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701号室
「それじゃあ、また」
「おやすみなさい」
律と欧介に挨拶をして、史と柾はドアを閉めた。お土産のガトーショコラを冷蔵庫にしまって柾はリビングに戻った。
ソファに腰を降ろした史は、携帯を弄っていた。気になった柾は隣に座って史の携帯を横目でぞき込みながら尋ねた。
「…何してるんですか」
「律くんと、欧介くんと、理人くんのアドレス入れてる」
「黒瀬さんは?」
「…聞けないよ。まさか聞いた?」
「聞いてないです。俺は律くんとしか交換してない…」
柾は言いながら、史の手を携帯ごと握った。
「柾?」
「さっき、なんで俺、布巾投げつけられたんですか」
「…あ…あれ、は…」
「皆さんいたので、聞きませんでしたけど…ひどくないですか」
「……ごめん」
「三人でなに話してたんですか、こそこそ」
「別にこそこそなんて…」
「教えてください。結構怒ってますよ、俺」
「怒ってる…?」
「怒ってます」
史の頭に、理人の「柾さん、穏やかな感じなのに意外でした」という台詞が蘇った。いつものように視線を逸らそうとすると、先回りされて柾の手に顔を掴まれた。
「柾、離せ…」
「こっち見てください。布巾からずっと、俺の方見てくれなかったじゃないですか」
「それは…」
「何ですか、あの中に気になった人でもいるんですか」
「……は?」
史の不機嫌な目が柾を捕らえた。柾の手を掴んで、無理矢理引き剥がすと低い声で史は言った。
「何だそれ…そんな風に見てたのか」
「いきなり布巾投げつけられて、目が合わなくなって、おかしいなって思うじゃないですか」
「………」
「そうやってすぐ黙る……それやられると、史さんが何考えてるのか、わからなくなるんですよ」
「…じゃあ、わかってもらわなくていい」
「史さん!」
立ち上がった史の腕を柾はとっさに掴んだ。史は柾をまっすぐに睨む。
「離せよ。何考えてるかわからないんだろ」
「逆ギレ?俺だって怒ってるのに!」
「何で俺が目移りするとか思ってるんだよ!自分だってまだ名前、呼び捨てにもできないくせに!」
「俺」と口走るのは、史の感情が振り切ったときだけ。
史は、理人と欧介と話している時に、こんなことを聞かれた。
『柾さん、史さんに敬語なんですね』
『…上司と部下だったから…』
『律なんか、欧介さんって呼ぶくせにやたら偉そうに喋りますよ』
『きっと柾さんは、史さんを尊敬してるんですね』
いつまでたっても「史」と呼べない柾。気持ちが優しいのはわかっているが、史はもどかしくて仕方がなかった。自分たちが他の二組のようなオープンなところがないことはわかっていたが、それで勝手に誤解されてはかなわない。そもそもあの時の話は、どれだけ愛されているかの確認のようなものだったのに。
「史…さん…?」
「投げつけたのは…すごいタイミングで柾が来たから!目が合わなかったのも…恥ずかしかったんだよ!その…そういう関係の話してたから!」
「…そういう関係…って?」
「だから……週何回とか……っ鈍いな!察しろ!」
「……あ」
やっと気づいた柾は、怒りと羞恥で茹で上がりそうな史をまじまじと見つめた。そして急に新しい感情が沸き上がり、力任せに史を抱きしめて言った。
「なんだ……なんだよ……めちゃかわ…かわいすぎでしょ…もう…」
「急に態度変えやがって…」
「ごめんなさ……、ごめん。史」
「………」
「疑ってごめん、史。ほかにも…いろいろ」
「…僕も言いすぎた」
「『俺』で、いいのに。史も少し…気を遣ってるよね。俺に対していつも、丁寧に接しようとしてくれてる」
「…かもしれない」
「素のままの史でいいから。喧嘩するかもしれないけど」
「…うん」
「史」
「なに」
「週何回って答えたの」
「…4~5回」
「ただいまより増やします」
「ええっ」
柾は史の手を取って、寝室へなだれ込んだ。
(701号室 完)
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