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訳が分からない。
生活費が底をついた。給料日までの六日間を、俺はカップ麺一個とマヨネーズで乗り切らねばならない。
はずれ馬券を弄んでいるうちに思い出した。十年前、母と大ゲンカして実家を出たときに、本当に行き詰ったら開けろと父がくれた封筒があったことを。
どうせ金だろう、これで食いつなげる。
そう思って開けた俺は、一万円とともに入っていた手紙に絶句した。
そんなわけで今、俺は花束を買いに来ている。
「菊、一万円分……」
年配の女性店員に、封筒の中身である金とメモ書きとを渡す。
店員はたいそう驚いた顔で「どうして」「一万も同じ花を」「それも菊を」「気は確かか」と繰り返した。
俺だって訊きたい。
気は確かか。
そもそも腹が減っているのだ。マヨネーズを直飲みしたところで六日も持たない。
なのになぜ菊なんか一万分も買わなければいけないんだ。
書いた本人さえ忘れていそうな、あんなメモ書き一枚に従って。
「はい、できました」
不愛想な店員が花束を差し出す。
ピンポン玉のような丸い花に、俺は思わず尋ねた。
「これが菊?」
「そ、ピンポンマム。メモにそう書いてあるでしょ」
ころんとした色とりどりのボールが敷き詰められているようだ。
年配の店員が、呆れたようにため息をつく。
「それ、お父さんのいつもの手なのよ。好きな花さえ渡しゃあ機嫌が直ると思ってんだから」
ちょっとアンタ、と店の奥にある居間に向かって声を上げる。
「お父さん! 正志に変なこと教えたでしょう!」
十年ぶりに見る母は、なんだか少し嬉しそうだった。
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