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ホテルを出ると一番近い河原町に向かった。
そこも案の定人だらけだ。近くに大きな寺や神社があるからだろう。街の景色を見ながら二人は街を北上した。
北へ向かうと、少し人が空いてきた。こちらも観光地は多いが、買い物をするような場所が少ないからだろう。
京都の街は碁盤の目のようになっているため道に迷わずに済む。千鳥もほとんど地図を見ていなかった。
「そういえば、前に言ってたよな、お前の実家、元は京都にあったって」
道中、飛鳥がそんなことを言った。街を歩く中で以前した会話を思い出したのかもしれない。
「どの辺にあったんだ?」
「京都御苑の中ですよ。元々は伏見の貴族屋敷をあてがわれていたそうですが、その後内裏のすぐそばに移りました。ですが何度か火事に見舞われたおかげで転々としたそうです」
最初言った方に驚いたらしい。飛鳥は目を点にした。
御所の近くに家があるというのは、なかなか想像しにくいことかもしれない。今はほとんどの貴族屋敷が取り壊されているし、残っているのは庭ばかりだ。
だが、あの場所には確かに神宮寺家の屋敷があった。おそらく当人たちは家、などとは思っていなかっただろうが。
「ご先祖様は当時の帝に取り入ってその場所に屋敷を建ててもらったそうです。その前はしばらく伏見にある屋敷で暮らしていたと聞いています。でも、そこも今はありません。戦争で焼けてなくなったと聞いています」
「……一応大体は聞いてたが、お前の家は規格外だな」
「だから、飛鳥さんとどうしても行きたかったんです。あなたが真実を知った後で……」
やがて御所の大きな塀が見えた。懐かしい景色だ。いつか飛鳥と行った時と変わらない。
入り口を探し中に入ると、広々とした景色の中に緑が見えた。京都の桜はすでに散っていた。もう五月上旬だから当然だ。
新緑の木々が揺れる中、砂利道に足を踏み入れる。
ベンチや芝生の上で食事をしている人もいれば、マップを手に歩いている人もいる。市街地に比べれば人は少ないが、それでもそこそこ人がいた。
「このなんとか殿ってやつの中に入るのか?」
地図を見ながら飛鳥が尋ねた。
「いいえ。もっと奥です」
千鳥は一度地図の看板を見ると足を進めた。
その場所は御所の奥にあった。ひっそりと隠されるようにある庭園。以前は冬で人もほとんどいなかったが、今は別だ。
やがて見えてきたそれを見て、千鳥は「ありました」と声を上げた。
視界に映ったのは紫色の花をたわわにつけた藤の木だ。今はちょうど満開になる季節だからか、藤の木の周辺には写真を撮っている人が何人かいた。
「覚えてますか? 以前飛鳥さんと一緒に来た時、飛鳥さん真っ直ぐここに来ましたよね」
チラリと視線を向けると、飛鳥はぼうっとした様子で藤の木を眺めていた。
飛鳥も何か思い出しているのだろうか。記憶はない。分かっていても、そう尋ねてしまう。尋ねずにはいられなかった。
「この木は……神宮寺家の初代様が一緒に暮らしていた男性にもらったものなんだそうです」
「ああ……巫女と泥棒の話か」
「ご存じなんですか?」
「お前の母親に教えてもらった。高校の時にな」
そんな以前から知っていたとは思わなかった。なにせ、こういう話はすることがほとんどない。飛鳥も昔の話になど興味はないと思っていた。
「初代様はこの藤の木を大切にしていたそうです。だから、飛鳥さんがこの木の前に来た時、すごく驚きました。本当に生まれ変わりなのかもしれないと思ったんです」
「平安時代のことなんて覚えてねえよ。第一、本当に俺かどうかも分からねえしな」
「いいえ……私は飛鳥さんがその人だと思います」
確信に変わったのはずいぶん前のことだ。だが、本当はそんなものどうでもよかった。
飛鳥が誰の生まれ変わりでもいい。ただ、こうしてここで出会えたことが嬉しかった。
「初めてあなたに会った時、あなたの未来が見えたことも。あなたがくれた言葉も、今までのことも全部……私はあなたと出会って変わりました。変わりたいと思えたんです」
すでに握られた手に力を込める。骨張った指がそっと握り返した。
「見えることよりも、見えないことの方が大事なんだって思いました。今まで怖かったことが希望に変わったんです。全部、あなたのおかげです」
「俺もだ」
「え?」
「きっと、お前に会わなかったら俺も変われなかった。最初は信用できなかったけど、今はそうじゃねえ」
お前のことを誰よりも信頼している。そう言っているように聞こえた。
二人は顔を見合わせ、微笑んだ。
神宮寺家を作り出した千里はこうなることが分かっていた。そして祖先はそのために何百年も生き抜き、血反吐を吐く思いをしながら耐えてきた。
何十人もの犠牲の上に成り立った運命だ。そう考えるととても罪深く思える。だが────。
辛い記憶も、生き抜く力も、大切な人を守るために必要な力だった。こうしてまた出会い、二人で今度こそ生きていくために。
「飛鳥さん……私と一緒に、これからも生きてくれますか」
「飽きるほど一緒にいてやるよ」
千鳥は飛鳥を見つめた。その瞳が照れたように笑うのを見て、胸がいっぱいになった。
隠したところで意味がないと分かっているのだろう。自分には隠し事など意味を持たないのだから。
千鳥は涙で潤んだ瞳を拭いて、顔を上げた。
完
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