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硬化ガラスの先に広がるのは、暗い天体の世界を闇に沈めない星雲の輝きだ。そこへ宝石箱をひっくり返したような恒星の数々。莫大な距離をゼロにする恒星間の超高速航行技術が進歩しても、辿り着いた先に光源が残っているかは定かではない。そんな過去の光が満ちている。
宇宙の光を背景にして近づいていて来るのは、雲に覆われた小惑星の姿。隣に並ぶ同サイズの小惑星は茶褐色で似ても似つかない。
雲の星にはトンガリ帽子を被せたように立ち上る雨雲がある。
雲を見ながらカミナは思う。
--帰ってきた。
ガラスに映り込む赤い髪の女の顔を見てみる。無感動な表情を浮かべていた。随分と様変わりしてしまった。
「すげぇな、こいつは。一面雲だぜ。それに海流も複雑に捻れて、歪にも程がある」
操縦席に居る男。運び屋アグニがやけに浮かれた声音で悪態を吐く。
星の海を渡る船頭。彼らは星が作る重力場のうねりを海流と呼ぶ。それが乱れているということは、重力の荒波に船体は揉まれ、制御が困難になることを意味する。
「雲が伸びる場所と反対側へ回って。稼働はしてないけれどゲートがある。雲も薄いはずよ」
ゲートは気候の不安定な惑星で安全に降下するための道をつけるものだ。設置自体にも安定性が求められる。降下ポイントとして妥当だ。
「わかってるっての。進路はこうだな」
小型の貨物船が進路を変える。艦の挙動がダイレクトに、座席のシートへ押し付けられる形で伝わってくる。
その理由を貨物船に乗った当初からカミナは理解していた。
「安物。オンボロ」
「乗り心地は金割く所じゃねえんだよ」
操縦席の機材を操作していくアグニが応じる。
晴れ渡る陽気。
カミナは男の所作からそれを感じ取る。
だが、陽気な男が取っている行動はとてもよろしくないものだ。
具体的に言うなら、よろしくないのは艦首が向く先だ。
「どうして、一番雲の厚い場所へ向かっているのよ」
アグニが貨物船の降下軌道を確定していく。表示される経路のサジェスチョンから選択するのがアグニの作業だ。パイロットの示す指針に従って制御AIが船体を動かす。パイロットが行うのは操縦ではなく、艦の制御機器が正常に動作し続けているかの監視だ。
そのはずだというのに--。
「あなた、何してるの?」
アグニは本来非常用であるはずの操縦桿をその手で握っていた。
アグニが笑みを浮かべる。
「契約時に言ったよな? 送り届けるがその方法には口を出さない。興味しかないよなあ。辺境にあるやばい雲の星。ハラハラするよなあ。スリルだよなあ。俺の腕が頼りだよなあ!」
こんな辺境惑星まで足を伸ばしてくれる運び屋が見つからず、困っていた所でアグニに声を掛けられた。格安で船を出すと、晴れやかな笑顔で彼は応じてくれた。
カミナはその意味を今になって理解し、顔がひきつるのを感じた。
「なんでそんな嬉しそうなのよ--嘘でしょ! あなたバカなの?!」
「こういうことが出来るのはバカの特権だろ。行くぜぇ!」
小型船が加速し、カミナの絶叫と共に雲に覆われた惑星に落ちて--否、降下していった。
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