3章 白百合は嫌い-4-

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 自由参加という名の強制を求められ、放課後は文化祭の準備に日々追われている。割り当てられた仕事だけする、という不遜な態度をとればたちまち女子の反感を買う。高校生活もあとわずか。楽しく無難に過ごすため、都合の良い男になるしかない。昨日はチラシをせっせと折り、今日は食券をチョキチョキ切る。 「下手くそだね紺」  ハサミを持つ手を止め、隣を見やる。涼しい顔で同じくハサミを捌く秦。その手元と、切り分けた長方形の食券を見てムッと口を曲げる。 「どこが? 秦のも俺のもそー変わんないじゃん」 「そうかな。ここ斜めになってるよね、こっちも」  それぞれが切った食券を両手で摘まみ、重ねてまっすぐでないことを強調する。まるで、重箱の隅をつつくような嫌味だ。もしくは、嫁をいびる姑。 「こまかっ!」  そう返すと、近くにいた女子の笑いを誘った。味方になって欲しくて「そう思うよね?」と声を掛けるが、「続けて続けて」「どーぞどーぞ」と噛みあわない返事をもらった。  今日の秦はすこぶる口が悪い。  実は、思い当たらないことがないわけでもなかった。いつもの昼食時、当たり前のようにひー兄との進展を報告し、俺は浮かれていた。だって、明日はデート! ドキドキを温めて堪能するには短すぎる期間。でもこれ以上長いと心臓に負担だ。あぁでも。あぁもう、どっちだっていい。嬉しいことには変わりはないんだから。  それに、あの夜からひー兄がちょっと優しい。いや、今までもそうなんだよ。でも、寝る前におでこにキスしてくれるのは特別以外の何物でもない。今夜もしてくれたら三日連続だ。うわ、今から緊張してきた。 「こーん」 「痛っ、ててて!?」  お尻が浮く勢いで耳を引っ張られ、非難の目を秦へ奔らせた。おかげで一瞬前の幸せを忘れる。 「帰るよ」  ◆  言動に棘があるものの、秦は俺の帰り支度が整うまで待ってくれた。最終下校時刻です、と校内放送が繰り返される中、下駄箱へ向かい、校門を潜った。辺りはもう夜に近い暗さだ。なのに生徒の数も多いし、女子の笑い声もあちらこちらから聞こえる。何だか時間の感覚が狂いそう。そんな彼女たちに愛想よく手を振る秦に、そっと訊ねた。 「ねー秦、ひょっとしてヤキモチ?」 「はぁ?」  打って変わって笑みを消した秦は、俺の頬をつねってきた。 「い、いだだ、だって機嫌悪いじゃん。俺にイラついてる」    頬をさすりながらチラチラと窺っていると、「はぁ」と代わり映えのない返事。 「あのね、呆れて、呆れて、呆れ果ててるの」 「え、え?」    あまりの言い様に足を止めるが、秦はすたすた先を行く。慌てて追いかけようとしたら、なぜか急に向きを変えて目の前に迫って来た。 「どうして初デートがお墓参りなの!?」 「へ?」 「なのにへらへら笑って世界で一番幸せですって態度とられちゃ呆れるしかないよねぇ? どうなの!?」  それはあまりに予想外な理由だった。「え、で、でも」「あの、えと」とまともな返事が出来ず、落ち着くまで少々時間を要した。 「その、お盆からずっとお墓行けてないし。それにお墓だけじゃないよ? 朝はね、モーニングに連れてってくれて、昼も外食するし。夜は焼きそば作りって決まってて、朝から晩までずっとひー兄と一緒だから」  嬉しい、と小声で付け足した。これは秦にというより自分に向かって囁いた。 「あ、でも、てっきり秦はヤキモチ焼いて、ひー兄との話聞きたくないのかなって思っちゃった」  さすがに無神経だったかなと反省をしたが、秦の答えは常に予想の斜めをいく。   「はぁ、そりゃ僕は今だって紺が好きだし。平人さんは邪魔だよね。出来れば消えて欲しいくらい」  き、消ぇ!?  気を取り直して歩き出した矢先、心臓をぐさっと一突きにやられた。外灯を頼りに秦の顔色を窺うが、冗談を言ってる様子もない。だ、だとしたら、知らない間に秦を深く傷つけていたことになる。 「ご、ごめ」 「でも、段々不憫になってきたんだよね」  謝ろうと腰を曲げた時だった。ん? と首を傾げる俺に、秦はやれやれと頭を振って歩き出す。 「涙が出るくらいあの人が不器用だから」  ? 「紺がしっかりしないと。今までと一緒でどうするの、もっと特別なことしないと駄目だよ」 「え、え、どういうこと?」  何だかんだいって秦のアドバイスは気になる。ひー兄を手に入れる為なら藁にもすがる思いだ。  慌てて隣に駆け寄ると、歩幅を合わせながら「特別って?」と教えを乞う。 「やだな、分かんない? 頭じゃなくて身体を使って考えな」  頭じゃなくて、身体??
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