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「人、それぞれ」
反芻すると、「はい」と返事をして続ける森永さん。
「昨日聞いたいじめの画策は、聞かなかったふりをするもよし。聞いてたけどどう言うことかと問い詰めてガッツリ戦うもよし。戦わずとも聞いてましたよアピールして相手の出方を待つもよし。でも、夜も言いましたけど、傷ついてやる必要は有ません」
あたしはどうリアクションを取るのが正解なのだろう。
どう対処したら、この胸の痛みは軽くなるだろう。
考えても考えても解けないパズルのようで、美優は森永さんの方に視線を投げた。
「……森永さんなら、どうしますか?」
すると森永さんは、顎に指を当てて目線を上にあげた。
「俺なら……。……そうですねぇ……笑うかもしれません。……俺なら、心の中でバーカって言いながら、笑ってやります」
意外な答えが帰って来た。
「……笑うんですか?」
声を上げると、森永さんはキョトンとした表情で美優を見た。
「笑えますよ。だって、何しに養成所来てるんですか? キミを卑劣なやり方で蹴落とそうと画策する暇があるなら、苦手な五十音順の行の滑舌でも練習して、キミをもっともっと出し抜いた方が有意義でしょ?」
その言葉に美優は既視感を覚えた。
それは4月。
早坂さんの態度に憤ったさよりが放った言葉だ。
「……さよりも前に同じこと言ってました。『なんのために養成所来てるの』って……」
「北原さんらしいですね」
森永さんはそう言いながら、ふふと笑うと、また目線を真っ直ぐに美優を見た。
「だからキミも、自分の中に生まれた感情を自分の中に落とし込んだら、適当に対処すればいいんです。それに、あのレッスン室の中はキミをハブろうとする人ばかりじゃないでしょう? 少なくとも、北原さんや最上くん、十時くんはあなたの味方のはずです」
「……はい……」
「その上でやっぱり悲しくなったり辛くなったら、家族とか、学校の友達とか……俺とか……。信頼できる人に寄りかかれば良いんだと思いますよ」
俺とか。
森永さんが自分を頼っていいって言ってくれた気がして、美優は思わず表情を綻ばせた。
「ありがとうございます」
「それにキミをハブろうとした人が誰だかわかりませんし、知りたくも無いんですけど。きみはそんな人たちを長々相手にしている暇はありません」
森永さんの言葉にキョトンとしている美優だったが、掛けられる言葉に背筋を正される思いがした。
「だってキミは、一年後には声優になるんでしょ?」
「はい」
「『しろねこ』の声優と共演して、お礼言うんでしょう?」
「……はい」
「だったら、なお一層レッスンに励まなければですよ。講師は常日頃から所属審査へ誰を推薦するかって言う視点でレッスン生を見てますから、その人より最上くんや十時くん、北原さんより上にのし上がらねればなりません」
「はい」
しっかり頷いた美優の中に、昨日までの弱気な自分は確かに存在しているけど、自分には頑張る理由がある。
電車は県境を越えた。
あたしも、過去のあたしを越えていかなければならない。
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