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 二人が病院を出ると、夏の強い日差しと蝉の声が鬱陶しく身体に絡み付いてきた。日本の夏は湿気が多くテキサスにいた時より空気が重く感じる。外に出ると一瞬で汗がじんわりと染みだし、とても不快だった。 「日本の夏って暑いね」  イザヤは被っていたテンガロンハットを手に取り仰ぎ始めた。 「そうですね。特にこれから一番蒸し暑い8月に入りますから、厳しいかと思います」 「え!?これからもっと暑くなるのか!」 「はい。だけど、僕の家は山の上にあるので、ここよりは涼しいから安心して下さい」 「あ、そう。それを聞いて安心したよ。これ以上暑いなんて耐えられそうもねぇわ」 「でも、テキサスもかなり気温が上がる地域でしたよね?」 「ああ、でもこんなに湿度はないから、あっちは日差しを避ければ耐えられる。だが、日本だと帽子が帽子としての役割を果たさず仰ぐ方が便利だなんて、帽子も気の毒になあ。見ろよ、ここ。日本に来てから仰いでばかりだから、この辺だけ形が崩れてきちまった」  イザヤがうんざりしたように言うと、陶也が噴き出すように笑った。しかし、目が合った途端に口元を隠し、真顔になってしまった。  コミュニケーションに問題があると聞いていたが会話に問題はない。ただ単に人馴れしていないだけのような気がした。 「そのテンガロンハット。格好いいですね」  鼻の頭を擦りながら照れ臭そうに言った。黒目が大きいせいか歳の割には幼くみえる。 「帽子だけ?俺は?」  わざとドスの効いた声で言ってみた。 「も、勿論、イザヤさんも格好いいです!」  陶也が慌てて言い換える。かなり動揺したのか、あの、あの、と変な呪文を唱えながら、決して帽子だけじゃ……、ともごもご言い、えっと、えっと……と呪文が始まる。どうやら日本語と英語が混ざっているようだ。 (ちょっとからかい過ぎたか?)  陶也に「格好いい」と言われた瞬間、兄弟達の姿を思い出したのがいけなかった。  彼らもイザヤの持ち物をよく「格好いい」と言ってくれた。その度に「俺は?」と訊くと揃って、「兄ちゃんも格好いいーー!」と返してくれた。  そう言って、はしゃぎながら絡みつく兄弟達の可愛らしさが、擦れた日々を乗り越える糧だった。  そんな兄弟達を思い出し、同じように言ってみたくなったのだが、それは陶也を困らせてしまったようだ。 「悪い、悪い。冗談だから気にするな」 「あ、いえ……でも本当にイザヤさんは格好いいです」  とまた俯きがちに頬染めながら言った。  顎のラインと白い首筋がやはり綺麗な子だと思った。 「ありがとよ。帽子、お前も被ってみるか?」  陶也の頭の上にふわりと帽子を落としてみた。そして顔を覗いてみる。 「うん、お前もよく似合ってるぞ」  誉めてやると陶也は一瞬驚いた顔をしたが照れ臭そうに、「ありがとうございます」と言ってまた俯いた。けれども帽子の下からちらりと見えた口元は口角をむにっと上げて喜んでいるように見えた。  その時の艶やかな桜色の唇と赤く染まった頬が妙に可愛らしく、イザヤの口元もつい綻んでしまった。 (あ、これはヤバイ気がする……)  どうしたって陶也に情が移りそうな予感がした。
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