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プロローグ
岩槻愛依の噂は嫌でも耳に入る。
学内のどこにいても、必ず誰かが彼女の陰口を叩いているからだ。
不良。ビッチ。援交。パパ活。男遊び。夜遊び。生活指導。校則違反。金髪。メンヘラ。ヤンデレ。ヤンキー。落ちこぼれ。害悪。問題児。クズ。エトセトラ……。
まるでアダルト作品のタグみたいに、彼女の周りにはいつもこれらの言葉がまとわりつく。
同じ高校に入学して二年間、彼女の良い噂は聞いたことがない。
いつだって嫌われ、疎まれ、見下され、軽蔑されていた。男女問わず、常に誰かに恨まれていた。
彼氏を寝取られたとか、貢がされたとか、脅迫されたとか、捨てられたとか。
ホームルーム中に、彼氏を寝取られた先輩が教室に飛び込んできて、岩槻をぶん殴ったこともあった。
今でも鮮明に覚えている。
あの時、岩槻は頬を腫らしながら馬鹿みたいに笑っていた。
それだけじゃない。
夜の繁華街で中年の男と二人でいるところを見たとか、ヤクザと繋がりがあるとか、教師と関係を持つことで留年を免れているとか、誰でも五千円でやらせてくれるとか、童貞なら二千円割引とか、タグを裏切らない噂が後を絶たない。
一年生の頃はたまに男子と仲良くしているところを見たが、大体一週間も持たずに「他人」になっていた。
岩槻愛依はそういう人間だ。
生徒にとっても教師にとっても、そしてきっと彼女の両親にとっても、頭を抱えるトラブルメーカーだった。
だから俺も彼女が嫌いだ。
無断欠席。理由なしの遅刻と早退。授業中の昼寝。テストは毎回赤点。
全てが真逆の存在。
俺は彼女のような不真面目な人間が、大嫌いだ。だから関わることもなかったし、関わりたくもなかった。
それでもあの日。
「あらはっはー」
雨の中傘も差さず、歩道の真ん中で馬鹿笑いして踊ってる姿を見て、俺は思ってしまった。
羨ましい、と。
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