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雨の日でもテラス席の使える唯一の店で、仕事帰りの時間を過ごすのが好きな北原由希。
去年の梅雨時期から常連になりつつあり、低く耳に心地のいい声を持つ落ち着いた雰囲気の店員と顔なじみになりつつある。
小さなドアベルのついている扉は開けてあり、降りしきる雨を眺めている彼は、雨の日には由希が来るのが分かっているかのように、今日も静かに微笑んで迎えてくれた。
「お好きな席にどうぞ」
傘を閉じて傘おきに入れれば、雨の多さを物語るように雨粒が落ちていく。
選んだのは、いつもと同じテラス席。
テラスを覆うように出ている屋根に当たる雨が、店の静かなBGMをかき消すが、なんだかそれがいいのだ。
こんな日には、一人で住む部屋に早く帰りたくない。
雨が嫌いな訳ではない。
ただ、一年前の付き合っていた彼との別れを思い出すから、一人になりたくないだけだ。
外の景色に目を向けていると、横に人の気配がして振り返ればテーブルに一杯のハーブティーが置かれた。
「雨の日のおすすめブレンドティーでしたよね?」
「ええ……ありがとうございます」
「ごゆっくりおくつろぎください」
彼はそう言うとカウンターの奥へと消えていった。
この店で、いつも同じものを頼むせいで、珍しい客だと覚えられたのだろう。
そう完結させて、ありがたくカップに口をつけた。
直後、鼻腔をみたす落ち着く香りにほっと息をつく。
そのまま、何をするでもなく雨音に耳を傾けて、由希以外の客が来ることのない時間を楽しんだ。
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