小脇に抱えた内緒話

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小脇に抱えた内緒話

羽田(はだ)ーっ!」 「……またかよ」  放課後の廊下に響く情けない声に振り返ると、半べそをかいて走って来るアホ面が見えた。  ───高校生活に慣れてきた1年の終わり頃。眉目の良さや明るい性格で女子にモテるのは結構な事だが、同年の女に軽い付き合いを求めようなんて至極無理な話だ。 「帰ろ!」 「あー…、いいのかよ」 「いーの。一回だけって話だったし、ちゃんと同意得たんだから」  腕を引っ張られて仕方なく足を早めて下駄箱へ向かう。  別のクラスか違う学年の女子に追われていたのだろう、セットされていた茶髪は乱れ息は切らしているものの普段通りのヘラヘラした雰囲気に溜め息が出た。  昨日も放課後に追われてなかったかコイツ。  小学校の途中で転校して以降このアホ面、亀山(かめやま)春彦(はるひこ)とは幼馴染みである。  カメはいわゆる遊び人、軽い付き合いばかりの幼馴染みは見た目と言動が伴っているが、中身はそうでもない。何かと明るいから例えチャラチャラした遊び人でも、親しくしていてデメリットもなければ単純に一緒に居ると楽だった。 「今日バイトだっけ」 「おー」 「明日行くわー」 「おー」  乱れた髪を直しながら歩くカメを一瞥して前を向き、力無く返した。  休みの日も外でナンパしたり一夜のオツキアイなんかをしているらしいが、その遊びに誘ってきた事はない。好きでもない相手と、なんて俺が言ったからなのかは分からないけど、基本的に今までも嫌がる事をされた覚えはなかった。  そんなオツキアイも毎日しているわけではなく、半々で俺とゲームしたり遊びに行ったりと本人は充実した日々を過ごしているようだった。  早く本命でも見つけりゃいいのに、体は童貞でなくても心は童貞らしい。アホだ。 「じゃあねー、また連絡する」 「夜中はやめろよ」 「おーけー。バイトがんばれー」  バイト先であるドラッグストアの前で別れ、店内からバックルームに入る。 「おはようございまーす」 「おはよー」  事務所には誰もいなかったが、更衣室に先輩のスタッフが居た。でも今日同じシフトだったはずの人ではなくて、違う先輩が軽く挨拶を返してくれた。 「あれ、今日は尾田(おだ)さんでしたっけ?」 「そう。おっちゃん具合悪くて」 「大変っすね」 「トシだよトシ。本人も言ってた」 「動き過ぎなんじゃないんですかね」 「ね。力抜けば良いのに」  人が良いんだから、と先輩は笑って制服の上着に腕を突っ込んだ。  ロッカーに鞄を押し込んで仕事の制服に着替えていると、尾田さんは携帯の画面をこっちに向けてくる。 「みてみて!昨日撮った!」 「いいアングルっすね、めっちゃかわいい」 「でしょ、やっぱうちの子が一番よ」 「だから恋人できないんですね」 「いいんだよ、オレの恋人はモモたんだけ」  そう言って溺愛具合を全身で表す尾田さんの携帯には、画面いっぱいに三毛猫が写っていた。  
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