?」
「課長…!」
良かった。
さすがに課長が来たなら、皆一旦は大人しく…
「課長、聞きたい事があります。園田さんとお付き合いしていて、同棲しているって本当ですか?同じ部屋に帰るのを見たって人がいるんです。」
「は…?」
うそー!
課長にまで聞いちゃう?!
社内一厳しいと有名な課長だよ!?
皆はその姿しか知らないはずでしょう?
ほら、課長の目も点になってる。
皆どんだけ勇者なの~…
でも…課長のことだし、きっと淡々と説明するんだろうな。
付き合ってない、同棲でもない。
事情があって仕方なく同居しているだけだ、って。
「どうしてそんな話になっているのかは知らないが…俺達は付き合ってないし、同棲もしていない。俺のミスで園田に迷惑をかけてしまって、しばらく同居しているだけだ。」
予想通りの言葉なのに、どうしても胸が痛くなる。
事実だけど、出来れば課長の口からは聞きたくなかったな…
「ただ……俺は、園田の事を大切に思ってる。」
「え…」
「だからこの件で、彼女に迷惑はかけないでやってくれ。聞きたい事があれば俺の所に来い。」
「それはつまり…課長は園田さんのことを…?」
「好きなように取れ。…ところで、こんな話をしているぐらいだ。当然今日の合同会議に使う書類の準備は万全なんだよな?」
「げっ…」
「やばっ…」
「各自10分以内に俺の所に書類を持って来るように。」
「鬼だ…」
「悪魔だ…」
皆が半泣きで散っていくのを、呆然と見送る。
…今の、どういう意味?
大切に思ってるって。
だって課長は…
…今すぐ聞きたい。
でも、仕事中は駄目だ。
課長だってきっと答えてくれない。
今は気持ちを切り替えて、仕事に集中しなきゃ。
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